430 利益
しかし、やったことを思えば彼らにとって女神が恨み骨髄の相手なのは当然なので置いておくにしても、その女神と手を組んで魔族を不毛の地に押し込めていた──魔族側からすればそうとしか思えない状況のはずだ、しかも形だけで見るならそれは決して間違いではない──四人種に対しても気持ちのいいものを抱いていないのはそれもまた当然で、そこで「手を貸すならこっちの土地に住まわせてやる」と言われてもそりゃあすぐには頷けない者も出てくるだろうってもんだ。
しかも手を貸すと決めたとてそれがどの程度の協力になるのか、そこもやっぱり波が本格化してからでないとわからないんだから魔族としても怖いだろう。実質的な奴隷化なんじゃないかとガチ目に恐れている魔族だって、それも賛成派の中にもいるってんだから……まーどうにも埋めがたい溝になるわなって話。
もっと悪いのはこの話を持ち掛けたのが神の道具。女神の次に魔族からすれば許し難い対象であろう私たちだってところなのよ。それが彼ら彼女らを余計に怖がらせたし、忌避感を募らせる原因にもなっているのは間違いない。
ファーストコンタクトでのやり取りは色んな意味で強烈で、今でも鮮明に思い出せるくらいだ。あのときからしたらだいぶ、いやさビックリするほどよくぞ穏便に対話を重ねられたものだと驚いちゃうけど、それはそれだけ魔族側に我慢を強いているってことでもあるし、今後もっと我慢してもらわなくちゃいけないってことでもあって……うーん、ままならない。
私たちがどれだけ恨みを買っていようと、むしろそれだけに魔族は面と向かってだと否定や疑問をぶつけにくいっていう点も良くはない……んだけど、海峡と呼ぶには広すぎる第三と第四の間にある海を越えて魔族残党と接触する・交渉するという役目をまさか連合国の人たちへ担わせるわけにもいかない。それができるのは、というかやらなくちゃいけないのは他でもない私たち。それもまた灰としての使命のひとつだとして遂行させてもらったわけだが、それはまだ失敗してこそいないが成功してもいないんだからなんとも歯痒い。
とはいえ失敗──つまりは人類側と魔族が完全に決裂し、魔族が強魔物によって滅ぼされるという最悪の結末の回避を思えば今ここにある苦労。魔族へ人を許さなくちゃならないという苦渋と、人々へ魔族を許さなくちゃならないという苦渋を味わわせることへの罪悪感くらいはぐいっと飲み干すべきなんだよね。そしてこれは何も魔族をどうしても生かしたいっていう博愛精神のみからくるものではなく、もっと具体的な利益を見越しての行動でもある。
まずメリットの獲得として、「協力」という前述の通りに戦力の確保が挙げられる。魔王軍の構成員にはピックされなかった非戦闘員の集まりと言っても魔族は魔族、生来に備わっている身体能力や魔力の保有量は相当なもの。鍛えていなくたって戦闘力はそれなり以上にある。これまではもっと強い魔族がいて、また戦闘そのものに強いモチベーションが持てずに戦いの場に立つことはなかったとしても、今後は侵攻のためではなく生存のための戦いになるんだから、きっと彼らも(協力を惜しまないと意見が固まったなら)戦士に変わっていくだろう。
これはまあ普通に心強いよね。私たちだって連合国を全力で守る決意を固めているけど、人数がね……五人ぽっちじゃどうしたって波が本格化すると手の回らないところだって出てきかねない。からには、現地民での防衛が少しでも強力になることで私たちが派遣されるまでの時間稼ぎができるようになってくれたら超助かる。魔術師ギルド主体で策も練られているとはいえ人員の厚みはあればあるだけいいからね。
んで、魔族を救うことで得られる次のメリット。というかデメリットの排除として、彼らを放っておくことで滅ばされてしまった場合、ここ第四大陸が強魔物たちの前線基地になりかねない。第五大陸と比べれば人類圏にぐっと近い、もはや連合国の目と鼻の先と言っていい場所にそんなもを構えられると私たちの対処も難しくなってしまう。そういう事態を避けるっていう意味でも、今の内に魔族をまるっと避難させて、この第四大陸を破棄するっていうのが私たちの案だった。
他の大陸よりもずっと小さくて狭いとはいえひとつの大陸をどうやって破棄するんだ、って点については心配ご無用。それをするのは私たちでもなければ連合国の人々でもなく、女神だからね。
そもそも第四大陸自体が岩礁程度の浅瀬に過ぎなかった場所に魔族の本拠地を用意してやる(つまりゲームを開始する上での手助けの一環)という名目で女神がその女神パワーで作り上げた偽物の大陸なのだ。や、こうして曲がりなりにも大陸が出来上がっているからにはそれを偽と称すのは正しいのかどうかよくわからんけども、とにかくこの場所は管理者の干渉権によって設置されたもの。なので役目を終えた場合にはそれを退かせる権利も女神は持っているとのことだった。
魔族が住む土地……もっと実態に沿った言い方をするなら平和期において魔族を「飼い殺し」にするための土地がこの第四大陸だ。そこから肝心の魔族がいなくなりでもすればここはその役目を終えたと見做され、以前行使された干渉権の効力内でお片付けができるようになる。魔族を避難させたいのはそのためでもあるのだ。強魔物が根城にしてしまう前に、大陸をぶっ壊す。なんともスケールの大きい話ではあるが、大陸図の形を大きく変えることになろうともこれは間違いなくやっておくべきこと。私たちにも迷いはなく、連合国からもトップであるルーキン王を始め反対意見は特に上がらなかった。
まだそれを知らないのは最もの当事者と言うべき魔族たちだけど、これは別にあえて教えていないとかじゃなくて、単に話す暇がなかったというか、優先する理由がないとしての判断だ。彼らは種族の明日を占う重要な方針転換を行なおうとしている真っ最中だ。そこに余分な情報は、別に大陸の消滅に限らず与えるべきじゃないだろう。彼らには彼らの一致団結だけに集中してもらいたいのだ。
本拠地なんて良さげな言い方をしたってここは彼らにとって檻のようなもの。それでも長らく居着いていた場所として──田舎から都会へ移り住む若者が必ずしも出身地を嫌っているわけじゃないように──多少なりの愛着だとか郷愁の思いを持つ魔族だっているかもしれないけれど、しかしだとしても背に腹は代えられない。自分たちの安全よりも第四大陸を残すほうがいいとする者はさすがにいない……はずだ。
いたとしてもその要望を聞くわけにはいかないんだけどね。なんて軽く考えてしまうあたり、灰らしくなっている自分に気付いてちょっとげんなりしちゃう。こういう考え方はすごく女神のそれっぽい。
それをなんの違和感もなくやっちゃってるのはやっぱり、管理する側に立ったことで思考回路というか、女神流に言うなら視座が変わった影響なんだろうな。灰になる前の私だったら同じ結論を出すにしても魔族の気持ちも慮って、もう少し悩むか苦しむかしたと思うんだけど……。
まあ、どっちにしろ結論が変わらない内はまだ大丈夫。そこで導き出す答えまでガラリと変わってしまったら本格的に危ない。なので、その域にまで達していない今はそこまで心配することもない。と、そう信じたいこの頃だった。




