411 女神様は言ったけど
攻防が成立する。その程度には双方の戦力が並び立ったと女神が判じた時、彼女の段階は引き上がる。「確かなダメージを伴って攻撃が通った時」のような一段階分の大幅な上昇ではなく、こちらの場合はじわじわとメーターが上がっていくような上昇の仕方をするという特徴に、ナゴミは気付いていた。
無論彼女だけでなくここまで女神と戦ってきた少女たちはいずれもこの試練の難度変更の仕組みに薄々とした見通しも立っている。女神の調整は理路に則ったものでもある。こちらの戦果に対して彼女の変化もまた変わる。合理的だ。惜しむらくは大きな戦果を挙げる程に返ってくるのが褒美ではなく更なる困難であるところだが、そこは試練なのだから惜しんだとてしょうがない。
合格の条件とそれが遠ざかる条件を理解した上でどうにかする、というゲーム。命懸けではあっても実際に命のやり取りまではしない以上──女神の行き届いた管理の中にある以上、これはまさしくの遊戯なのだ。もっとも、女神はたとえ当人たちの命が駒となった本物の闘争であってもシステム構築の一環としてゲームと呼称する、なんとも人の倫理から外れた感性の持ち主であるために、彼女が真実この試練において少女たちの命、あるいは心身の無事というものを重要視しているかは不明でもあったが。けれどそこを殊更に重視していないのは少女たちもまた同じだった。
勝ちたい。女神の思惑通りという道筋から脱したい。そう願うのは何も女神への反発心からくるものではなく──それが些かもないとは誰も否定しないだろうが──それの本旨は意地であり矜持。自身が持つ意志を貫き通したいという強い想いから抱く、限りなく本能に近い欲求だった。
目指しているのはあくまで勝利であって合格ではない。が、試練を終わらせるためには合格を目指さなくてはならず、それを意識するなら戦い方も選ぶ必要があった。いたずらに戦い続けても女神が上がり続けるだけ。昇っていくだけ。いつか昇り方にこちらがついていけなくなる時がくる。そしてその時こそが勝負の終わり。ともすれば女神はそれでも合格の判定はくれるかもしれないが、そんな情けで貰うような「灰らしい灰」への一歩を踏み出した口実から何が得られようか。
満足はなく、屈辱ですらある。元より女神との立場の差を思えばそもそも贅沢を言えたものではないとわかっていながら、けれどどうしようもなく思考や理屈を飛び越えて心が訴えるのだ。勝て、勝て、勝てと。それを追い求めない自分にはなりたくないと──仲間たちに顔向けできない卑屈な弱者にはなりたくないと、少女たちは全員がそう思っている。
ひょっとすればそれは、唯一元の世界への帰還を望みながら、しかし望まない誰よりも前のめりに戦うあの少女から広がった感情なのか。その発端がなんであれ、どこにあれ、とかくナゴミは考える。自身の肩に行く末が背負わされている現状、ここが限界であると。
(もうわかっちゃってる、ウチには『この先』がない……! 今のウチでなんとかできるのは今の女神だけ──ううん、今の女神にだって縋りついているだけ! 間違ってもこれ以上にしちゃいけない、それだってわかってるけどぉ!)
だからといってどうすればいいのか、どれだけ考えても答えは出ない。
体全体が揺らめくようにそこにいたはずの女神が消え、感覚と探知を研ぎ澄ませてなんとか行き先を追うが対応までは間に合わず、流れるような掌打の連撃に晒される。身を捻じりながら魔力防御で痛打になることを避けつつ距離を取るが、向き直ったその時にはもう捉えた女神の位置が不確かになる。
神効に加えて合一を発動させた、その上から更に清閑まで用いている。攻防の成立によってまたジワリと上がった女神の段階はハッキリとナゴミの力量で渡り合える限界点のひとつ上。頭を抑えつけられたような戦いにくさの中でもなんとかナゴミは食らいついているが、被弾は防げず、逆に反撃は空を切るばかり。戦ってはいても戦えているとは言えないままに少しずつ削れていく。削り取られていく。
やはり女神は常に少し上を行く。またしても上を取られてしまったのはナゴミの落ち度であったが、しかしそれ以外に手がなかったのも事実だ。渡り合おうとしなければあっさりと押し流されて終わる。耐えんと力めばその分だけ激流の流れがもっと激しくなるとわかっていても呑まれないためにはそうしないわけにいかないのだ。
だが、だとしてもここまで突き放されるとは。神術を解禁して明らかに雰囲気の変わった女神を相手にも一時は──本当に僅かな一時だったが──押せていただけに、それがこんなにもあっさりと形勢が転じてしまえば流石にナゴミもショックのようなものを感じずにはいられなかった。
いや、勿論だが彼女とて女神の立つ場所が本来であればこのような「戦闘ごっこ」が演じられるような域にないことは、しもべとして繋がりを通してよくよく感じ取れてもいるのだから今更ショックを受けるようなことではないともわかっているのだが……それこそ今までだって何度となく渡り合えた、光明が見えたかと思えばすぐに引っ繰り返されてきているのだからいい加減に慣れてきてもいいはず、なのだが。
それでもこんなに悔しいのは、情けないのは、それだけ自分が一生懸命で。それだけ皆の一生懸命さに報いたいと、それに見合うだけの結果を出したいと我武者羅になっているからだ。
「そう嘆くことはありませんよ。清閑も数えて一段階です。あなた一人でわたくしの段階をひとつ押し上げた。かざりとこまれの補助ありきとしてもこれは快挙と言って差し支えありません。灰見習いに成せることでは決してない。あなたも含め皆、神の持つ常識を超えている。仮にここが現在辿り着ける果てだったとしてもなんら恥じることはないのです」
防ごうとはせずあえて女神の一撃を受けながらカウンターとして放った一打がしゅるりと腕を組むように掴まれ、極められながら投げられる。天地を逆さにしながら送り込まれる次なる掌打を見ながらナゴミもまた逆さになったままで蹴りつけるが、届かない。半身になるだけで容易くそれを躱しながら女神の打撃だけが吸い込まれるようにナゴミの腹部へとめり込み、聞く者を不安にさせるようなとても嫌な音を立てる。そこに暴が刻まれる。
「げっ、ぼぉ……!」
斜め下方の軌道で地に叩きつけられるナゴミ。良くない入り方をした。昏倒も有り得る、と残心もせずに棒立ちとなってナゴミの様子を眺める女神だったが、その口から「ほう」と感嘆の声が漏れる。
「立ちますか」
「立つ、よ。立つんだよ……何度だって、ウチは立つ」
ハルコとシズキが起きるまで。カザリとコマレが画期的な新術を思い付くまで。もしくは……起こり得ないこととは思うが、女神が疲れてギブアップするまで。
とにかくこの状況が変わるまでは、なんとかする。なんとかするために寝てはいられないのだから、寝ない。そう決めているから彼女は立てる。少なくともナゴミ本人はこれを無茶だとか無謀だとか、そんな大仰な言葉で表すつもりがなかった。
「嘆くことじゃない。恥じることじゃない。って、女神様は言ったけど~」
「…………」
「違うよ。そういうことじゃあ、ないんだよ。ハルっちが言ってたみたいにウチらが今、必死になっているのは、そんなことを気にしているからじゃない。それがわからない内には女神様にだって……負けたくないって、思ってるよ」




