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「というと?」
単に連れ立っているってだけじゃなくて仲間と組んで移動する利点をちゃんと理解している節があるっていうのは、言ったように私も驚いたポイントではあるけれど。でもヘルヒッグスが群れて行動するってのは事前に女神から聞いていたことでもあったし、それが思いの外に理性的なものであってもおかしくはない。
大々的にトピックへ持ってくるような話題なのかと疑問を示せば、コマレちゃんは「いいですか」と私に向けていた指を今度は縦にして、講義でもするみたいにして続けた。
「ただ数頭で海越えを目指しただけだったり、群れてやることが外敵へ一斉に立ち向かう程度の単純なものであればコマレも気にしませんでした。しかしヘルヒッグスは狡猾な手段を取りましたよね。即ち捕まった最初の一頭を見捨てて進路を変更し、残りで目的地へ向かうという薄情ながらに効率的な手段を、です」
「そーだね、そこが一番驚いたポイントだった……で、それが?」
「わかりませんか? 今回はコマレたち五人が、第四大陸の外で待ち構えてこれを迎撃しました。対応できたのは事前に移動するのがそのタイミング共々にわかっていたのと、向こうの頭数がちょうどコマレたちと同じだったからです」
その通りだ。波の起こりを見極めるために女神が重点的に第五大陸を覗き見……もとい監視してくれているおかげで初の来訪者となるヘルヒッグス五頭の海越えに合わせて私たちも待ち構えることができた。それぞれに守る箇所をズラして、取り逃がしたり万が一にも先に気付かれて進路を大きく変更された場合にもスムーズに対応できるようにしていたのだが、それが上手い具合に囮作戦を取ったヘルヒッグスの逃げ方・進み方に嵌ってくれたっていう形だ。
何も事前情報がなければまず間違いなく魔族に被害が出ていたであろうことを思えば女神にも感謝しておかなくちゃならない……とも思ったけど、そもそも私たちは女神の命令で動いているんだからこのくらいのことでお礼を言うのも変かな。むしろ完璧に命令をこなした私たちこそが女神から礼を言われるべき立場な気もする。
「では、例えばこれでヘルヒッグスが五頭どころではない大群だったとしたらどうなっていたと思いますか」
「そりゃあ、大群になったらもっと大変だったろうけど……でも第四大陸を目指すのはわかっているんだから、仮に何頭か討ち零したとしても侵入される前には狩り尽くせたんじゃない?」
数が多いようなら私の戦い方だって変わる。いい試金石だなんて思わずにとにかく全力で、素早く倒し切ることに舵を切っただろう。私だけじゃなくて私たち全員がね。
そうなればヘルヒッグスの数がこちらの頭数より多かろうとどうにでもなったろう。十頭でも二十頭でも。そりゃ、これで五百頭も来てましたってなったらさすがにどんなに必死こいても突破されていたとは思うけども……でもそれだけの物量はあり得ない。そんな数で群れを作れているヘルヒッグスは第五大陸で生態系の天下を取っていることになるし、そもそも群れる種類が極端に少ないという向こうの環境からしてそういう事態はまず起こりっこないのだ。
私の意見に、それを聞く前から予想できていたようにコマレちゃんは淀みなく頷いてみせた。
「そうですね、その通りです。その点についてはコマレも異論ありません。……ではハルコさん。例えにもうひとつの条件を付け加えてみましょう」
「もうひとつの条件?」
「はい。たとえヘルヒッグスの数が大量だったとしても第四大陸を守り切るのは然程難しいことではない……では、これが第三大陸だったらどうです?」
「第三大陸だったら──あ」
想像してみて、ギクリとする。無理だ。この例でもしも阻止すべきが第三大陸への、つまり連合国への侵入だとしたら、私たちはそれを達成できない。そう気付いた私にコマレちゃんは我が意を得たとばかりに「そうなんです」と言って。
「第四大陸を守れるのはここが作為的に設けられた狭小極まりない大陸だからです。面積にして第一や第二大陸の三分の一から四分の一しかないという第三大陸の、更に四分の一から五分の一程度。数字が連続してわかりにくいかもしれませんがスケール感の差はここ二年程の経験から皆さん理解できていることと思います。何が言いたいかというと、ヘルヒッグスにこれだけの知能があるとわかった以上、第四大陸より余程に広い第三大陸、並びに第一・第二大陸を守る難度はコマレたちの想定を遥かに超えている。故に防衛計画へ修正が必要だろうということです」
むむむ……まさにそうかも。目指す場所が小さいからこそヘルヒッグスがどれだけ散らばろうと私たち五人で充分に守り切れる、と言い切れたけれど。これが第三大陸だったとしたらヘルヒッグスが散らばる範囲はその比ではなく、とんでもない労力になる。ましてやもしも、第三を通り越して先に第一や第二を狙われたとしたらもう手が追いつきっこない。不可侵での防衛は実質的に不可能だ。
コマレちゃんの言葉を引き継いでカザリちゃんが言う。
「体力・身体能力で言えば下の下もいいところのヘルヒッグスでさえもここへの海越えは容易のようだった。もしかしたら休息や補給を必要とせずに直接第三を狙いにも行けたかもしれない……とすれば」
彼女が何を言いたいのかもすぐに理解できた。これは同調なんてしてなくたってわかりやすい、あまりにも自明のことだった。
ヘルヒッグスごときでもそんな真似が可能だったとするなら、ヒエラルキーで言えば下の下でしかない奴らを捕食対象にしていた他の強魔物にだってそれくらいのことは当然にできる。いや、もっとずっと体力を持っていて、その分だけもっととんでもない航空能力を発揮できると考えるべきだ。第四大陸が無くなって海越えが困難になったとしてもそんなのは少しの問題もならないくらいに……それこそ、私たちの設定している防衛線が鬱陶しいと思えば第三大陸をスルーして手薄なところ、つまり第一・第二を直接の標的にすればいいと。そんな思考を働かせて実行に移す可能性だって低くない。
何せヘルヒッグスがまさにその実例だ。奴らのやったことのスケールを大きくするならそういう行為になる。そしてそれは私たちにとって取られちゃマズい選択でもあった。
「同種で群れを作るってのが珍しいだけで、偶然にしろなんにしろ強魔物がいっぺんに、大量に渡ってこようとしないとは限らないもんね。猪突猛進な奴はそのまま真っ直ぐ連合国を目指してくるだろうけどヘルヒッグスみたいな狡猾さのある奴は……猪突タイプの後ろからしれっと行き先を変えるかもしれない。かもっていうか、絶対そういう展開はあると思ったほうがいいね」
そう認めた私にナゴミちゃんも強く頷き、横に立つシズキちゃんは私の服の袖口をぐっと握り締めた。実際にそうなったときのことを想像して胸の内に不安が広がっているんだろう。それが彼女の意識の色味となって伝わってくる……いやあの、シズキちゃん? 不安の中にしれっと私への愛情も忍ばせてるのはどういうことなの? 私にだけわかるようにやってるよねそれ。なんで感情でそういう器用なことができるのさ。それはちょっと何年経とうが真似できそうにないよ。マジでどうやってんの?
「今一度、第一と第二の主要国へ足を運ばねばなりませんね」
と、私とシズキちゃんの間だけで行われている秘密裡の攻防にまるで気付いた様子もなく(そりゃそーだ)コマレちゃんがそう言った。




