423 もっと上へ!
世界の果てまでぶっ飛べ、と。そう言われたような果てしない威力の蹴り──様々な技を詰め合わせた贅沢なそれに、女神は盛大に押し込まれつつ笑う。
凄まじいものだ。が、これもまたいじらしい工夫。一打にここまで込めなければ通じないと見て取った正しい判断力が導いた一種の無理。元よりどこまで続くか本人にもわからない強化なのだから無理を通しても一発一打へ限りなく注ぐその戦法はある意味で理に適っているとも評せるが……だとしても、だ。
「やはりどこまでも人とは、いじらしいものですね」
攻勢を取るために追い縋ってくるハルコを微笑ましく眺め、不意に女神がピタリとその場で静止。いきなり慣性をゼロにした彼女へ驚きつつも構わず流星のような速度で突っ込んだハルコは神効もどきを爆散させる要領でで重打撃を打ち込むが、それを見た後から同じように拳を作って応じた女神の殴打によって相殺。渾身の一打がただ空間に傷跡を作るだけに終わる。
「……!」
打ち合いではやはり不利──真正面から力勝負、耐久勝負をしてはいけない。そんなことはとうに知れているのだからハルコも止まらない。それにしたって全身で突入し全体重を乗せた拳と、宙に棒立ちのまま手打ちで放った拳とが互角というのは、あまりにも納得のいかない結果ではあるが。しかしそれはそれとして。だったらもっと一打に注ぎ込めばいい。そしてそれを反撃も防御もできないようにぶち込んでやればいい、と単純明快に過ぎる解決法を胸にハルコはまたしても消え去る。
空に溶けるような洗練された意識と我の消沈、そして体運び。神力を用いた空中移動ももはや地上を駆けるのと何も変わらない。いやいっそもっと自由で、型がない。そのあてどなさがハルコの清閑に良い影響をもたらしている。そして彼女を押し上げているのはそれだけではない。
追えども加速していく少女が意を消さんとすればする程にそこへ女神は我が意を伸ばして捉えつつ、しかと彼我の差の変遷から自身を物差しとして写し取る。まだハルコの成長は止まっていない。彼女自身の向上も、そして彼女が追い詰められれば追い詰められる程に支え守らんとする四人の少女の意志の力もまた、少しずつではあるが高まっていっている。今も尚に力の集結は継続実行中なのだと、そうと感じ取る。
けれども「ここ」に至るまでの急激な成長と比べればそれも遅々とした実に控え目なものだ。間違っても飛躍とは称せない、階段を一歩一歩踏み締めて上っていくような、疲労困憊の足に鞭打って上を目指すような、そういう歩み方。そしてそれももうすぐ止まる。足を上げられなくなる時は近い──そこがハルコの奇跡も含めての天井であり、段階は上がらない。
意志の力とて、絆の生む可能性とて限界はあるということだ。少なくとも現時点の少女たちの最高点は「ここ」、それは確かであり。女神とハルコの間に今あるだけの力量差はもう劇的に埋まることもなければ、ましてや覆ることなど絶対にない。こればかりは予想外にばかり彩られてきたこの戦いにおいても理と同じく「絶対的な絶対」だと言い切れる。
つまるところハルコは進化とさえ言えるこれだけの急成長と仲間からの愛とに後押しを受けて覚醒を果たしながらも、そこから勝ち切りたいと願うのなら求められるものはまだまだ極めて多く、大きい。ということだった。それを本人こそがよくわかっているからだろう、この迷いのなさ。先程動揺から取ってしまった不覚を取り戻さんとする──否、取り戻すだけには飽き足らずにこちらの全てを奪い尽くさんとするかのようなその一気呵成の気迫にこそ、女神もまたあてどなく。根拠の一切ない、期待というものを抱いてしまうのだ。
この熱、この想いは、果たしてハルコにも伝わっているだろうか。……気にするだけ無駄なこと。伝わっていようがいまいが同じだ。ハルコのすること、戦いぶりに変わりはない。だとしてもどうかわかっていてほしいと。重なっていたいと願うのは、これもまた人らしさなのか。感情に浮かされたまま女神は腕を振るう。
掌を向けたその先には、機と見て攻め入ってきたハルコ。
「見誤りましたね!}
「いいや!」
「!?」
万全のカウンターを叩き込めたつもりになっていた女神の腕をスレスレで躱しながらハルコがもう一歩踏み込み、一撃。爆散する神力を打ち込み、そしてそれを女神の内部から逃がさない。威力の全てが対象内に留まる打撃。その技法を治天法もどきを用いている今の状態で打つ拳に適用させれば、そこに生じる破壊力は乗算に乗算を掛け合わせたようなもの。女神の治天法も貫いて確かな苦痛をその身に与え──しかもそれだけでは終わらない。
「神効寸勁戟……!」
「!!」
打ち終えたそこから再びの衝撃。ゼロ距離から威力を作り出す寸勁の利点を活用し、女神の体に触れているどころか食い込んだままの拳を用いて最速攻の第二撃。自身の肉体で受けた神効と寸勁の合わせ技。神と人の術理の完全なる融和であるその研ぎ澄まされた打撃が、苦痛の上から更なる苦痛を考案者の女神本人へと送り届ける。
「っぬ、う……!」
負けじと学習し、習得したか。そこにハルコらしい意地を、そして腹部を貫く灼熱のような痛みから成長を感じ取り、やはり彼女の歩みがまだ止まっていないことを知り、それに喜ぶ。向上は確かに終わろうとしている。だが、まだ終わっていない。ハルコは女神を倒せる自分になろうとしている。この勝負に勝てる人であり、灰であり、そのどちらにも縛られない己になろうとしている。
ああ──素晴らしい。
「ふふ。あははははは!」
打つ。超速で放った拳が追撃をかけんとしていたハルコの横っ面を強烈に叩いた。そうしてあえなく吹っ飛ばされていく彼女を追って女神も空中を跳躍。文字通りにひとっ飛びで彼我の距離をなくしたが、そこでハルコも反応。踏め締めるように宙で急停止をかけた彼女は追ってくる女神を蹴りで迎撃する。──先の構図とはまたしても反対。そのことに蹴り出しながら気付いた様子のハルコへ女神が笑う。
「見誤った、と指摘をしてくれてもいいのですよ?」
「っ、」
蹴り足を撫でるようにぬるりと抜けた女神が打ち下ろしの拳でハルコを落とす。急下降させられながらもハルコはしっかりとクロスさせた両腕でガードをしていた。直前で女神の作為に勘付いたことでなんとか防御が間に合ったのだ──が、それでもこうして墜落を余儀なくされているのだから恐ろしい。
(女神が拳を握るようになった……! 打ち方が掌打とは全然違う!)
拳打と掌打で打ち方が異なるのは当たり前と言えば当たり前。しかしここでハルコが言及しているのは技術面ではなく、拳筋から伝わる女神の心持ち。「何がしたくて」殴るのか。そういう意識の差の話だった。
技巧に凝り、最短で的確な打ち筋だったさっきまでとは違い、粗雑。けれども単純に速くて重くて、軌道は広がり気味だというのによっぽど真っ直ぐに感じる。そのギャップも手伝ってハルコには女神がもっと厄介になったように思えた。
実際、超然とした神らしさが薄れた今の女神にはきっとこの殴り方のほうが合っている。そうとも思えるだけに、冷や汗を流しながらも知らず知らずハルコの口元の笑みも深まっていて。
「ますます楽しくなってきた!」
強がり混じりの本音を吐き出して落下寸前の急ブレーキ。姿勢を正し、一度地に付けた足に思い切り力を入れて跳躍する。悠然とこちらを見下ろす女神のキラキラとした──神々しさとはまた異なる極度の輝きに彩られたその瞳を強く見返しながら上へ、上へ、更に上へ。
もっと上へ!




