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428 わからせてやる

「えーと。そうそう、ヘルヒッグスだっけ? 女神があんたをそう名付けてたよ」


 空中でもんどりうっている強魔物、名称ヘルヒッグスへ話しかけるが当然に返事はない。言葉なんて通じるわけもないし、そもそもこの様子じゃ聞こえているかも怪しい。何せ見てるこっちまで痛くなりそうなくらいに苦しんでいるからね。


 第五大陸産の激ヤバ生物の一角ともあろう者が情けない……とは思いつつも、けど仕方ないか。私がぶん殴った部分は大きく凹んでいる上に、その中心部に空いた穴は深く、そこから侵入した神力はもっと奥深くまでヘルヒッグスを破壊しているんだから。奴からすれば顎から首にかけて真っ直ぐ貫かれたようなもの。強魔物ならそれでも致命傷には程遠いだろうけど、決して軽い傷とも言えないだろう。それはこの痛がりようからもよくわかる。


「強魔物にしては珍しい群れを作るタイプ……それも私たちの同調みたいにテレパシーめいた意思疎通ができるんだってね? なのに行動理念は利己主義で一環してるってんだからよくわかんない生き物だよ。あんた、他の四体を見捨てて自分だけで一番乗りしようとしてたんでしょ」


 ようやく痛みを振り切ったか、もしくは痛みを与えた許されざる者への怒りがそれを上回ったのか、甲高い悲鳴を収めてヘルヒッグスは強く私を睨む。鼻息も荒く、ドロドロとした涎に混じって血まで垂らしているその姿はさらに迫力を増しているけど、言うまでもなくそんなものに怯んだりはしない。こっちだってこいつを許せない気持ちは同じ、いや、もっと強いんだから。


「そんなに餌場・・へ急ぎたかったか。食べたくて暴れたくて仕方なかった? ん? 弱い相手しかいない場所で気持ちよく、思う存分にさ……ふざけるなよ、お前」


 ビクリと。さっきは私の殺気を意にも介さなかったヘルヒッグスだが、今は見ただけでわかるくらいに竦んで硬直した。それに対して思うこともなく私は続ける。どうせ言ったって通じないんだからなんの意味もないけど、でも言わずにはいられなくて。


「こっちの大陸はお前らの餌場じゃない。餌場にはさせない。そこに住む誰も、何も、お前たちが壊していいものなんかひとつもないんだって──わからせてやる」


 偶然か、それとも言葉は理解できなくてもわかることもあったのか、言い終わると同時にヘルヒッグスが咆哮。一番の声量で放たれたそれがビリビリと空気を揺るがした。その行為が鼓舞にでもなったように硬さのなくなった大きな体が翻り、太い尻尾が落とされる。


「──はぁッ!!」


 上から降ってくるそれを、気合一閃。全解放の全力でもって払いのければ──ぶつんっ! と小気味よい音でヘルヒッグスの尾がその根元近くから千切れた。また悲鳴が上がる。が、ヘルヒッグスは止まっていない。海へ落ちていく自身の尻尾も見送らずにまた素早く体勢を入れ替えて、今度は体の左側にある五本の腕を一斉に向けてきた。突進と拳速がひとつになっており、しかも一個一個の拳が大きいものだからそこには強大な破壊力が宿っている。けれども私には恐れもなければ焦りもない。


 この程度であればなんの問題もないと確信があった。


「おォッ──」


 腕を引き絞り、そして拳を打ち出す。五つの巨拳との衝突。打ち勝ったのは──私。集う五つをまとめてぶっ飛ばし、ヘルヒッグスが傾いて出来たその軒下・・へとお邪魔する。腕はもう引いてある。


「──ッらぁっ!!」


 ぶん殴る。ここで糸を使う選択肢もあったがもう決めた。こいつは単純明快にパワーだけで倒し切ると。それくらいできなきゃ試金石にもなりはしない。なのでまあ、糸の実戦テストに関しては次の機会ってことにしておこう。


 抉り込んだ一撃がヘルヒッグスの巨体を折れ曲がらせる。可動域に合った曲がり方なので別に背骨やら何やらが──こんな異形めいた見た目でも全体を支えるための背骨に相当する骨くらいはさすがにあるはず──折れたわけじゃないが、お腹には穴が開いた。また悲鳴が上がるだろうが私はそれが聞こえる前に宙を蹴ってヘルヒッグスの上を取り、もう一発。拳を打ち下ろして近いほうの羽の根本をぶち抜く。


 先に別れた尻尾を追いかけるように片翼……片羽? が千切れて落ちていく。飛び散った血もだ。その私の体感からするとスローな景色を眺めながら悪くない結果だと納得する。硬く感じていたこいつのどす黒いウロコが、サクサク壊せる。あっさりと貫ける。単に殴るだけでここまでの破壊が可能だっていうのは素直に嬉しい。やっぱりパワーの確認だけに絞ったのは正解だ。


 てかぶっちゃけ、全解放のみでここまで圧倒できてしまうのでは様々な手札を試すにはこいつだと役者不足だ。変に欲張ってもどれも中途半端な確かめ方しかできそうにないので、そういう意味でも私の判断は悪くないはず。これは各所で戦っている皆からも思ったより敵が弱くて拍子抜けしている感情が伝わってきているおかげでもある。だから糸に頼る案を早くに引っ込められたのだ。まったく同調サマサマだよ、ホントに。


「ところで生態が本当なら、あんたにはお仲間の追い詰められてる感情が伝わってるはずだけど……どうなの、助けたいとかって思う? って、そんな殊勝な気持ちがあるならそもそも囮扱いして放ってきたりしないか」


 まずもって助けるという発想そのものがなさそうなので、同種の窮地を憂う感情なんてそもそもオミットされている可能性もある。ヘルヒッグスが意思疎通能力を活用するのはそれによってあくまでも自己に利がある場合に限ってのことだというから、割とマジにあり得る話だ。自分自身の生存や得を何よりも最優先するならピンチの仲間を助ける理由は薄い。


 そこが、同じような同調効果を持っている私たちとの一番の違いだ。


「……片っぽ無くなっても飛べるんだ。やっぱ普通の生き物とは違うんだね」


 片方しか羽が残っていないっていうのに、ヘルヒッグスは私の予想と異なり落下することはなかった。同じ空を飛ぶ生き物でも鳥ならこうはいかないし、魔物のカテゴリで言ってもワイバーンとかでもおそらく片翼が捥がれればもう飛べないだろう。こいつの羽も飛行の助けにはなっているはずだけど、飛べている最大の理由はそこにないってことだ。


 私が神力を支えにして飛んでいる(というか浮いている)のと似た感じで魔力で自分を飛ばしているってところかな。そういうことができるって点も、通常の魔物とは運泥の魔力量である強魔物としての特徴だと言ってもいい。


 っていうのも女神から教えられたことだ。だって女神だけだからね、神の目とやらで遠く離れた第五大陸の様子を直に見聞きできているのは。……ん? 今になって思ったけど「聞くこと」もできてるんだったらそこは神の目じゃなくて神の耳の力じゃね? って、そんなのどうでもいいか。


「終わらせようか」


 落ちていないし、逃げてもいかない。まだヘルヒッグスは私を睨んでいる。だけどそこにさっきまでの好戦的な獰猛さは欠片もない。落ちようと逃げようと無駄。私からは逃れられないと理解しているから、動けない。ただ私を──自分にとってのを見つめる以外何もできない。それだけでしかない。潔く諦めているというよりも、どうしてこんな目に遭っているのか心底わからないって風に見える。


「そんな不思議がることもないでしょ。元々あんたは第五大陸そういうところにいたんだから慣れっこでしょうに……まあ。そこから逃げ出さなければもう少しは生きられたかもだけど、それも含めてあんたの選択だ」


 そしてこれが、私の選択。


「じゃあね」



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