415 神域
神効戟の口径を絞って放つ。ナゴミには拡散させて打ち放っていたそれを小さく纏めることでより遠くまで届くようにする。面制圧こそできなくなるがその対価に得られる射程の延長は神効戟が空間を浸透する速さと相まって甚だしく強力な武器となる。
それを、事前知識を与えずに初手で、それも手を向けるだけという攻撃動作と呼べるだけのものも無しで打った──否、撃ったのだからその対処は容易ではない。身じろぎもできずに食らってしまうのがむしろ当然とさえ言える女神の先制攻撃に、しかしハルコは反応してみせた。
「!」
倒れた、と見紛うほど姿勢を低くさせて胸部があった場所を通過していく神効戟弾を躱し、そのまま一歩。倒れ込むほどの極端な重心移動を踏み込む力に変えて得た彼女の移動はもはや移動というよりも距離の概念への挑戦。身体能力に天賦の才を持つナゴミが灰となって初めて実現できた縮地と同様の、ただ技術的な洗練度はともかくとして「踏み潰す」距離だけは彼女を超えた、ハルコなりの縮地もどき。
それによって彼女は女神の捕捉さえも外れかねない程の異次元の速度で間合いを詰めた。が、想定以上の技や速さを前にしても女神の目もまたその都度にアジャストされる。捕捉から外れる、と彼女の思考ではなく目そのものが判じたと同時に精度が上がり、外れかけていたそれを絶対に外れようのないものとする。元より現在の女神の眼力から逃れることは単に速度を求めるだけだと人間には、灰の身には不可能──と、ハルコとてそんなことなど百も承知。
なので。
「清閑合一」
「!!」
神には神域の技術で対抗するまで。
掻き消えたハルコに何も映らなくなった目を見開く女神はしかし、瞬時に感覚の拡張によって──これは三重魔力という本来の自分が纏える以上の魔力でその範囲内を高精度に感知したナゴミの技を神の領域のそれへとブラッシュアップさせたようなものだ──最高感度での捜索を開始する。空間の完全掌握。周辺一帯が彼女の目となり肌となったも同然となれば、如何にハルコが清閑で意や我を消し去った予測も捕捉も難しい隠密性を得ようともその看破は容易い。
実際に拡張された感覚はしかとハルコの位置取りを掴み、その移動先まで含めて瞬時に見え透いたものとなった。が、それもまたハルコは承知の上だったのだろう。だからこその合一の同時使用。見られた瞬間に再加速を果たした女神は縮地に上掛けした圧倒的な速度での攻撃敢行を選択した。
「あぁぁッ!!」
裂帛の気合と共に突撃するハルコ。その予想した通りの線をなぞってくる彼女に女神の翳した腕は、なのに触れられなかった。縮地を捉えられ、清閑を捉えられ、それを合一で振り切ろうとしても尚「捕まる」。と、そこまで読めていたかのようにハルコは巧みに伸ばされた手を掻い潜って自身の目指す距離間へと突入。その勢いを一切落とすことなく、それどころか更に勢いを強めて拳が繰り出された。
「っ!」
神効と清閑と合一。それら全てが灰では及ばない高水準で纏まっているはずの女神の身体が揺れ動く。それ程の一打。三重合一を果たしていたナゴミを、今のハルコは遥かに超えている。動きも重みも、そして駆け引きも。どれだけ強化されようと──一時は出力で上回ろうとそれでも常に対応する側でしかなかったナゴミと違い、ハルコは対等だ。共に対応し対応される側、その土俵に立っている。
読みが深くなった。それを支える感覚の鋭敏化も著しい。速度や打力以上に女神が目を奪われたのはそこだ。あの瞬間。女神が空間を掌握したのをハルコは「感じ取っていた」。一度は逃れたはずの目が再び己を捉えたことをしっかりと認知していた──探知の探知。見られている、と気付くのは武芸者や少し勘の鋭い者なら可能だろうがそれを神の領域で行える者は限られる。しかも、現在の女神が座す高みにおいてそんな真似ができるとは。
「上げましょう」
「!」
打ち込まれた威力を全て抑え込もうとはせずにわざと押される形で少々の間合いを設けた女神は、そう言葉にしたと同時に掌打の連撃を見舞った。躱す隙間もない程の連綿とした攻撃。それを受けてハルコも連撃で応じる。ひとつの打撃に対してひとつの打撃で返す。同じ数、同じ鋭さの殴打を放って苦も無く防ぐその姿に、また女神の口角が上がる。
「ならばこれはどうです?」
掌打の全てを神効戟で行う。神効を纏っているだけの一打とそれを攻撃用へと転化させて打つ神効戟とでは威力がまるで違う。手数に加えて打撃としての脅威度も上がったことでさしものハルコも真っ向からの対決は望めない。と、女神は予測していたのだが。
「だったら私も、こうする!」
どこから湧いて出ているのかわからないハルコの魔力と神力。倒れる前よりも力強さを増しているそれが、蠢動。ハルコの打撃に合わせてその力を増幅させながら女神の神効戟へと対抗してくる。これは──神効と、神効戟もどき。決して女神が用いているような完成されたそれではなく、あくまで清閑と合一という技術を応用して近づけようとしているもの。神術には届かない、それっぽい何かでしかないが。しかしその域に辿り着くことだって本来は有り得ないはずで。もどきだろうとなんだろうと曲がりなりにも「それらしい」ものを開発なんて可能なわけがなくて。
そこに自力でハルコは? ……いや。
(自力だけではなく、五人全員の力で、ですか)
見せかけだけでなく効力も確かだ。たとえ灰であろうと拳が砕けてもおかしくない、いや、砕けなければおかしいだけの破壊力が女神の神効戟の一打一打に搭載されている。言うまでもなくこれは見習いの灰を試すには過剰に過剰を重ねたもの。試練としても行き過ぎた代物だが、その全部を真っ向から打ち返すことで均衡を保っているハルコの拳は依然として無事のまま。指のひとつも欠けることなく元の形を保っている。それは偏に彼女の創意工夫が功を奏していることの証であり、「その程度」が神域へと通じているという信じ難い事実の証だった。
「ならば──これはどうします」
打ち合いをピタリとやめ、虚を突かれた表情のハルコへ拡散する神効戟を近距離から浴びせる。先程は遠間のために弾状に押し固めて放ったそれをナゴミにも見舞った神効戟波という本来の形で、しかしてそれを遥かに超えた神力の質と量とでより高まった神術として。避けも受けも迎え撃てもしない一撃。それをどう処理してみせるのか、今のハルコにできることを見極める意味も込めて放ってみれば──。
「発ッ!!」
なんと、全身からの力の発散。かつてはアンラマリーゼが魔力で同様のことをやり、この試練中にも女神が神力で以て見せたその芸当を、ハルコも行ってみせた。
単純な力押しに見えて実際には相当な技術が要求されるそれを当たり前のように再現できたのは、おそらく少なからず兆至糸を通して女神の神力を「食らった」ことも関係しているのだろう。
間近で見て、身に受けた回数で言えば魔王の技のほうがずっと多いはずなのに、ハルコのやり方は女神のそれに酷似していた。
(言わば全方位へ魔力砲を発射するようなもの。本当にそんなことをすれば枯渇が必至、それを避けるために瞬間かつ届かせる範囲も限らせる。言うに易く行うに難く……良くも悪くも自身の領分より高じたばかりでありながらこのような繊細な真似まで可能としますか)
思考が紡がれる間にもハルコは踏み込んでおり、再び自分の距離へと持ち込んでいた。
拳が加速する。




