406 神効戟
まず女神を襲ったのは第二射だった。狙うべき隙を突き、しかし女神の術を前に一歩届かなかったカザリとコマレの、意地。通じなかったという事実に忸怩を抱くよりも「次」を見据え即座に用意した魔弾は射撃速度を最優先にしたもの。立て続けであるからにはじっくりと準備した先の一射には威力の面において大いに劣るが、無論のこと二人はそれを承知の上で、それでもいいからと撃ったのだ。
全ては女神の出鼻を挫くため。こちらが先に仕掛けるための攻撃であり、当然に搔き消される魔弾に続く近接組へのサポートのため──パンと風船の割れるような音を立てて女神の神力が彼女を守った、その瞬間にハルコの足が跳ね上がる。
「どっっせいッ!!」
得意の蹴り技の炸裂。速射の二発をやり込めたと同時に襲ったそれを女神は延髄という人体の急所に受け、そしてハルコが衝撃を受けた。
──神効。神力によって作用しているその術は言わばここまでに女神が披露してきた神力操作の技術が更に煮詰まったものだ。神力流しによる攻撃の受け流しや、神力光による防御力の上昇。神力それ自体がもたらしていたそういう効力を、術への変換を経てより強力に仕立てている。
ここで少々複雑なのが、魔力が術へ変換される事例との類似点と相違点である。
神力のそれと置き換えて説明ができる程度にはよく似ているが、その働きの根幹部分において魔力と神力はまったく異なる。魔力はその持ち主を強化する性質があり、それこそがただ纏っているだけでも身体能力や身体強度を底上げする効果の元となっている。
そしてその性質が外部へ、つまりは他者や物体へと向けられると魔力は一転してそれを害する性質を有するようになる。この反転する性質を利用して魔力自体を攻撃に用いるのが所謂──スタンギルやアンラマリーゼといった特異な力や豊富な魔力量を誇る者たちが活用してきた──魔力砲や魔力の発散であり、反対に本来なら有害になる魔力をそうならぬように抑えつけて行うのが治癒術である。
単に害するだけなら魔力単品で充分ながら、そこに反転を反転させるという一手間が必要となると治癒術へと昇華しなければならないことからも明らかな通り、魔術の根幹とはそこにある。単純な破壊しか行えない魔力を、より便利に、より多様に、より効率的に使用する。ただ使うのではなく「使いこなす」ための工夫が即ち魔術だ。
出の速さや破壊力の高さと言った確かな利点こそあれど消費する量に対してパフォーマンスがいいとは決して言えない魔力砲を癖のない攻撃手段にしたものが、例えば魔弾に代表される攻撃用の術。単なる魔力防御よりも各段に優れた自衛手段となるように開発されたのが、障壁を始めとする様々な防御用の術。それ以外にも魔術は物を作ったり運んだり変えたりと様々な用途を持つ。これはそれ自体ではごく限られた運用しかできない魔力というエネルギーへの革新に他ならない──だからこそ人類はそこに無限の可能性を見出して研究・発展がなされてきた。
これは女神が管理する「この世界」に限ったことではなく魔力並びに魔術が人の持つ力や技術として存在している世界ならば殆どの例外なくこういった形を取る。その分だけ他の技術の発達が遅れる、あるいは存在自体がなくなるのはひとつの世界が持つ情報量の調整として組み込まれた理のひとつなのだろうと管理者としてその意義がわかる女神はそう考えている。とまれ、そんな世の枠組みからはずれた技術が神の使う神術にしてその元となる神力だ。
魔力とは由来が異なり、本質も異なるからには一見して似ていようと神力はやはり異質。強化作用もなく、また術への変換に際しても魔術のように定型というものがない。神力操作が個々人の感覚に依存するのと同じように術への昇華もまた行う者次第。術式に頼らないそれの行使にはむしろ想像を働かせる余地もない程に力が実現する作用を己の中に確立させること。そこにどれだけ絶対の意志を持てるかが最も重要となる──思うよりも先に実行している、という状態であるべきなのだ。
いみじくも操ろうとして操るものではない神力の性質は術へ変換されても不変だということ。そして神力のままならともかく術としてそれを利用するのは灰としてではなく神としての儀式を受けねばならない。養殖の神格者であるハルコたちにはそれが不可欠で、また「灰らしい灰」にもなれていない、そうなろうと試練を受けている最中である彼女たちに「神に程近いモノ」としての試練はまだ早い。時期尚早どころではなくもしもその試練を受けられるくらいにハルコたちの神格が上がっているのならそのときはもう、しもべではなく対等な管理者になることも見据えられるのだ。
遥か先の未来。ただし「おそらくは」訪れることのない未来。先読みによる予知めいた推測で女神はそう断じてもいる。だからこそ、なのかもしれない。場合によっては、少女らであればいずれ辿り着けたであろうその叶わぬ未来への手向けのように。そこで拓けるものを、見られるものを今の内に披露しておく。そういう想いが女神に神術を解禁させたのかもしれない。
魔力の効率運用が、魔術。そしてその魔力を質で遥かに超越する神力の効率運用が、神術。それは隙を晒していたはずの女神が火力組の全力射撃を容易く防げてしまえる程の──否、潰してしまえる程の絶大な効力を有している。そのことを実際に目にして知り得ながらも竦むことなくいの一番に攻撃を仕掛けたハルコはその甲斐もあって見事にクリーンヒットを奪ったが、そこで彼女は真の意味で理解した。
(な……なんなの、この感触は)
これは、ヤバすぎる。神弾の群れや神力流し、そして神力光。これまで女神が使ってきたそれらの技術はそのお披露目の都度にハルコたちに小さくない絶望を味わわせてきたものだが……それだけ苦しめられた数々の技が全て児戯にさえ思える「本当の絶望」が蹴り足から返ってきた。
血気に燃えるハルコの顔さえも青褪めさせる程の、これまでに感じたことのない異様なまでの硬さ。いやそれはもう、硬いだとか柔らかいだとかそういう既存の言葉では表現できない、意味不明の感触だった。触れた、攻めた、壊さんとした。なのにハルコには何もわからない。それがどういうものなのか、何がどうなってこうなっているのか。ただひとつ、まったく未知の怪奇現象を前にして彼女がハッキリと理解できているのは。理解させられたのは、この状態の女神にいくら攻撃したところで無駄だということ。
神効、と言ったか。こいつは兆至糸でも剥がせない──!
「その通り。神力さえ食らってしまえる特性を載せたその糸でも、魔術がそうであったように神術までは食らえない。横着はできませんよ、はるこ」
編み出した究極の糸繰りを「横着」などと吐き捨てられてはハルコとしても堪ったものではないが、それに対するリアクションを取る間もなく叩きつけた足を引き戻して後退せんと急ぐ。今、無防備を晒しているのは自分のほうだ。そうとわかっているから技後硬直を無理くりの瞬発力で埋めるべく下がろうとしたその瞬間、とんと。背中に当たったのは今の今まで眼前にいたはずの女神の手。
ゾウッ、と触れられたそこを中心に冷たいものが走るよりも早く。
「──神効戟」
背後から暴が渦巻いた。




