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403 半端に跳べば

 会心の拳を決めた熱い感触が冷たいものへ塗り替えられる。女神に一撃を当てた、その引き換えに情報を抜き取られた。目だけでは足りないなら体の全体で知る? あるいは打撃の威力からの逆算? どういう手法かハルコには知りようもないが、確かなことがひとつ。


「体内に兆至糸を巡らせている。卓越した心身の支配はその補助があってのこと、というわけですか。無茶なことをしますね」


 痛みがあるのかないのか。ダメージこそ通ってもそれがどの程度の効きようなのかまでは打ち込んだ当人にも今ひとつ掴めない。ただ、女神の表情も口調も依然として冷涼たるままで。その眼差しはしかとハルコを射貫いている。


 見抜かれた──清閑を高めることができたその訳。そして清閑を高められたからこそ一時は女神にも見通せなかった新たな技での新たな工夫を、とっておきの思い付きを看破されてしまった。あまりに早い。できればもう二、三撃。せめてあと一撃でもいいからイイのを入れてからにしてほしかった。……が、それは望むべくもないことだ。


 今のは誘われての攻めだったが、どのような形であれ攻めればその時点で女神は見抜いていただろう。あえて隙を晒して観察に重きを置いたからこその看破、ではあるものの、女神のすることに不思議や限界はない。おそらくは、いや確実に、避けられもしなければズラせもしない未来だった。確実に辿り着く、予知の如くに女神によって敷かれた不動のレールだった──それをどうにかすべく清閑という神域の技へ一縷の望みを託したのは誤りだったのか、否か。


 そればかりはまだ決まっていない。と、思いたい。

 だからハルコはニヤリと笑ってみせた。


「無茶なことって、それそっちが言えた義理? 誰のおかげで私らが無茶ばっかしてると思ってんの」


 ナゴミとシズキに目配せのない位置調整を頼みながら、女神の気を引く。この雑談がどれほど注意力を削いでくれるかはわからないが……いや、ハッキリ言って僅かたりとも期待なんてできやしないが、それでも何もしないよりはマシだと信じてハルコは挑発的に女神を睨む。すると、返ってきた反応は彼女の想定とは少し違っていて。


「失言でしたね。ですが、はるこ。貶めるつもりの言葉でないことはあなたにもよくおわかりのはず。わたくしの感嘆が伝わっているでしょう」

「……まあ。悪くないと思ってくれてるってのは、なんとなくわかるよ。でも足りないんだよね。『悪くない』止まりじゃ全然さ……そうでしょ?」


「ええ、まさに。あなたを筆頭に『今のあなたたち』でも充分が過ぎる。成りたての灰に対する最初の試練とするならこの時点で合格点と言ってもいい。ですが──そう、あなたの言う通り。わたくしが課す責務において、それを果たせる灰へ成り上がるためには、足りていない。どこまで言っても悪くない止まりでしかない。それも事実です」


「一芸でしかないとは言っても、あんたの目を誤魔化せたのは我ながら快挙だと誇ってるんだけどさ。それでもダメなんだ」

「まさか。それは待ち望んだ兆しに他なりません。願わくば鈍化が予想されるこれよりの歩みにおいてそうならぬよう、わたくしは苦と労を与えるばかり」


 よろしいですね、と相対するハルコだけでなく一同に向けて宣言するように女神は言った。


「再び段階を上げます。ここ・・がわたくしの想定したこの試練の最終局面……ですが読み切れなかった未来へあなた方が辿り着いている以上、その制限はもはやないものと思っていただきたい。つまりこの先はわたくしの想定した導きではなくなるということです。行き着き、登り詰め、果ての果てへと邁進する。立ち止まらぬための気概を今一度強く持ってください──半端に跳べば、落ちるのみ。越えていくには不撓不屈の志が欠かせません」


「「「「「……!」」」」」


 最終局面。ついにここまで来た──けれど女神はそれをもはや重視してはいない。想定した以上の伸び。それは良いことなのか悪いことなのか。試練の終わりが文字通りに果てしなく遠くなってしまったというのなら、とうにめいっぱいを出し切っている少女たちにとっては悲報以外の何物でもない。順調に育っているのだと言えば聞こえはいいがその分だけ尋常の道を通っていない。女神が思い描く予定調和の導きから外れているということなのだからそれは決して吉兆だけを示すものではないはずだ。


 神ならぬ身故に女神に見えているものも見えていないものも伺い知れはしないが、そんな彼女たちでも「この先」の険しさ。その道を進むことの危うさについては感覚的に理解できていた。それこそ予知めいた、予感よりもずっと確かな何かがそう教えてくれていた。


 それを踏まえた上でハルコは断じた。


「上等じゃん」


 気を引くため、それだけのために張り付けていた笑みが消える。変わりにそこへ現れたのは彼女本来の笑み。ハルコが常日頃から、そして逆境の中でこそより鮮烈に浮かび上がらせてきた──明野あけの陽子はるこという少女を象徴する強さだった。


「飛び上がってやる。私たちなら、できる」

「──はい。あなた方なら、必ずや」


 剥き出しの闘志。人らしい熱意。灰らしからぬ異物ではあってもそれこそが今のハルコの、少女たちの気高さだ。それに中てられたかのように女神の表情にも笑みが──それも普段の彼女らしからぬ確かな感情を覗かせる笑みを浮かべて、全てを肯定するように頷いた。


 変化は一瞬、ハルコがそれを目に焼き付けるよりも早く女神の顔は鉄仮面の如き無表情にすげ代わる。だが、女神が何を想ったのか。何を願っているのかは正面に立つハルコだけでなく他の四人にもしかと伝播していた。暖かで、けれどどこかに不穏さも滲ませる。それは女神の中にも道筋を外れることへの僅かならぬ不安があるのだと克明に物語っており。


 だからこそハルコは地を蹴った。


「!」


 稲妻よりも激しく素早く女神の視界の外へと出て、追いかけたその視線から煙霧よりも不確かに掴みどころなく立ち消える。合一と清閑。併用、かつどちらの精度も高い──!


「ですが」


 ハルコの成長は一足飛び。だが女神もまた段階を上げているのだ。上昇値を単純に比べてしまえば比べ物にもならない。本来据えていた最後のステージ。そこへ一足先に上がった女神に対してハルコの奮闘がどれだけ奇跡的だろうとまだ指先がかかるかどうかと言ったところ。掴み、持ち上げ、上り切るまでにはまだまだ遠い──それを証明するように、女神が開いた掌から拡散した神力が消えたはずのハルコの姿を捉える。


「!」


 先ほどは掻い潜れた女神の索敵が再び絶対性を取り戻している。ソナーを思わせる響き方をした神力の波動とでも言うべきそれに全身が粟立つ感覚を覚えたハルコは、しかしその原因が神力そのものではなく女神にしっかりと「見られている」が故であると察し、直感に従って進路を変更。飛び退くようにして予定していたルートから逸れた途端に、神力が弾ける。


 場所は彼女が元々進もうとしていた丁度その位置。本能の勧めに従っていなければやられていた。それも、シャボン玉のように軽く弾けただけにしか思えなかった今の攻撃に秘められた破壊力はの一言。それが今のハルコにはわかった。


 仮にまんまと食らっていれば現在の自分でも一溜りもなく「血泡」になっていた。その様を幻視しながら目を細め、しかし足を止めずに進むハルコだがやはり見られている──見抜かれ続けている。


 マズいことになった、と素直に認めつつ。

 女神とは反対に、どこまでも相対するように、その口元には笑みが浮かんだままだった。



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