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405 血を流させる

 同士討ちを誘発させんと放り投げられたナゴミと、彼女との衝突が避けられないものと察したハルコは、視線を交錯させて互いの意思を確認。即座に双方が体のバネを有効活用した受けの体勢へと入る。ナゴミは少しでも自身の着弾・・の衝撃を殺すべく拳を収めて姿勢を丸め、ハルコはそんな彼女を優しく受け止められるように接触の瞬間に地から足を離して空中でキャッチを行う。


「ウっ、く──」


 それでもずどん・・・と来た重量にハルコの表情が歪むが、しかし抱き留めた手を離さずに着地。そのまま両足で轍を描くように床面を擦ってどうにか停止する。げほ、とどちらからも苦しげな咳が零れる。


 糸繰りでクッションでも編めればいつか空の上からのダイブで助けられたように今回も大いに衝撃を吸収させられただろうが、生憎と今のハルコは体内に兆至糸を張り巡らせておりそれ以上の糸が追加できない状態にある。


 神力と馴染み、灰としての段階が上がり、神域に踏み込んだことで糸繰りのキャパシティもそれだけ上がってはいるものの、今も遥か頭上にて無数の神弾を押し留めている糸誘いの大循環は継続実行中。その上で最新最強の糸である兆至糸で身体能力を──より正しくは自己支配によって清閑と合一の精度を強引に向上させているからには、どれだけキャパが増えようと既にいっぱいいっぱい。余裕なんて猫の額ほども残されていないのが現状だった。


 とはいえ、自己支配による完全なる身体操作は激突の衝撃を和らげるのにも役立っている。糸のクッションの不足があっても両名共に怪我なく穏便なキャッチができたのは偏にハルコが現在の自分の引き出せる100パーセントを引き出せているからだ。ハルコもナゴミも仲間内での自滅を避けられたことにホッと安堵の息をつき、すぐさま凍り付く。


 着地を終えると同時に当然二人は敵の様子を確かめるべく視線をやって、そして見てしまったのだ。女神に命中せんとする魔弾。やはり信じた通り最高のタイミングで最高の狙撃をしてくれたカザリとコマレへの感謝と感嘆を胸に覚えたのも束の間、確かに当たったかと思えた二発が女神の手によって呆気なく無に帰した、その瞬間までを見届けてしまったからには背筋を悪寒が通り抜けていくのを止められず。


「なに、それ」


 そう思わず呟いたのはハルコかナゴミか、あるいは少女たち全員か。魔弾を捻り潰した腕がすっと下ろされ、その軌跡に沿って輝く粒子がキラキラと舞う。神力光──女神が防御のため体に纏っていた例の輝きとよく似た色味の、しかして感じられる圧がまったく異なるそれを、女神は「神効」と名乗った。


「他にも呼び名はありますが、つまりは神が神力によって成す術のことです。神の使う技術である清閑や合一とは異なりこちらは神域のより奥深くに位置します……残念ながらこればかりはわたくしの手本を前にしてもあなた方が学び習得することはできません。神術の使用には経なくてはならない別の過程がありますので」


 ですから、と女神は続けて。


「これまでに見せたものとは違い学習を促すつもりで実践するのではありません。あなた方に求められるのはまず第一に『生き延びる』こと。そして然る後に──わたくしに『血を流させる』こと。それを以て試練の終了といたします」

「──、」


 言葉を失ったのは間違いなく理解の遅れからではない。むしろその反対。端的でこの上なく明瞭な説明であったがためにするりと入ったその文言に、絶句するしかなかったのだ。


 生き延びる。そして血を流させる。前者はまだしも……辛うじて目標設定として女神が課すものとして在り得なくはないと納得もできるが。しかし後者はどうだ。血だ。女神に、神たる存在に血を失わせる。当然ながらそれは流血が起こる程の深い傷を、少なくとも目に見える形で与えなければ為せない。その難度の高さたるや、単に攻撃を当てたりダメージを負わせるのとは比較にもならない。


 いやそもそも──まずもって「そんなこと」が可能なのかと疑問が先行する。それくらいの無茶を言い渡されたのだと、少女たちは一人残らずに理解できてしまったからこそ何も言えなかったのだ。


「はあ」


 ため息ひとつ。自ずと漏れた息を今度は意図して吐き出して、それをひとつの心理的な橋渡しとしてハルコは応じた。


「一応は確かめておきたいんだけどさ……神様にも血は流れてるってことでいーんだね? 流血をクリア条件にしときながら実は血が通ってませんとか言ったらさすがにマジでキレるけど」

「無用の心配ですよ、はるこ。神と言えども血は流れています。あなたが灰となってもその体に赤い血が流れ続けているように、そこに差はありません」


 血が持つ意味・・は少々異なりますが、と付け加えられたその言葉がそれこそ何を意味しているのかハルコにはわからなかったが、女神に説明する気がないことだけはわかったので、軽く鼻を鳴らして。


「あっそ。なら良かったよ、話が簡単で」

「ええ、そうでしょうとも」


 あえて困難が見えていないかのような口の利き方をする少女へ、女神も白々しいまでにそれを肯定する。けれど実際に間違ってはいない。話自体は限りなく簡単シンプルなのだ。


「最終局面に達しようとわたくしは神術まで用いるつもりはなく、また流血を条件に組み込むつもりもありませんでした。しかしあなた方の可能性はこのわたくしの意思さえも動かす程。となれば、これも必定。必要とあらば更に段階も引き上げていきます。言わずもがなその度にあなた方が合格するための難度も上がっていく……」


 ハードルは高くなり、ゴールは遠ざかっていく。だがそこを目指して走る少女たちもまた強く逞しくなっていくのだから難度上昇そのものは問題とならない。成し遂げなければならないのは、ゴールが離れていく速度よりも速く走ることだった。


それだけ・・・・なのです。これまでと同様に限界を超える。可能性を花咲かせる。神の目にも映らぬ未来を目指す──それさえできたならば」


 不可能はない、と。それさえ示してくれたならば。


 勿論、生半なことではない。ここまでこられただけで充分に重畳で、僥倖である。彼女たちの飛躍がまだ続く保証はなく、またこの先はこれまで以上の「高さ」が求められる。ハルコは覚悟を以てその求めに応じると言ってのけたが、果たして有言実行となるか。大言壮語となるか。その岐路を正しく進む苛酷さを前には、そう。自らの主たる神に血を流させる程度・・のことは何も、恐れ慄くような行為ではない。条件はどこまで行っても条件でしかなく、本質とは異なるものなのだから。


 女神は期待してやまない。少女らは決して忘れてはならない──あやふやな未来に希望を見出す、などという人のような真似を女神に取らせているのは、他ならぬ自分たちであることを。そうさせているのは自らの「輝き」であるという事実を、今一度噛み締めねばならないだろう。


「臆してはいませんね?」

「当ったり前じゃん。私たちは誰も、少しだって、諦めちゃいないんだ」


 即答。それが一同を代表しての決意表明に他ならないのを見て取って、女神は鷹揚に、されど嫋やかに頷いた。


「よろしい。ではわたくしも、あなたらしい物言いで発破といたしましょう。──かかってきなさい、我がしもべたち。神の威光を浴び、抗い、そして乗り越えるのです。まだ見ぬ地平を切り拓くために」


 堂々と厳粛に、気品に満ちて放たれたその挑発の言葉に。五人は一斉に動き出した。



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