410 三つがなえ
一投足で懐にまで入り込んだナゴミの加速力。清閑と合一を同時使用したハルコの隠密性と俊敏性を合一のみで上回っているその速度と身のこなしに感心を覚えながらも淀みなく女神の身体は動き、突き出された拳を横凪ぎにパリング。弾いたその手で神効戟を放つべくナゴミを捕まえんとするが向こうもそれを見越していたのかこちらの腕を掻い潜るようにもう一歩踏み込んでくる。
なるほど道理で容易く弾かせたわけだ。これは最初からそのつもりで次手に繋げる動きに他ならない。どちらかと言えばナゴミらしくない戦い方に別分野での成長を見て、女神はさらりと円運動。地表を滑るような流麗・急速の移動の仕方で連撃を空振らせていく。
ナゴミがどれだけ上手く格闘の流れを組み立てても神の目は先読みをせずとも都度の観察のみでその上を行く。暴き立てた目論見も拳筋も不確実な予想ではなく確定的な真実。その通りにしか動かないのであれば如何に人理を超越した三重合一の恩恵に預かっていようといなすのは簡単なことだった。
「ッ!!」
もっと奥へ踏み込まねば。この攻防だけで現状の自分でも力不足だと重々に悟ったナゴミは故に躊躇わない。半端に跳べば落ちるのみ。力の限りに跳ぶ、飛ぶ、飛躍ぶのだ。決めつけてはいけない。どんな極限下にあろうとも、己の持ち得る全てを、それ以上を絞り尽くしていようとも──そこはまだ果てではない。もっと先へ、もっと前へ、もっと見果てぬ境地へと、進む。
三つがなえの魔力が蠢動する。
「!」
主も従もなく重なっていたそれらがより密接に、より複雑にナゴミの駆動に合わさっていく。下手をすれば合一が解け、魔力操作さえも覚束なくなる極大のリスクを冒して更なるリターンを得んと下したそれは、思考に則ったものではなく拳を届かせるための苦慮が導き出した肉体的帰結。リスクのほうへ転がれば一挙に何もかもを失うことになる一か八かの策であったが、ナゴミは当然のように。まるで博打とは感じさせない自然さで神域の深くへと足を踏み入れた。
「スペシャルオーバー……!」
滑走するように高速移動する女神に追い縋り、追い越して、回り込んで。急停止した彼女が退がり切るその前にナゴミの腕は伸びていた。
「パンチッッ!!!!」
完成した三重合一の生む威力。拳に一極集中したそれを女神は両の手を使って防ぐ。彼女をして止めるに重く、ともすれば防御を貫きかねない脅威となる一撃。まだ上向くナゴミの、否、ナゴミたち三人の力にまたしても驚きを覚え、しかして女神はミスをしない。神効の防御力と合一の膂力を余さず活用して打撃のベクトルを逸らして捌く。
受け止めることに固執してれば万が一も有り得たやもしれない。そう判じたからこそ止めるのではなく流した女神だが、ナゴミからすればそれはまだまだ彼我の力量差が開いていることの証左。女神のほうがまた段階を上げてしまう前に有効打を入れるか、あるいは自分も更に上へ行く。それ以外にこの試練をクリアする道筋はない──前者を狙いながらも勇み足とならないように気を引き締め直し、流されたことで崩れかけた姿勢を強引に戻したナゴミはレンジの短い打撃を連続して放つ。
打つ、というよりも放る感覚で繰り出されたそれは適切な間合いへ持っていくための牽制。それを見破っているからには女神はそんな思惑に付き合わない。数打ちの拳打に構わず最低限の打ち払いで微速前進。速くも遅くもない近づき方で間合い管理を狂わせながら自らの距離を作り、掌打。戸惑わされながらもナゴミはこれを見事に避けたが、今度は女神こそがこの流れを織り込んでいた。初めから繋げるつもりだった次手は故に各段に早く。
「神効戟」
耳元で破裂した力はカザリが与えた鎧であっても流し切れるものではない──その程度には術の純度を高めた女神だったが、そこに対抗するように魔力の鎧が爆ぜたことで術の破壊力は彼女が思う以上に削れてしまった。爆発反応装甲。着弾時に装甲そのものが先んじて爆破で剥がれ飛ぶことで内部にまで威力が届くのを阻害する特殊な防御方法……を、魔力と魔術によって再現したものだろう。
自身の管理する世界ではないが「縁のある」他世界であるところのカザリたちの出身世界についてもある程度の知識を持つ女神だが、ある程度はある程度。こういった兵器に使用される技術に関してまで知見は有していない。けれども、カザリが思い付いたこの技術も兵器知識からの転用ではなく、純粋に画期的な防御を追い求めた結果の発想である。勿論一人の少女が思い付ける程度の術理に女神の理解が追いつかないわけもなく、意図しない爆破が起きたその瞬間から彼女には全てが見えていた。
受け流しだけでなくこのような機能まで持たせているとは。それも、爆破に指向性を持たせるべくコマレの魔力も協力していた。あまりにも緻密な術式。このようなものを組み上げるには二人の力がなければ不可能だが、しかし二人の力が混ざっているからこそ難度も著しく高い。ハルコとシズキが続け様にやられて窮地に陥った、と認識したところから作成を始めたはずのこの新術の完成度たるや、ほとほと火力組の魔術の才には感心するばかりである。
打ち倒されるはずだったナゴミが無事なのは大部分がこの手厚い守りのおかげだ。が、しかし。カザリとコマレを褒めそやす気持ちの一方でそれ以上に大きく女神の内心を占めているのは、守られただけに過ぎないナゴミへの吃驚だった。これまでにない秀逸な魔力防御によって保護された彼女だが、けれどその眼差しは女神の巧みな攻めにもそれを防いだ仲間の力にも一切揺れておらず、どこまでも真っ直ぐで。仮に魔力の爆発反応がなかったとしても神効戟に耐えてみせたのではないかと。神の目に映る予測を覆してみせたのではないかと、そう思える程に力強いものだったから。
「スペシャルオーバー──連続パンチィっ!!」
何もかもを注いだ全力の打撃を、連打で放つ。質を落とすことなく手数を増やしたナゴミもまた段階の上昇中。そのことへ満足感を抱きつつも女神は繰り出された全ての拳を容赦なく弾き落としていく。ナゴミの強い意志に目を奪われても隙は無し。油断もだ。まるで予定調和のように連打のひとつひとつが丁寧に封じられる。
女神がその場に足を止めてじっくりと攻撃の処理を行なっているのはそれだけナゴミの猛攻が凄まじいから。そう物語る光景だが、これもナゴミ当人からすれば確かな実力差の露呈。こうやって半端に近づいている状態は何も歓迎できたものではない。何故なら攻撃は届かないのに、こうして「一見」対等に戦っているとその内に女神は──。
「もうひとつ」
「! ──うぁっ!?」
目の前にいた女神を見失い、すぐさま攻撃を取り止めて探知に集中。三重の魔力を肌感覚の代わりとしたナゴミは昂りながらも明鏡止水の心でいることで探知力も上がり、女神の気配のようなものを辛うじて捉えられたが──それと同時に神効戟を叩き込まれる。
魔力による重装甲とリアクティブ防御がナゴミを救うが、意識も備えもできていないところへ攻撃を食らえば覚悟をしているナゴミとて体勢をまったく崩さないわけにはいかない。当然に痛みもある。だが、その被害よりも余程に深刻なのが女神の変化。
(また、上がった──上げちゃった!)
歯噛みしながら体勢を立て直して身構えるナゴミに、ゆらりと女神の影が迫る。




