427 真っ向勝負で勝つ
甲高い金切り声に思わず耳を塞ぐ。なんだ、化け物らしい見た目をしておきながら痛みにはこんだけ反応するのね。そこは普通の生き物と何も変わらないか。
ただ、切れ味重点に設けた斬糸の壁にあれだけの速度で突っ込んだって割には傷が浅いな……全身細切れになってくれれば御の字だったが、とんでもない。全身どころか顔しか切れてない。そして血も大して流れてないことからすると、本当に表面しか傷付いてないっぽい。
うーん、頑丈。しかも近くで改めて見るとなかなかのサイズがある。体長で言えば私の三、四倍は優にありそう。それでいて飛膜が付いてるタイプの羽と何本もの腕が生えていて横にもボリューミー。体積だと三、四十倍でも利かないくらいはあるかな。デカいなぁ、強魔物。人里近くによく現れる魔物の中でもビッグサイズに分類されるトロールとかオーガと比べてもデカい。何度も言うが、これだけ立派な体格をしていても第五大陸だと下っ端っていうね。やれやれって感じ。
「わっ、と」
金切り声が闘志の籠った雄叫びに変わったかと思えば、腕を三本まとめて振るってきた。それは空中に張った斬糸の壁を薙ぎ払い、その奥に控える私にまで届こうとしていたので少し下がって回避。した途端に強魔物は突進してきた。むっ、下がるのを誘われたか。あるいは反応速度が単に早いってだけ? どっちにしてもこいつは戦士として高い能力を持っていることになる。これも女神から聞いていた通り、いくら真っ先に逃げ出してきたと言っても魔境で揉まれてきているからにはその戦闘能力は折り紙付き。ただ図体がデカいだけや特異な身体構造をしているだけじゃない、と。
「ふん!」
だったらこっちも引いてばかりもいられない。この戦いは灰になって初の、世界を守るという使命に則した実戦であると同時に、今後の長い闘争の試金石になるものでもある。私は敵の力だけでなく自分の力も調べて確かめなくちゃならないのだ。
なので、突進をどんと正面から受け止めてやった。私を撥ね飛ばすか、もしくは逃げたのを追いかけるつもりでいたであろう強魔物は──たぶんだけど──これだけサイズ差のある私とパワーが拮抗していることに驚いている。ふふん、どんなもんだい。灰になって私の肉体性能は超絶に上がっている。単純な膂力ならざっと以前の私の十人分以上はあるか? そこに魔力だけでなく神力の強化も乗るんだから差はもっと大きい。
それがどれだけ凄いかと言えば、ご覧の通り。これだけ体格の異なる相手とだってがっぷりよつが成立するくらいにはパワーアップしているってわけ。
「つっても重いは重いけど……!」
なんとか受け止められている、というだけで別に余裕はない。これ以上押し込まれないようにするので精一杯ってところだ。うむむ、モンスター級のスペックを手に入れたっていう自負もあるっていうのに、それでも下っ端なんかと互角……あるいは少し劣勢ってところか。こりゃ強魔物と力勝負をするのは賢明じゃないかもしれないな。
もちろん、ヒエラルキーの下にいるからって必ずしもこいつが強魔物の中でも特に非力な存在だとは言い切れないけどね。魔物は、というか生物全般がそうだけど、「膂力がある」がイコールで「他よりも強い」ってことにはならないからさ。なのでこいつより強くてこいつよりパワーのない強魔物もいたっておかしくはないんだけど……そういう種類の強魔物とはそもそも力勝負をしたくてもできなさそうな気がするから、結局は同じかも。ますますやれやれだ。
「おっ? ──ぐえっ!」
ひたすら私を押し込もうとしていた強魔物が新しい動きを見せた、と思えばその肩口(と言っていいのかは羽とかもあって微妙なラインだけど)から脇腹の背中寄りのラインにかけて生えているいくつもの腕の、私に届く前側四本をガンガンにぶつけてきた! くお~、痛ぇ! 四つしか指がないってのに器用に握り拳みたいなのを作りやがって! しかも四本でタコ殴りなもんだから堪ったもんじゃない。私が抑え込んでいる頭部もそうだが、指や甲にもドラゴンを思わせる堅牢なウロコがびっしりと揃っていて、その硬さが武器にもなっている。神力の防御の上からでも響く響く。やっぱこいつ力強ぇわ。
空中に固定する都合上、多少は不安定さも出てくるとはいえそれでもヤワではない……そんな神奏糸製の斬糸壁を簡単に薙ぎ払ってみせたパワーは生半可じゃなく、一打ごとに内側に鈍痛が募っていく。両腕がフリーならもっとちゃんとした守り方もできるけど、強魔物は殴りかかってきながらも突進の勢いを緩めていない。少しでも抑えているこの手から力を抜こうものなら猛スピードで私は押し込まれて、下手をしたら持ち直す暇もなくこいつを第三大陸に侵入させてしまいかねない。
それだけはなんとしても避けなくちゃならない。そのためにこの状況をどうにかするとなると……案としてはふたつある。ひとつは糸。複雑な糸繰りをするには手を使わなくちゃいけなかったのも今は昔、神奏糸であっても(大抵の技は)ノーモーションで編めるようになっているからにはこうして両手が塞がっていてもいくらでも取れる手段がある。
例えばもう一度、今度は見えにくさじゃなくて頑丈さを特に持たせた斬糸で切ってみてもいいし、あるいは粘着性を持たせた平糸で全身を縛ってみてもいい。このパワーと多腕を完全に封じ込められるっていう確証はないけど、少なくとも多少なり動きを鈍らせることくらいはできるだろう。その隙に私は自由を取り戻せるし、そうなればもっと打てる手も増える。……考えるほどに悪くないアイディアだが、しかし私はこれを蹴ることにする。
採用する案はふたつ目にしよう。それ即ち──このまま力での真っ向勝負で勝つっていう蛮族めいた案。
「神力全解放!!」
身を守る程度に留めていた神力の展開を最大出力に持っていく。三年前はこうするだけでも体中がギシギシと異音を立てていたものだけどもうそんな負担もない。制限時間もあるにはあるけど一対一なら考慮に入れなくていいくらいには長い。それでいて変化は劇的で、さっきまでは受けるたびに無視できないダメージが重なっていた強魔物の殴打がなんともない。や、殴られている衝撃はあるけど痛みっていうほどのものではないって意味でね。
力いっぱいに張り切ってようやく拮抗できていた強魔物の押し込みに対しても、腕一本。それもそんなに気張らなくても充分に止められるようになっている。はっは、すげえ。神力の出力が増していることもあって全解放による強化幅も三年前とは比べ物にならないな。こうして実戦の中で確かめられるとその実感も強くなる……うん、いいね。
「よくもボコスカやってくれたな。この、不恰好なトカゲめ。次は私の番だ……!」
おっとと。うっかりすると口調が荒くなってしまう。こうやって灰としてのポテンシャルを引き出せば引き出すほどになんというか、灰としての自意識まで引き出されるというか。他の生き物たちをついつい見下し気味になっちゃうんだよな。今のところは魔物だけに限定されているけど、それも魔物としか戦ってないからっていう気もする。
できれば人を相手にはこういう考え方を持ちたくないんだけどなー。
「よっと」
考え事もそこそこに、とりあえず殴る。その一発で強魔物はエビ反りみたいに大きく仰け反って、また情けない悲鳴みたいな声を上げた。




