416 強さも、強さ以外も
恐るべき一打。神効戟の放射を発散で返し、踏み込み、その加速を打撃へと集約させたハルコの拳速は凄まじく、先の音を置き去りにしたナゴミのそれさえも上回っていた。当たる。女神の神力発散を封じ込めながら突き出した拳に確かな手応えを予感したハルコだったが、彼女が人類未踏の領域に達しているのと同じく、女神もまた人が人のままでは達することのできない神域の深くへと自らを置いている。神の本領にはまだまだ遠くともそこが絶対を宿す到達点であることに違いはなく、故に。
「神効戟」
拡散打を無効化されて生じた隙を現段階で持ち得る性能によって強引に埋めることでカバー。ハルコの拳に合わせて追加の掌打をぶつけた。少女の全力と女神の神力が真正面から衝突し、空間が歪み爆ぜる。顔をしかめるハルコとは反対に女神の口調は尚も涼しげな、局面に似つかわしくない冷涼さを感じさせるもので。
「生憎ですが、はるこ。わたくしはもう少し今のあなたを味わいたく思います。ですので受けてあげるわけにはいきません」
女神の段階がここまで引き上げられていなければ。ハルコが女神も知らぬ極致へと至っていなければ、あるいは褒美も兼ねて拳を食らい、そして段階を次なるものへと進めていたかもしれないが。しかしそうやって試練を先へ先へと導く段階はとうに過ぎ去った。ハルコはもう辿り着いているし、通り過ぎてもいる。女神が想定していた領域はとっくに踏み越えられているのだから先を急ぐ必要はない。明け透けな褒美もただハルコを、そして彼女たちを侮辱するだけに終わってしまう。
だから防いだ。それはハルコの拳に現在の女神にも確かな痛手を与えることを暗に認める行動であり──更に言えばそれほどの一撃を軽く防げるだけの優位を女神がまだ有していると証明するものでもあった。それがわかったからこそハルコの表情は歪み、女神は期待を胸に嘯くように告げるのだ。
「段階こそ上げはしませんが。けれど、もっと上へ。届かせてくれるのでしょう?」
「当っ然!!」
互いに腕を引き、もう一打。神効戟と神効戟もどきの激突。その衝撃が周辺へと伝播していくのも鈍いとばかりにハルコの身体が反転、掬い上げる軌道で後ろ蹴りを放ち女神の胸元から顎にかけてを狙う。それを半歩の移動で軌道上から逃れつつ拡散する神効、神効戟波を発生させて不安定な体勢でいるハルコを崩さんとした女神の思惑は、それを読み切っていたような的確なタイミングで発散された少女の神力によって阻止され、そしてハルコは空振った脚の勢いを殺さず姿勢を入れ替えて反対の足を跳ね上げた。
「ッらぁ!!」
「っ……、」
飛び膝蹴り。打点をズラしたというのに止め切れずに押された女神の肩をハルコの両手が掴み、連続で膝蹴りが繰り出される。その全てが女神の防御によって直撃を阻まれるが威力自体はその奥へと向かっている。しかしダメージにはなっていない、と打ち込むハルコこそがそれをよく理解できたために、女神が次の手を打つよりも先に自ら手を離して。
「おぉっ!」
「!」
接地からのサマーソルト。地面そのものが反発して彼女を打ち上げたような急速かつ急激の派手な蹴り上げが、差し込まれた女神の両腕でのガードを吹き飛ばした。追撃も間もなく来る。予見するまでもなくそうわかりきっているからには女神も動く。後方へ一回転したハルコの足が地に着くよりも先んじて神効戟波を二重発生させる。それに対してハルコは、おそらくは即座に踏み込もうとしていたのを中断。少しばかり引き気味に自身もまた二重に神力の発散を行なうことでそれさえも無効化してみせた。
(なんという──)
発散は前述の通りに豪快に見えて繊細極まりない巧緻の技だ。自身が纏える以上の量を、纏える以上の範囲で瞬間的に炸裂させる。魔力で実行するにも魔力操作の出力と瞬発力とそれらを携えて操り切る精度が求められる──つまりは高いセンスが要求されるものを、神力込みの魔力でやってのけることがどれだけ凄まじいか。灰見習いの範疇にない絶技を、しかもハルコは二連続で。発散を以てしても破れぬようにと女神が二重打ちしたそれに比肩し得る強度で放ったのだから輪をかけて驚愕も大きくなる。
流石に二重発散ともなると先程のように攻撃と並行して行うことは叶わず──というより完璧な無力化ができるか本人にも自信が持てなかったといったところか──後退を選ばざるを得なかったようではあるが、それを踏まえても絶技を超えた絶技。こればかりは女神も含むところなく素直に認めるしかない。
独特のメンタル構造と、それから生じた「なんでも食らう」特異な体質。あとは人に慕われる才か。彼女独自の強みはそういったわかりにくいものばかりで、魔術的な素養や魔闘士としての引き出しといった直接的に戦闘の手助けとなるような扱いやすさはない、はずだったというのに。
(そんなはるこがここまでの技量を、技術を、技巧を手にしている。わたくしの導きの故もあれどそれ以上に、自身の意志によって。仲間との絆によって手に入れている──ああ、こうも予測不能というのはそら恐ろしく、希望に満ちたものだったのですか)
何もかもが見え透いている神だからこそ。何もかも見通していなければならない管理者だからこその、未経験にして初体験。予測も付かない「何か」に突き動かされている一人の少女の見果てぬ行き先に、女神は、彼女が生まれて初めて。知性というものを有して存在し得たその瞬間からたった今まで、一度だって起きたことのないその現象──「心が躍る」という未知を胸中に感じ取っていた。
「うっしゃぉらあ!!」
浸らせない攻め。初めて口にするそれをしっかりと噛み締めようとすればその度に後から後から追加がやってくる。ハルコの闘志が止まず止まらず、止めたくもない。懸命に突き出される拳打蹴足を余さず捌きながら、けれど捌き切れず時には掠り、時には受けに回り、傷こそ負わずとも小さな痛みを。ハルコから与えられるそれを宣言した通りにじっくりと、たっぷりと味わいながら、女神はその口元に微笑みを取り戻した。
「!?」
女神の笑みと言えば本心や感情のまったく伺い知れぬアルカイックスマイルこそがそれ。だが今、彼女の顔に浮かんでいるのは──見るからに喜色が前面に押し出た、まるで人が浮かべるような笑みそのもの。それを見て思わずぎょっとさせられながらも手を止めずにいたハルコに、女神の涼やかだがどこかに熱も感じさせる声が届く。
「素晴らしいですね。その強さも、強さ以外も。全てがまったくもって素晴らしい。わたくしの心は晴れやかですよ」
「──はっ、素晴らしい素晴らしいってそればっか! 他に褒め言葉を知らないみたいじゃんか!」
「おや、それは失敬を……ですが大目に見てほしいものです。『他者を褒める』などという行為も、皆無とは言いませんが圧倒的に不足しているのです。だってわたくしは管理者ですからね」
にこりと笑いかけて、掴み取ったハルコの腕を捻り上げることでその全身を止め、そこへ蹴り。体勢と間合いから正解として繰り出されたヤクザキックすれすれの前蹴りがハルコの腹部へと突き刺さり、弾かれたように吹っ飛ぶ。
「がっはッ……!」
吐き出されたのは苦痛と吃驚。異常事態。女神の身にも「何か」が起きようとしている。そうハルコは痛みと共に体でそれを知った。




