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402 乗る

 程度を抑えているとはいえ女神のするそれは紛れもなく完成された清閑。神が執行する神業である。灰見習いにも届く位置にいながらも実際に届くことはない。少なくともまだ、女神を次なる段階へと昇らせるまではそこで並ぶはずがない。それは女神が設定した現在のレベルとハルコたちの思わぬ急成長を踏まえた上での正しい認識であったが。


(また、超えましたか。わたくしの推し量る未来を──推し量れぬ想いの強さ。人としての未知の可能性で変えてみせた)


 比べ合えば女神が一方を取れるに違いなかった清閑と清閑のかくれんぼ。しかしハルコが見つからない。その意が掴めない。我が捕まらない。拙いながらも行った清閑、その次でもうここまで。並べるはずのない高みに並ばれた、それを認めながら女神にネガティブな感情は一切ない。


 その胸にあるのは純粋な称賛ばかり。あるいは感動と言い換えてもいい。神の心にさえも立つ波紋はそれでも人間の情動と秘すれば微小のものに過ぎなかったが、しかして清閑の域同士のかくれんぼの最中に起こったそれは充分に、大波の如くに存在感を放った。


 しまった、などとは思わない。むしろこの波を確実に捉えたであろうハルコがどう打って出てくるかを楽しみに待つ。動揺に対して動揺の気配は返ってこない。まずは上々、察しても察したことを悟らせない沈め方ができている。であれば後は攻めへの入り方と繋げ方。先程までのハルコであれば攻撃時点でも清閑を維持するなどという発想がまずなく、また兆至糸で捕らえることを目的としていたためにその発想を持つ必要性もなかった。だが今は違う。


 ハルコは見て、学んでいる。清閑の完成系。至ったそれが攻撃時においても有効であり、またその制御に必要なのがあくまでも神力ではなく心力。己を律することができるかどうかにかかっているということもわかっている。体の動きや神力の動きはそれについてこさせるだけ。無論そこに差があってはいけない。全てはひとつに、それが全の一であり一の全。だが順序というものはあるのだ。何よりも優先されるべきは心。精神の在りようであることは間違いなく──故に。


「素晴らしい」


 手を取られる。まるでダンスにでも誘うかのように組まれた指と指。それがしっかりと握り込まれるまで女神にはハルコの意が見えなかった。そして見えたその瞬間にはもう投げられていた。神力の纏いと付与を同時に行っての投げ。ハルコにやったばかりのそれをやり返されて女神の口元にも思わず消したはずの微笑が戻る。よくぞここまで。称賛の想いがより強くなり、もはや女神の清閑は解けていた。しかしそれでも、いやそれだからこそ彼女の肉体は流麗に対応していた。


 自らの神力を用いて投げの勢いを軽減、体勢を戻し、ハルコのように地面へ叩きつけられるのを良しとせずに足から着地。途中までの速度が嘘のようにふわりと立ってみせた、その左右から強襲。


「!」


 ナゴミとシズキだ。ハルコの目的は投げ落とすこと自体にはなく、それによって女神を狙い通りの位置へ運ぶことにあった。無論、落とせれば尚に良かったのだろうがその成否は重要ではなく、攻勢を作る。それが狙いであり、その意を酌んで少女二人もとうに動いていた。


 消されたはずの、女神にすら読めない意を読む? 違う、そうではない。ナゴミは、シズキも、同調効果によってハルコの意が伝わったから動いたのではない。女神同様にハルコの存在も意識も追えなくなっていても、その状態からでもハルコならこうするだろうと「信じて」動いた。またしても信頼が、仲間の絆がそうさせたのだ。だからこうも間断のない追撃が行える。それも。


(合一。こちらも著しく精度が上がっている──)


 女神の合一に二対一でも打ち負け、鳴りを潜めていたナゴミとシズキの新たな境地が戻っている。先以上の完成度で蘇っている……どこまでも素晴らしいことだ。流石に女神との清閑比べに勝ったハルコのそれに比べれば完成系にまだ少し遠いが、しかし一度の消沈を挟んで後にすぐこれとなれば充分過ぎる成長だ。


 このレベルに至った二者の挟撃ともなれば女神も本腰を入れて受けねばならない。二人でひとつかのような押し寄せる連打を合一へ入り直した上で先よりも苛烈な反撃を混ぜ込みながら捌いていく。うむ、やはりなかなか。合一がもたらす高揚感にも飲まれていない。下手をすれば興奮が心身の合致の妨げにもなり、それは最初の罠とも言える落とし穴なのだが、この二人の場合その心配はいらないようだ。


 女神が先に打ち負かしたからか、完成の手前にも届いていないからか、はたまた特別ナゴミとシズキの自律が行き届いているのか。なんにせよ反撃が思いの外に決まらない点も含めて女神は高く評価する──その間にも再び清閑によって捕捉から消えたハルコへの警戒も怠らない。


 改めて舌を巻く。清閑同士での化かし合いではなく合一によって高めた感知力を組み合わせた読みの力で隈なく周辺を探っているというのに。二人分の合一の猛打を相手しながらも女神は不足なく索敵を行なえているというのに、それでも見えてこない。どこにもハルコの姿がない。ナゴミとシズキの合一がまだその域に達していないだけに余計に際立つ。ハルコはどのようにして完全(にほど近い)自己支配コントロールを成し遂げているのか。いい加減に知りたくなった。


 なので、誘う。


(見えますでしょう、はるこ)


 攻めるべき隙を見せつける。浮かび上がった空白は女神があえて警戒を解いた絶好の狙いどころ。当然、急にそんなものが現れればハルコとて警戒するだろう。それが誘いであることは彼女にも明白だからだ。しかし女神は迷いを与えない。隙を作ったのはわざとだが、けれどそれは隙に飛びついたハルコを逆に狙い打とうという小癪な策によるものではない。そこに設けたのは本当の意味での空白。ハルコが攻めれば攻撃は確実に決まる、そういう「絶対的なチャンス」を用意してやったのだ。


 ハルコを炙り出すために一手をくれてやる。隙が本物であることを悟ってハルコもまた女神の真意に気付く。その上で動揺の気配は返ってこない──これで揺らぐようであれば容赦なくそこを叩くつもりでいたが、その展開はなさそうだ。ならば遠慮なく来るがいい。ハルコは間違いなく誘いに乗る。攻撃後に何が待ち受けていようと、しかし攻めないことには何も始まらない。一撃が通る機会を逃すわけにはいかないはずだ。


「もちろん、乗る」

「!」


 来た。予想通り、だが予想よりは幾分か早く行動に移っている。意図して置いたナゴミとシズキには見えない位置のごく狭い穴。そこを寸分違わずに通り抜けたハルコの打撃は既に女神へ打ち込まれたところであり、その拳には今まで以上の神力が伴っていた。


 合一の兆し。清閑とは反対にナゴミとシズキのそれにはまるで及ばないものの、だが確かにハルコは手にしている。合一を完成させるための資格も有している──それを清閑と同時使用しているのだから曲がりなりにも彼女は踏み込んでいる。神域のより深きへ、その奥へと。


 これは閉ざされた扉をこじ開けるような一打。


「ふぅんぬっ!!」


 年頃の少女らしからぬ力いっぱいの掛け声と共に打ち抜かれた拳は、女神が無防備にそれを受けたこともあって大いにその体を仰け反らせた。クリーンヒット。ハルコは手応えを感じ、ナゴミとシズキはハルコがやってくれたと喜ぶ。だが、攻撃こそ通ったもののこれは女神が招き描いた未来であることを忘れてはならない。


「──なるほど。そういう絡繰りでしたか」



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