425 私たちならね
それが本当の最後になる。ハルコの変化。成長。覚悟。想い。力。前へ進むこと──この戦いの、最後。何もかもが終わるその前に。
「なるほど、それが。それこそが……あなたの完成ですか」
何が起きたかは非常にわかりやすい。女神の目には全てが明らかだ。ハルコの骨肉となっている兆至糸がその肉体に収まっていないこと。体の外にまで溢れ出して形を作っていることが。そしてそれの異常性もまた、何もかもが映し出されている。
つまりは外骨格の形成。体内で強度と動作性の向上を担う糸を拡張して体表まで覆い尽くし、その性能を二重に活かす。技術としてはハルコが以前から重用してきた鎧糸や、要所要所で活躍してきた擬態糸の発想と要領だろう。その上で、意匠に関してはおそらくシズキの奥義。プラチナ・ショーちゃんとの一体化を元にしているに違いない。
ハルコは肉体的にも成長していた。元々上背があり、五人の中でも最も身長が高かった彼女だが、しかしさっきまでは女神より頭ひとつ分は低かったそれが明確に伸びている。今では女神と目線の高さが合うくらいになり、それに伴って当然に手足もすらりと長くなっている。心なしか、ボディラインのメリハリもより出ているようだった。
とまあ、そこまでは特別な目を持たずとも誰だって見ればわかること。当然に女神が見通す真実はそれより一歩も二歩も奥を行っており。
「大人になった自分を想像再現した糸の鎧……素材も相まってこれまであなたが使ってきた鎧糸とは一線を画すものですね」
神奏糸。恐れ知らずにも神の名を冠する糸繰りから生み出された兆至糸。決して名前負けしていないそれが一箇所だけでも何十、何百、何千という度を越えた回数折り重なって編み込まれて出来上がったその鎧は、もはやそれ自体が生体と称して過言ではない。造りがどこまでも緻密であるがためにその可動性は単に部位へ巻き付けるだけであった鎧糸の比に非ず。また関節部位を覆えないという弱点もカバーして、まさしくシズキとショーちゃんの一体化にも劣らない「着込む武器」としての完成度を誇る。
ハルコが踏み越えた一線は大きい。体の内と外を自身の特性が形になった糸で──この上なく親和性の高い究極の素材で守り、強め、高めているのだ。女神をして今のハルコを完成と評したのはそれが理由だ。彼女の目に映る大人びた顔付きになった少女はそれだけの「脅威」を持っているのが明白であるが故に──。
「行くよ」
「来なさい」
ハルコの変貌によって中断されていた攻防の再開。その立ち上がりは静かなものだった。急ぐでもなく自然体に女神へ近づいたハルコが、跳ね打ちで拳の甲をぶつける。それに女神はパリングを合わせ、こちらも返し打ちで手首の外側をハルコの顎目掛けて放つ。その進行をハルコのもう一方の手が止め、そこから間合いを詰めつつ折り曲げた肘で胸部を打たんとするが、女神もまたもう片方の手でそれをしかと受け止める。
「……、」
「──、」
加速。入り身のままに死角からフックを打ち込んだハルコだが、死角など存在しないとばかりに女神は反転、相手の拳を空振らせながら突き上げの掌打を送り込む。その軌道から狙われた頭部を外しつつ絡ませるように腕を伸ばし、女神の首へ宛がおうとした手を払いのけられ、反対にそっと顔の横に添えられた掌から寸勁によって神効戟が打たれる、その直前に上体を跳ね上げて肩で巻き込んで攻撃を防ぐ。
「……!」
「──!」
加速。僅かに空いた間を膝蹴りで詰めつつそれが止められたのを起点に拳のコンビネーションを浴びせる。女神はその全てにブロッキングで対応して打ち終わりの一打に一瞬の神効戟。そこに強引に隙を生じさせてお返しのコンビネーションを放ったが、どの角度からの殴打もハルコはスウェーで回避。触れさせずにやり過ごしながら自ら半歩前へ出て中段突き。抉り込むようなそれも神効を厚くした手で受け止められて視線が交錯。
「ふふ……!」
「ふふ──!」
加速。至近のままいくつも打撃を放ち合う。受けと攻めは同時にして同義。瞬く間に生じた百以上の衝突による余波が広がっていくのに合わせて傾いだ両者が振り子のように互いの額と額をぶつけ、膝と膝を打ち合い、また拳と拳の連打が食らい合い──また加速。
いつの間にか開手となって掴み合いに移行した二人の入れ替わり立ち替わりの鬩ぎ合いはその速度、激しさをどんどんと増していく。それこそ天井知らずに、限界などないかのようにどこまでも、どこまでも互いが互いを高め合っていく。
「おッ、らぁあッ!!」
掴み取った腕を捻り上げ落とし投げてそこに蹴り。ハルコの快挙と言っていい技での上回りに女神は蹴り込まれるそこから神効戟を打ち放って対抗。即座に回転してもはや種別のつかない奇異の蹴りを返し、それにハルコも打ち下ろしの肘で迎撃、そこから寸勁による追い打ちによってその足を弾く。そして双方が反転、からの回し蹴りで世界に音のない音を響かせる。力を響き渡らせる。
そして示し合わせたように高速飛翔。もはや確認を終えた両者は何を憚ることもなく今持てるものを、今出し得るものの全てをただ一人へ。目の前にいるたった一人だけへ「捧げる」。それが勝負であり、試練であり、意地であり、終焉である。そうと刻み込むことだけをする。
「ふ──はは、あはははははははっ! ねえはるこ、あなたはどこまで行きたいのです!?」
「訊くまでもないこと訊いてんなよ女神! どこまでも! その答え以外にある!?」
「ないでしょうね! あなたならば!」
「そう、私たちならね──言っとくけど! そこにはあんたもいるんだからね!」
「!!」
ハルコが笑う。勝ち気ないつも通りの、けれど大人びた今はどこかいつもと違う──そう、言うなれば神々しさ。女神でさえもそんなものを感じてしまうくらいに美しい笑みが、まるで太陽のように輝いて。
これがハルコなのだと。これぞハルコらしさなのだと、女神は静かに、昼日中の月のような笑みを返す。
「行きましょう。共に、どこまでも」
打つ突く殴る叩く削ぐ弾く掴む蹴る。攻勢守勢の区別をなくしたとにかく一心不乱の打ち合いを続けながら口調だけは涼やかで嫋やかに、ハルコが思う女神らしさを取り戻したようにそのままに、彼女は言う。言い募る。
「大いなる波へ抗うに一片の不安もなし。神の目にも見通せぬものを忌避しなければならない身として。ひとつの世界を預かる管理者としてあるまじきことではありますが──あなた方と歩む未知なる道への恐怖はもう、この胸に存在していません。きっとなんとかなる。これもまたあるまじきことですが、なんの根拠もなく。根拠など必要なくそう思えるからです。そう、信じられるからです」
「……!」
「ふふ。わたくしをこんな風にしてしまった責任は、重いですよ? はるこ、あなたはそれ以上に背負えますか?」
問われながら左からは掌打が、右からは拳打が迫る。神速の並行諸手突き。そのどちらもハルコはしっかりと右手と左手で受け止めて、応える。
「背負えるかって? それも訊くまでもないことでしょうが──つべこべ言わずに!」
「!」
「私たちに! 任せときな!!」
まるで手と手を取り合うような体勢のままで放たれたのは──勝負の幕引きに選ばれたのは、やっぱり彼女お得意の。一番の象徴でもある全身全霊での蹴りだった。
そして。




