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「どっっっ──」

「!」

「──っっせいッ!!!」


 落ちた以上の速度で翔け上がったハルコの長距離飛び蹴り。ロケットもかくやという勢いで迫ったそれを、女神は受け損ねた。


 遥か下方より既に蹴りの体勢を取って昇ってきたハルコの意図はあまりにも明白。故に女神は避けるも守るも好き放題。その余裕が直前までの「待ち」を選ばせたが、それがいけなかった。ある程度まで近づき、女神も行動を開始しようかというタイミングでハルコがスピードアップした。それこそ多段式ロケットの二度目の加速のように、いきなり更なる勢いを手にしたその吶喊蹴りは女神の目測を上回って超速接近。結果として半端な防御の上から思い切りに突き刺さることとなった。


「ッッ!?」


 誤りは到達速度のみにあらず。遮った手元から炸裂したその目算から逸脱して余りある威力に女神が押し込まれ、姿勢が崩れたところでハルコの身が翻る。空中ソバット。フック状に横合いから叩き込まれた踵には防御も間に合わず直撃を貰う。


(これは……!)


 体勢を整えつつ反転。ハルコに向き直るが、件の相手は三角飛びの軌道で回り込みながら接近。再び横手からの急襲を受ける。あまりにも機敏──迎撃予定だったのを回避に変えた女神は下がりながら改めて防御態勢となり、そこへハルコの連撃が襲いかかる。


 狂おしいまでに激しく、愛おしいまでに烈しい。火の点いたような、という表現がこの上なく似合う猛々しさ。この猛烈な勢いを生んでいるのは何も全力を出していることだけが理由ではない。女神の目には確かに先程までのハルコとの差異が浮かび上がっている。何かが明確に違っていること。その違和の正体を見極めんとすれば詳らかとなる──種はハルコの内部、気絶から復活して以降も変わらずそこに仕込んであった兆至糸にあった。


(体内に巡らせている糸の量が──質も! 上がっている!)


 自身の肉体を完全に支配・制御するための秘策である体内兆至糸。それがあるからハルコは清閑合一を極みに近しいレベルで使いこなし、そこから転じて神効もどきに目覚め、その果てとして治天法もどきにまで辿り着いている。その恩恵は言わずもがな特大級。故に、体内兆至糸に集中力を費やしているため他の糸繰りの技が使えないというデメリットもあれどそれはごく小さな損失にしかなっておらず、現にハルコはここまで女神に食らいつけていた。


 勿論これも仲間から託された意志の力があってこその兆至糸の高度運用であり、気絶前のハルコでは同じように心身の完全支配を行なっていてもこのステージに立つことはどう足掻こうと不可能だったろう。まさしくの奇跡の賜物。それを、ハルコはこの終わりの間際で。皆の力の結集、その後押しがあと僅かにだけ伸びしろを残していることを、これが最終強化になるであろうことを、神の目を持たずして彼女も気付いていたのか──あるいは無意識的にか、それをハルコは現在の自らにとって文字通りの「骨肉」となって支えてくれている体内の兆至糸の性能を更に高めることへ使用した。最後の伸びしろをそこに費やすことを選んだ。


 ほんの少しの、ちょっとしたブースト。それだけでは女神が見抜いた通りに飛躍はできない。ただしそのちょっとしたものがあと一歩だけ足りていなかったものを埋めた時、成長は成る。伸びとしては些細だったとしてもそこに至る前と後とでは「絶対的」な差がある。それもまた人の業であり妙。可能性の良し悪しであり、落とし穴ともなりがちなそれを、けれど今回は。この瀬戸際でハルコは飛び越えた。


 高く、高く飛び上がったのだ。


「おおおおぉおおおおォッッ!」

「ふ、ふふ──これだから!」


 ハルコの全動作。その眼差しに至るまでがひとつ上のレベルへ、天井にいる女神をして捌くのに懸命さを要求される高みにまで昇りつめた。その事実に女神は「もしや」という焦燥と歓喜を同時に発露する。まさか本当に? だがまだ遠いか──いや、既に指先は届いている。ならば有り得る。十二分に起こり得る。


 ハルコの可能性はまだ、終わっていない!


「この感動は筆舌に尽くせません──だからこそ!」

「!」

「手折るに躊躇なし!」


 連撃の隙間を縫って打ち込まれた一打。そこから崩されて鼻骨、顎、胸椎という貰ってはいけない部位へ立て続けに打撃を送り込まれ、ハルコがよろめく。見えない舞台から滑り落ちかけるように足元が揺れ……しかしそこからを吹き返す。消火されかかったかに見えた烈火の勢いがむしろ更なる猛りを見せてまたしても連撃が始まる。一気に攻勢を取り戻す。


「随分と元気のいい!」

「当ッたり前でしょ、見ての通り! こんなに元気いっぱいなんだから!!」


 ありとあらゆる角度からのありとあらゆる打ち方で女神を抑え込みにかかる。そのひとつひとつがどれを取っても本命以上の威力が込められた必殺にして絶殺の、強打にして恐打。飲み込まれればなんであろうと塵も残さず消え去る脅威の嵐と化したハルコの拳打だが、しかし。それに真っ向から相対するは嵐に飲まれど飲み込まれぬ例外。ひとつの世界を手中に収めるいと高き者、神だ。


「くぅッ……!」


 決して勢いだけに任せていない、全力。ハルコのこれまでの全てが詰まっていると言ってもいい怒涛の攻めが通じない。さしもの女神も反撃に欲張らず防御に徹しているものの、つまりは防御に専念してしまえば彼女にとって危なげなく凌げる程度でしかないということ。


 最後の一押しがあって尚、足りない。自身の不足こそ埋められても女神との間にある差までは完全に埋めることができなかった。それがこの攻防に表れている。


 このままでは遠からず、体力か神力か。あるいは心の力が途切れて、負ける。元より後先を考えないことで女神との単独戦闘を成り立たせていたハルコだ。それに輪をかけて激しく攻め立てている今、破綻はいつ訪れてもおかしくない状態にある。──幕引きがガス欠によるものというのは、なんだかイヤだった。無論どんな形であれ敗北するなら一緒だが、しかし感情が強く訴えてくる。情けない負け方は何がなんでも避けねばならない。それが皆の想いを一身に背負っている自分に課せられた責任でもあると、そう思うから。


 だがどうする。利用できるものは全て利用し、本来なら利用できないものまで利用している。それでいてまだ足りないとなれば後は何を足せばいい? 何を注ぎ込めばいい? 絆、意志、あるいは愛。言い方は様々だがとにかく我が身を奮い立たせる奇跡もいい加減に頭打ち。ハルコ自身、技術的にも力量的にもこれ以上の引き出しなんて残されていない。


 ──いや。


「……!」


 本当にそうかと改めて己に問いかける。皆からの最後の一押しは貰った。集う意志の力の残り僅かな追加分はしっかりと活用させてもらった……が、そこにかまけて皆と同じように「自分自身の意志の力」を絞り尽くすのを怠ってはいないか。そこにこそまだ残されたものがあるのではないかと、ハルコは閃いた。


 ともすればそれは偽りの閃きだったかもしれない。実際には皆から集う意志に合わせてとっくに彼女も心を震わせて、ひとつのものとしていたかもしれない。確かにそのときはそれで精一杯だったろう。


 が、今は違う。限界以上に五人分の想いを高めての死に物狂い。そんな極限と言ってもいい戦い方に僅かなりとも「慣れた」ことで出来た新たなリソース。そこにちょびっとだけの伸びしろがまだ残っていたことはきっと紛れもない事実で──。


「まだ、行けるッ! まだある! 私たちの可能性は……!!」



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