407 一人目・二人目
「アがっ……!!??」
攻撃される。と女神の手が背に触れた瞬間に察せていたというのに、それに過たず打ち込まれた純然たる暴力に対してハルコは一瞬たりとも抗うことができなかった。
神力混ざりの魔力の集中防御。体内に巡らせた兆至糸による身体の完全操作。一角以上の技術で彼女の強さを支えているそれらによる抵抗は間に合わず、また仮に間に合って万全の受けの体勢が整っていたとしても、だからとて通用はしてくれなかったろう。紙切れのように吹き飛ぶハルコを見ればそれだけ女神の放った一撃が極度に重く、現在の彼女ではどう足掻いても受け切れる類いの代物でないことが明らかだった。
神効戟──機能というより機構的な防御を備えさせるその術を攻撃へと転用する神術。それをまともに浴びたからには。ハルコが戦慄を覚えた防御力がそのまま攻撃力へと転化された「ヤバすぎる」一撃を入れられてしまったからには、どうしようもない。大口を開けて血を吐き出しながら宙を舞ったハルコが危険な角度で地に落ちて、その後ピクリともしなくなる。これまでは何度倒されようと体が動かなかろうと気力を振り絞り、あの手この手で起き上がってきた彼女が、まったくその気配を感じさせない沈黙をする。
「一人目」
まさか、とその倒れ方と女神の不穏な言葉に嫌な予感を抱く四人の少女らは、けれどすぐにそれが予感ではなく紛うことなき事実だと悟る。──頭上に落ちる影。天に留まって封じ込められていた無数の神弾が再び動き出し、少女たちを狙って降ってきた。
「ハルコさん……!」
迫る危機と、それが教えるハルコの意識の消失に強く歯を噛み締めながらシズキが回避行動を取る。神弾を頭上に押し留めていたのはハルコが「操糸」なる技で作った大循環といういくつもの巨大な円だ。それが消えてしまったから自由を取り戻した神弾が雨のように降り注いできたのだ。
そして糸がこのタイミングで消えたということは即ち、ハルコが気絶したことで術の維持が利かなくなったということでもあり──すぐに彼女の下へ駆け寄りたい。掬い上げて抱き上げて神弾から守りたい。その激しい衝動に襲われるシズキだったが、これまでの経験が煮え滾る胸中とは別個に頭脳を冷静に働かせ、正しく状況を見ることもできていた。
無理をしてハルコの傍へ行こうとすればまず間違いなく被弾する。アルティマ・ショーちゃんとの更なる融和、そして合一という神の技術を習得し、習熟が現在進行形で進んでいる今の自分であれば神弾であろうと「あの時点の女神」が作ったものであれば被弾したとてどうということもない……はずだが、しかしそれは食らう神弾が一発で済めばの話。
雨霰に落ちてくる無数の神弾だ。言ったように被弾は避けられず、また一発でもそれを食らって動きが鈍れば二発三発と続け様に食らうことになるだろう。それでもハルコの下へ押し進むことができるかどうかは、そこを女神が狙い打ってくるかどうか次第になる。──自分が女神なら。今ここで無理を通してハルコを救わんと躍起になる者がいればまず間違いなく攻めて、落とす。戦術として当然であり、逆にそんな無謀に挑むのは戦術として悪手極まりない。
だからシズキは駆け付けたくとも駆け付けない、駆け付けられない。それに今すぐにハルコを守りに行く必要もないと、彼女の目はそれもしかと見抜いている。倒れている者は襲わない設定でもなされているのか絶好の的であるはずのハルコには神弾がひとつも迫っていない。狙われているのはあくまで他の四名で、ならば自分がハルコの傍へ近づくほうがかえって彼女を危険に晒すことにもなる。
と、そこまで「助けに向かうべきでない」理由を見つけておきながらそれでも彼女の心中が荒れているのは万が一にもハルコの傷が深く、被害が気絶のみに済んでいない場合を想像してのことだ。
まさか、どれだけ想定を超えた段階に入っているにしても試練で女神が灰の一人を殺すわけがない。死の危険に直面するようなダメージを与えるはずがない──とは思いつつも、しかしハルコのやられようがあまりにも酷く、その倒れ方が凄惨なものだったために、元より自身を小心者とし、またハルコに対してある種の特別な見方をしているシズキとしては心配で心配で堪らない。神弾のことを抜きにしても今すぐその容態を確かめ、必要とあらば治療に臨みたくて仕方がない。
思い返すのはロウ・クシュベルの坑道前広場でズタズタにされて死にかけていたあの時のハルコ。自分が救援に向かうのがあと少しでも遅れていたら間違いなく死んでいた、あの真っ赤な姿。……今のハルコは血こそ口から漏れた一筋のそれだけしか確認できないが。その他に外傷があるようにも見えないが、ひょっとすれば彼女の中身はあの時のようにボロボロになっているかもしれない。首や背骨といった大事な骨が折れているかもしれない。脳のどこかに深刻な被害が及んでいるかもしれない。それらの考えたくもない「もしも」を考えてしまうシズキは、考えずにはいられない心優しき少女は。
案の定、ハルコに気を取られて最も意識が疎かになっている者を狙い打ちに来た女神。その気配が真後ろに現れた瞬間に、愛する者を想う優しさを激しい怒りに転じさせた。
「あァあああああッ!!!」
激昂。烈火の勢いを得た少女の振り向きざまの打撃は完璧だった。興奮状態にあっても合一は解けておらず、視認もなしに狙いどころも的確。その上で、情が深い彼女が感情の大きさをそのまま害意に変えたことで拳に乗った怨念とでも言うべきもの。それがもたらした威力は凄まじいものだった──それはちょうど、防御力の高さを攻撃力へと転化した神効戟にも似通った振り幅の取得の仕方だった。
ゴォン、とどこか荘厳さを感じさせる打撃音が響く。それは「先程までの」女神になら大打撃になったこと間違いなしの、掛け値なしの重打。神域に踏み込んだ者に相応しい神業たる一打だったが……それでも「今の」女神には届かない。神効が女神に与える硬さは、愛しい人を傷付けられたシズキの怒りさえも、それが生み出した渾身の一撃さえも易々と無力化してしまっていた。
「え……」
完璧な打撃を放ち、それがヒットした。と、打った当人こそがそう理解できているために、その拳がなんの手応えも得ていないこと。顎という急所に当たりながらも止まっている。止められていることに対してシズキは戸惑いを禁じ得なかった。なんで、どうして、こんなはずが。思い浮かぶそれらの益体もない感想に情動も激昂も一瞬塗り潰されて。硬直を余儀なくされたその顔にかけられる掌。
「切り替えが遅い──ハルコはとうに動いていましたよ」
「ッ、」
クリーンヒットを奪ったのに、まるで通じない。という同じ状況に陥っても戸惑いを即座に殺して退避行動を取ったハルコでさえも、逃れられなかったのだ。一瞬のこととはいえ呆けてしまったシズキが女神の反撃から脱する術などあろうはずもなく。咄嗟に避けようと反応したその時にはもう、とっくに打ち抜かれていた。
「神効戟」
──脳が直に掴まれて揺さぶられるような衝撃。それを味わったシズキは苦悶の声すら漏らせず、視界と思考が真っ暗になっていった。
力なく倒れ伏すその肢体を見下ろして、ぽつりと女神が言った。
「二人目」




