404 神効
(笑いますか)
現在の女神と、ハルコたち。段階が上がったことで開いた実力差がどの程度のものかは今のでよく知れただろうに。最終チャプターが始まって以来の「かけ離れ方」をしたとよくよく理解できただろうに──それでもハルコは意気軒昂。闘志が形になったような笑みも、地を舐めるような姿勢での全速力も弛まず続け、そこには諦観の「て」の字もない。その概念すらも知らぬと言わんばかりだ。
何ができるのか。直撃こそ避けられたが神力の散布は継続中。ハルコへの付与が進んでいる。それも溜まれば溜まれば程に残存神力は新たに付与されるものと互いを高め合って相乗的に総量を増していくのだ。そうやって蓄積した神力自体を弾けさせれば結局のところハルコは血の泡となる。もはや躱そうとして躱せる代物ではない。あたかもそこに活路があるかのように捕捉から逃れようと走り続けるハルコだが、それも無駄。辿る結末は変えられず、そしてそれは刹那の後にも訪れる未来。どう抗ってみせるのか、淡々と。されどその胸中に踊るものを覚えながら女神が指を打ち鳴らそうとしたところで。
「!」
神力のソナーに引っ掛かったハルコとは別の影を知覚し、それが猛烈な勢いで迫ってきていることから攻撃の中断を余儀なくされた。現状の女神をして防御を優先せなばならないと判断するほどの、そうさせられるほどの途轍もない速さで距離を詰めてきたそれの正体は、ナゴミ。肉迫する彼女の遥か後方、重点探知範囲外にて肉体を蠢かせているシズキも目に留めて女神は彼女たちのやったことを瞬時に解する。
撃ち出したのだ。射出機よろしくに、シズキが変形しながらナゴミを飛ばした。二人のパワーが掛け合わさったその跳躍は魔弾の飛翔もかくやの速度を人間大の質量に与え、そしてナゴミはそれを余すことなく活かして攻撃へと移行する。
「スペシャルパンチぃ!!」
先は不発にさせられた遺恨を晴らさんとすべく思いの丈が乗りに乗った極大の一撃。実質的に二人分の膂力が込められていることに加え、その二人共に合一の精度が上昇している。ハルコだけではない。女神だけではない。成長し、中てられ、また成長する。絆と同調がもたらす循環は全員に作用する──拳が赤熱する。
「……!」
掴んだ打撃に押されて揺らぐ。そのまま崩される前に流す。神力流し。固定から流動へと変更しながら補助として自らの身体を使う。魔力運用であれば主体と補助は逆がセオリーだが女神が操作する神力となればそれ自体が十二分に主体として機能する。よってその働きの助けとして動作という支えを置く、というイメージ。女神は女神であるからしてそのようにいちいち魔術の術式の如く脳内で図式を引いているわけではないが、同じことをハルコたちがやろうとするならまずはそうやって補助輪を用いるのが良いだろう。
これもまた手本。目の前で再現される極めて整った生きている教本となって女神はナゴミを撃ち出した(・)。こちらはカタパルトではなく遠投法で掴んだ打撃へ自身の膂力も合わせて放り出す。それもその方向はしっかりとハルコの移動先へと偏差射撃がなされている。
「「!」」
激突を促されてかち合う仲間同士の視線。その思考の硬直を見ながら女神のほうは滔々と思考を紡ぐ。
何ができるのか、その答えは出た。なるほどハルコが諦めを知らないわけだ。彼女はあれだけの闘志を発しておきながら自分の力などまったく当てにしていなかったのだ。いや、より正確に言うなら自分「だけ」の力だ。自身が引き上げられたように仲間たちもすぐにその域に達すると──既に達していると信じ、それを前提に動いていた。
レベルアップした清閑と合一の同時発動も所詮は我が身へと少しでも女神の視線と注意を留めるための目眩ましに他ならない。だからあっさりと居場所を見抜かれても尚に軒昂としていたのだ。
自分のみなら確実に訪れる破滅も、仲間がいればどうとでもなると「わかっていた」から。
それはナゴミとシズキの成長と機転を予見してのことであり、そしてそれだけでなく。
(ああ、まったく──素晴らしいではないですか)
ここで来た。練り直した必殺の魔弾の撃ち時。此度こそはと待ちの姿勢に入ったコマレとカザリは今がそうだと判じたのだ。迫る魔弾を目に映しながら女神はそれを正しいと断じる。今の彼女はナゴミへの対処と、それをハルコへぶつけるという欲張りをしたためにそこ以外へのリソースを残していない、紛うことなき正真正銘の隙を晒したばかりだ。無論、それもほんの一瞬。隙とも言い切れないような極々短い一手と一手の間隙で、もう一瞬の後には万全へと立ち直っていただろうが。
しかし二人はそんな小さな穴を的確に突いてきた。その観察眼、判断力、そして技術。どれを取っても拙さの欠片もない巧みな射撃。思いの外に早くやってきた絶好のチャンスを逃すことなく果敢に撃ち込んだそれもまた、心の強さ。近接を担う三者が必ずや遠からずにもう一度機会を設けてくれると信じていたからこそのもの──それを物にすべく発射された二発は、先のような「撃たされた」それとは別格の弾で。
「っく──、」
女神の口から押し殺した声が漏れる程の極限たる二射となって、神たる者の肉体を貫かんとする。魔術主体の両名は前述の通り合一の恩恵には預かれず、また元より離れた位置からの狙撃を戦法に選んでいる以上は清閑を使用する意義も薄い。どちらも基本防御力の上昇や更なる隠密性の獲得といった利点があるからにはまったく意味がないとは言えないが、しかし近接組のような最大限の活用に比べればいっそのこと清閑や合一に神経を割くことは無駄かもしれない。
彼女たちはそういった神域の技術に頼ることなく一級品の火力を自前の魔力操作だけで得ている。ハルコが馴染むに苦戦した神力混じりとなった魔力もコマレとカザリに限ってはさほどの戸惑いもなくすぐさま十全に操れていたのだからそこの才覚の差は歴然だ。
この試練においても最も火力を叩き出していたのはカザリで、次点でコマレが──彼女の場合は単純な火力というより術の効力だが──優れていた。そして才覚が今また一段と引き上がっているのだから彼女たちに関して言えば対等になるために清閑や合一は必要ない。
むしろそこには脇目も振らず、ただひたすらに自身の得意であり特異こそを伸ばすべき。と、新たな境地に至った近接組の奮闘を見ながらも心揺らさずに突き詰めたのが、この二発の魔弾。その重みはナゴミの必殺技ともまた違い、女神に重点的な防御の択を強制的に取らせた。
「神効」
間に合わせの神力の壁は破られようとしている。かといって流しへの移行はこの刺し貫くような弾丸を相手には難しい。多少なり逸らせても被弾必至──受けた瞬間にそうと悟った女神は故に現在の段階における本領を発揮することに些かの躊躇いも持たなかった。
神力操作の、上。神力そのものを操って武器にするのではなく神力を用いることで術を作用させる。つまりは魔力に対する魔術のように、使用が解禁されたそれは言わば神術。無論のこと基本となる神力操作が魔力操作とはまったく異なる技術であるために神術の作動も魔術のそれとは同一視できない程度に離れている。そのせいで少女たちは誰も、それがなんなのかすぐには理解できなかった。
「どうか、抗ってくださいますよう」
押し込まれかけていた魔弾を消し飛ばしながら。神力から発生する光の粒子に包まれた女神がそう言った。




