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409 超過必殺

 鎧の性能がどうだとか。女神の術にも太刀打ちできるかだとか。そんなことをナゴミは端から気にしていないのだ。


 託されたから、それに応える。性能云々などと小賢しい思慮など彼女は巡らせていなかった。だから恐れなく真正面から挑んできた──単なる無謀にも思えるそれは、しかし決して捨て鉢ではない。瞳がそう教えるようにナゴミは至って冷静だ。至極冷静に、余分な思慮を捨てたのだ。仮に託された力の程度がどうであれ、それが女神の力と比してどうであれ、関係がない。「なんとかしてみせる」という決意の下に彼女は動いている。


 一対一で女神を相手取る。なんなら、圧倒する。それが今の自分のやるべきことであり、自分にしかできないことだとわかっているから。


「──オーバーパンチッ!!」


 必殺スペシャルを超えた超過必殺スペシャルオーバー。火力組の魔力を得ているが故の、そしてそれ以上に今までの自分を超えるための、全身、全細胞、全精根からエネルギーを絞り出して拳へ集約させた究極の打撃。それを迎撃せんとするは神効、女神が神の御業として作り上げた神域の防御術。


 ハルコの蹴りもシズキの変形拳も殺し切ったその不変の如き耐久性は言わずもがなこちらも究極。如何にナゴミの拳が本来の彼女の力を大きく超えたものとなっていても所詮極めたものは灰の、それも見習いとしての力。三人分の魔力が掛け合わさっていようが託された想いに背を押されていようが、神力の極まった形である神効には歯向かえない。敵うはずがない、というのが道理であったが。


「っっ!」


 殴打と神効の衝突によって光が迸る。片や全てを押し抜かんとする真っ直ぐで破壊的な輝き。片や全てを飲み込まんとする嫋やかで絶対的な残光。そのふたつの間に生じた圧力は女神が用意した白亜の空間に歪みを作るほどで。


 女神の上体が、ぐらりと傾ぐ。その軌跡に沿って神効の粒子がキラキラと輝く中でナゴミは既に反対の腕を引き絞っていた。


 もう一発。


「スペシャルオーバーパンチィッッ!!!」


 上体だけでなく女神の全身が押し込まれ、それに遅れて撃音が響く。音さえも置き去りにするその拳打が武術的な術理に助けられていない純なる肉体的才能でのみ成されていることは驚愕に値する。再び距離を詰めてくるナゴミへ女神はそう称賛しながら、けれどその目はやはり見誤ることをしない。


 神効の壁さえ越えてくるこの一撃は彼女の身体能力やそれを三重強化している三人分の魔力も要点となりながら、しかし最も肝心なのは──それら全ての完全なる合致。即ち合一が、これまで以上の完成度で実現されていることである。無論、他者の魔力を纏いながらなのだからその難度は今までの比ではない程に跳ね上がっている。なのにむしろナゴミの「踏み込み方」こそが今までの比ではない。あたかも神域の奥へ辿り着けるよう、その点においてもカザリとコマレから託されたものが彼女の背中を押しているかのように。今もなお押し続けているかのように、一段とナゴミが身に帯びる輝きが、双眸から発せられる強さが増していく。


「スペシャルオーバーキックッ!!」


 女神は受けの姿勢を作った。神効のみで防ぎ切るのは不可能、だが彼女自身も防御態勢を取れば話は別だ。三重合一とでも言うべき新境地の技をそうして丁寧に受け止め、追撃が来る前にこちらから反撃を行う。そのつもりでいたのだが、防いだと同時にナゴミが纏う魔力。今度はカザリではなくコマレのそれが瞬時に閃き、防御した女神の腕を絡め取るようにした。


 まるでハルコの糸が行うような妨害。そこには魔力渦で見せた以上の力が込められていたものの、神効を単独で破れる程のものではない。女神が腕を取られたのは刹那にも満たないごく短い間でしかなく──その間だけでナゴミには必要十分の時間となる。


 また、もう一発。


「スペシャルオーバーキックッッ!!!」


「──!」


 上段の後ろ回し蹴り。得られた間をこの上なく有効活用して加速を与えた踵が女神の側頭部へと直撃。その体を大きく横へ傾けさせた。確かに届いたジンとした鈍い痛みを味わいながら女神は舌を巻く思いだった──本当に素晴らしい才能と、絆である。これがハルコの誇った可能性。選んだ己にさえも見通せなかった彼女たちの本質にあるもの。それは多種多様な形を取って女神に幾度も驚きをもたらしている。


(なんと美しいことか)


 合一再使用。神効を維持したまま神力と身体操作の完全合致を女神も行ったことでギアが上がり、結果として自分を引き倒さんと振り落ちてきた拳槌打ちを女神はするりと躱しながらナゴミの鳩尾へそっと手を添えた。不利な体勢からツーアクションを取って追いついてきたその機敏さにナゴミも瞬時に反応。四足獣を思わせる俊敏な飛び退き方でスレスレに神効戟の直打ちをやり過ごす。


「……ッ」

「やはり冷静ですね」


 やり過ごした、はずが打たれようとしていた鳩尾を中心にじくじくと痛む。体表が抉り取られたような痛みだった。ただ躱すだけでは躱しきれない。神弾が着弾時飛び散らせる神力と同様に、神効戟から逃れるためには見かけ以上に大きく徹底して回避しなければいけない──そう学んだとして至近戦を演じながらそんなことを徹底するのはどう考えても無理筋もいいところで、ナゴミの口元には困った笑みが浮かぶ。


 ふ、と小さく女神が息を漏らす。先のシズキにも窺えたものだが、どうにも今の彼女たちからはハルコが持つと同じものが感じられてやまない。


「おわかりでしょうが、合一の使用によってわたくしへダメージを与える難しさは更に上がりましたよ。神効の上からわたくしへ痛痒を感じさせたのは実に見事、ですが、合格条件を満たす『苦痛』にはまるで届いていません。この意味も、おわかりですね?」


 勿論ナゴミは承知している。またとない好機が不意になったと女神は言っているのだ。神効の上からではなく、完全に打ち破って一撃を与えることができたならば、今のナゴミであれば「今の」女神に対してダメージを与えられただろう。充分に試練の合格に届くものになっていただろう……が、三重合一を以てしても、二人の魔力に付随する攻撃性能と防御性能を活かしても、壁越しに威力を届けるのが精一杯。それ以上のことはできず、むしろ中途半端に攻撃を当ててしまったために難度が上昇してしまった。女神の段階がまたひとつ引き上がってしまった。


 これでは成果というよりも失敗と言うべきだ。試練に合格することだけを目指すのであれば、間違いなくそうだが。けれどナゴミはその成否に対する重い責任を負いつつも、こうなったことを己が失敗などと恥じてはいなかった。


「だいじょーぶ。前に進むために頑張ってるんだから、ウチはそれを間違いだなんて言わない。ウチらの誰もこれくらいのことで心折れたりはしないんだから……女神様も、そんなに心配しなくていいんだよ?」

「……これはこれは失礼をしました。では、なごみ。まだわたくしに見せてくれるのですね? あなたの──あなた方三名が織りなす可能性を」

「もち!」


 ぶい、とにこやかにピースサインを見せてからナゴミは構えを取り直し、その表情も明るいながらに真剣なものに変わる。抜き身の刃を連想させる危うさと魅力を両立させた剣呑な美光をそこに見た女神は小さく微笑み、しかし彼女もまたすぐにそれを消して冷徹に灰を見極めるための無の仮面を被り直す。


「来なさい」


 女神がそう言い終わる前にナゴミは動き始めていた。



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