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429 第四大陸の端

 バラバラになったヘルヒッグスが海に沈んでいく。奇怪な見た目をしているけど別に血液が毒だとか環境に有害だとかそういうことは女神も言っていなかったので、海の藻屑となっても特に問題はないはずだ。魚や他の魔物の餌になってくれることだろう。


 完全な死亡を確認してから神力の全解放をやめる。まさかとは思うけどバラバラになっても首だけで噛み付いてくる可能性だってゼロではないから一応警戒していたのだ。この点、魔族は死亡すると第四大陸の瘴気と──より正確には瘴気の発生元である魔王城のコアへと──還って亡骸が霧散してくれたので余計な警戒がいらず、ありがたいっちゃありがたかったね。そうじゃなきゃ特有の高い生命力とか特異な能力とかを用心して毎度毎度追加の破壊行為に勤しむ必要が出ていただろうから。


 さて、これで私のほうは片付いたわけだけど……お、皆のとこでもどうやら戦いが終わったらしい。遅く戦い始めたけどパパっと終わらせた私と違って最初のほうで接敵したカザリちゃんとかコマレちゃんあたりは色々と試してたみたいだから結果としてタイミングが重なったようだ。偶然だろうとは思うけどこれも同調での以心伝心が影響してたりして。


「ん、りょーかい」


 合流しようって雰囲気なんで私もそれに賛同の意思を返しつつ最後にヘルヒッグスが落ちていった辺りを見やる。ここら辺の海域は人類圏からあまりにも遠いこともあってどんな生態系が形成されているのかまったくの未知数。ひょっとすれば海の特級魔物であるレインクロインみたいなのもいるかもしれない。それもひょっとしたらうじゃうじゃと。そう思うと、未解明による部分も大きいが海だってひとつの魔境だと言えるよね。


 第五大陸の強魔物はいずれも陸と空に適応しているのだから、さすがにどんなに強くても海中を潜ってやってくる例はないだろう……ってのが今のところの予想だけど、さてどうなることかね。本当に長く潜水できる強魔物がいないかどうかは彼らがこれまで陸地に閉じこもっていたからにはこれまた未知数。もしかしたら女神の観察眼でも見抜けない能力を持った奴がいるかもしれないし、海越えをするにあたってこれからそういう力を獲得する奴だって出てくるかもしれない。


 そんなことを言ったら潜水以外にも私たちの警戒網に引っ掛からない移動法なんていくらでもあるわけで──可能性の範囲で言うならそれこそ女神が試練で見せたようなワープだってされちゃうかもなんだから──もしもを考え出したらキリがない。ってなわけでとりあえずは飛ぶ・泳ぐを重点的に見張るつもりでいる。


 言ったように海の中は深くなればなるほど魔境になって私たちが手を出さなくても自然と網が形成されているようなものだから、そこまでを見張る手間を考えると理に適った取捨選択ではあると思うけど……ま、どうなるかはやっぱりいざ始まってみなければわからない。こっちのできることにも限りがある以上、ある程度は出たとこ勝負の難しさも受け入れなくちゃね。


 もちろんそれで失敗してむざむざと連合国内で強魔物が大暴れするような事態になれば、なるべく被害が出ない内に全力で鎮静に当たるつもりではある。あるが、そんなことにならないのが一番なのも言わずもがなだ。今ごろ海の底で海産魔物の食料になっているであろうヘルヒッグスみたいに、他の小賢しい強魔物も同じ末路を辿ってくれるのを祈るばかりだ。


「さて、行きますか」


 五頭連れ立ってやってきたヘルヒッグスだけど、先んじて待ち構えていた私たちに接触して捕まった一頭を置いて残りの個体が迂回して、また一頭捕まったら残りが迂回して、を繰り返してどんどん進路が横へ広がっていったために──そしてそれを女神からの説明を元にして事前に読んでいたカザリちゃんとコマレちゃんの指示に従って私たちも広がって防衛線を設けていたために、皆とはそこそこ距離も離れている。私が一番端っこだったのもあって余計にね。


 皆はもう陸地を目指しているようなので私もそれに倣うとしよう。一旦海上で合流してからショーちゃんで一気に跳ぶ・・っていう選択もあったとは思うけど、そうしないってことは(おそらくこれもカザリちゃんかコマレちゃんあたりに)すぐにでも話し合いたいことがあるっていうサインだろう。実際、そういう雰囲気も伝わってきているしね。


 待たせることになったら悪い。ちゃちゃっと移動しちゃおうっと。



◇◇◇



 ヘルヒッグスの亡骸の消えた先へ思いを馳せていたせいで若干だけど私の移動は遅れ、案の定に合流したのは最後だった。と言っても一分にも満たないタッチの差だけどね。私以外の四人はほぼ同時にこの場所──第四大陸・・・・の端、海を挟んで第五大陸に面している海岸の一箇所に到着していたようだ。

 

 そう、今回私たちが阻止したのは強魔物の第三大陸への侵入ではなく、第四大陸への侵入だった。ここにはまだ魔族たち……魔王期の戦いに駆り出されなかった非戦闘員の若かったり弱かったりする魔族のことだが、そういう生き残りが住んでいるからね。ヘルヒッグスの来訪を許せば──奴らが第三大陸を目指す途中でここを休憩地&補給地にしていた可能性は高い、というかほぼ確実だった──まずもって彼らが襲われ、食われることになっていた。それを良しとせずに私たちは第四と第五の境となる海の上に張っていたってわけだ。


 そうするように魔族に頼まれたんじゃなくて、これは私たちが自発的にやっているだけ。一応彼らとは話し合いとかもしたし、そこではあちらもこちらも一切武力には頼らなかったけれど……はっきり言って溝はあったし、今もあるままだ。生き残りの半数はどうしても私たちに「助けてもらう」っていうのが我慢ならないみたいだった。


 でも、それ以外の半数の魔族は、心情としては複雑なものもあるだろうけど必ずしも否定的なわけではなかった。これは非戦闘員である彼らが強度と引き換えに魔族らしい破壊や戦いへの欲求っていうものもあまり持たないからだろう。


 そういったものが濃い魔族は戦闘力も高く、それ故に戦闘員になって魔王期で全滅してしまっている。四天王なんかがその筆頭だ。なので、決して人類種とは相容れないと思われてきた魔族だけど、残存勢力だけで言うならその限りでもない。充分に共生の余地があるように私には思えた。無論、その余地とは魔族側と人類側、双方の歩み寄りがあってこそ生じるものだけどね。


 連合国の総意としても──この結論が出るまでに丸二年以上の時間がかかった──魔族が「これからの脅威」への対抗に協力的であるなら、第三大陸への移住を許してもいいということになった。

 狭くて何もない第四大陸という作られた魔境からの脱出。広くて豊かな大地への進出は今を生きる魔族たちにとっては悲願で、闘争に前向きでない彼らもだからこそ魔王やその部下たちが魔王期で敵地へ乗り込んでいくことを止められなかった。強さの上下関係がある以上は止めたくても不可能だったろうけど、しかしそれだけが理由ではなくて、そういう側面も確かにあったはずだ。


 助けてもらうことに拒否感がある半数の魔族にしたって移住は魅力的な提案に違いない。なので断固とした拒絶がしきれず、賛成派に説得されて段々と組んでいた腕を解いている者が多い……と、これもまたしょっちゅう第四大陸を覗いているっぽい女神から少し前に聞いた話だった。


 魔族にとって一番の恨みの対象である女神がこんな風に自分たちを観察していると知ったら彼らも怒って余計に意固地になるかもしれないので、そういうことは絶対に明かさないように私たちも気を付けている……なんかやれやれって感じ。



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