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400 清閑と合一

 神力を放つ。そうして腕を捕る兆至糸を断たんとするが、硬い。というよりも巧い。食らいにくいようにわざと不安定な波長・・で発されているそれを、しかしそれでも兆至糸は食らっている。顕現しているハルコの体質をきちんと発揮させている──それを確かめたところで背後に迫る二人を女神は認めた。


 ナゴミとシズキ。彼女たちもまた復帰をしたらしい。一足先に糸を伸ばしたハルコには一拍、いや二拍は遅れているがだとしても十二分な早さ。二人もまた女神の読みを超えている。それだけにハルコのめちゃくちゃぶりも尚一層に浮き彫りになる形だが、もはや女神に困惑はない。


 理由は耳にした。謎を解く鍵がハルコの言葉通りなのだとすればこれは、人の可能性の発露。灰という立場だけでなく人としての絆が結ばれているが故の超越。女神が見通さんとしていたのはあくまでも灰としての彼女たち。自らの「しもべ」となって果たす成長だ。そこに人を見る目はなかった。ここに至ってまさか人らしい強さが影響を及ぼすなどとは考えもしなかったのだ。それは女神の浅慮ではなく、正しい物の見方でもあった。


 灰らしい灰を目指すための一歩目を踏み出させるためのこの試練、その最終局面。人の可能性など捨て置かれるのが尤もの道理である。否定ではなく区別として、軽視ではなく神慮として脇に追いやったそれが、よもや。神に己が目を疑わせるような奇跡を引き寄せようとは、それこそまったく有り得ないはずなのに……けれど現実にそれは起きている。ハルコもナゴミもシズキも未来の予知にも等しい先読みによる予想を超え、外れへと届いた。


 それによって失策であったはずのカザリとコマレの射撃は失策でなくなった。撃ち抜く機会が訪れるのを辛抱しなかったその拙速が、けれど他三名に一足飛びで兆しを掴ませる原因になったのだから道理で言っても合理で言っても彼女らの選択は、仲間意識に押されての拙い決断は「正しいものだった」ことになった。


「スペシャル……!」

「大変形……!」


 女神の背筋に悪寒が伝う。背後の二人が引き絞る力は、兆至糸によって神力を散らされている今。試練用に肉体強度からして大きく落としている現状の身に受ければ彼女とて只では済まない恐るべき一撃、いや二撃になると先読みが教える。こればかりは外れ値を相手にも外れようのない予測だ。貰ってはいけない。しかし厄介な糸に捕まっている今、次の瞬間にも放たれる後ろからの攻撃をどうやって貰わないようにするか。


 段階を上げて対処する、のは論外。女神が自身の設定を引き上げるのは少女たちのいずれかでいいからその時点の己へ「確かな一撃」を通した際のみ。それが最終チャプターのルールだ。神力光というひとつの術をハルコたちは破ったもののまだダメージを与えることができていない。そして女神は既に様子見を終えて許された範囲内での限りなく高位へ自らを置いてもいる。これより上へ行くにはより厳密に、より慎重にならなければいけない。少女らを突き放した段階の上げ方は成長ではなく破滅を促してしまうからだ。


 女神がそのルールを破ることは絶対にない。つまり彼女は本来の力をもう少し見せるだけで簡単に状況を覆せるがそうするわけにはいかず──ならばとそこで選ばれたのは、当然に技。力の解放が選択肢にないのであれば技の工夫で解決するのが自然というものだった。


「お見せしましょう。完成された清閑と合一を」

 

 と言っても、これもハルコたちが辛うじてそうとわかるように落としたものだが。そう言外に付け加えながら女神がその場から消える。腕に巻き付いていた糸が縛る対象を失くしてぎゅっと閉じ、そのすぐ傍で一対の拳が空を切る。技名も途中のままで目標を見失ったナゴミとシズキは絶句する。


 女神がどうやって目の前からかき消えたのか彼女たちにはわからなかった。転移でも同じような現象は起きたが今回の女神は自らを転移で動かせるほどの神力を纏うことができていなかったはず。あの段階では何も感じ取れなかった二人だが急速に高みへと昇っている今なら当然に、転移を行なおうとする前兆くらい気付ける。なのに二人は女神が消えるまで、いやなんなら実際に攻撃が空振るその時まで何も異変を察知できなかった。


「……!」


 ハルコもまた女神を見失ったのは同じ。それも目だけでなく、糸越しの感触においても女神が消える瞬間を追えなかったからには彼女が受けたショックは一際に大きい。彼女とて急成長を果たしており、その自覚も持っている。先の女神の捕捉を振り切る移動の仕方や兆至糸という強力な技の開発によってそれは更に大きくなっているし、それに見合うだけの手応えも得ていた。その矢先のこれだ。段階も引き上げない内から女神は容易くこちらの「いける」という確信を踏み潰してくる。


 臍を嚙みながらハルコは考える。神力の放出を阻害されながら包囲から抜け出してみせたこの奇怪な技術とは、つまり──。


「ええ、つまり。あなたが至ったそれの行き着く先。の、手前と言ったところですか」


 振り向く。そこに女神は、いない。もうハルコの視覚の外へ、意識の外へ消えている。速過ぎるし早過ぎる。すぐ横から女神の息遣いを感じて目をやれば、やはりそこにもいない。もう消えた。どういうわけかナゴミやシズキも女神の動きを捉えられていないと二人の様子から悟ってハルコの背筋を戦慄が震わせる。ただ死角を取っているだけではない。それだけでは一人の視野からは消えられても三人がかりの捕捉からは逃れられない。実際にハルコも女神が単独でいたからこそその目を振り切ることが可能だったのだ。仮にもう一人でも女神が、そうでなくとも彼女の目の代わりになるものでもあればどうしようもなかった。


 行き着く先。いや、その手前か。どうであれハルコは理解する。自身の使った技術とよく似ているが、けれどこれはまったくの別物であると。正しく昇華された神の御業なのだと知る。


「意を消し、威を消し、異を消し、果てに我を消せば、そこには何も残らない。それは自らの裡からの脱却。『敵がそこにいる』という事実さえ消し去って全てを無為とする。そこに至れば、このように」

「ッ、」


 声は聞こえていても尚も見つからない、捕まえられない。朧の気配だけを微かに香らせて見えないどこかへ消えていく影を必死になって追いかけるが、気付けばハルコの肩にはそっと手が置かれていて。優しい感触の、空気に触れられたのと何も変わらない違和感の無さで、しかしその手はハルコの動きの一切を強制的に停止させた。


「無垢なるままに攻めることもできるのです」


 跳ね上がったハルコの肉体。どこへどう力をかけられたのか本人にはまるでわからないままに宙に浮かされた少女は、その勢いのまま、いやそれ以上の加速をさせられながら地に叩きつけられた。


 肺の中の空気を余さず吐き出しながらハルコは「馬鹿な」と痛みよりも攻撃そのものにこそ衝撃を受ける。察知されないままに攻撃を行う。なるほど清閑とやらの行き着く先ではそういうことができたとしても不思議ではない。反則インチキだとは思うもののその点に疑問を挟みはしない──が、だとしても。


(この威力はいったい……!?)


 消化しきれない苦痛に呻くハルコを見下ろしながら、女神は言った。


「これぞ合一。その行き着く先の一手です」



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