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399 可能性

 接近する魔弾を見やる女神の目は冷涼で、冷淡なものだった。


 確かにそれは先の魔弾と比しても更なる進化を感じさせるが、成長と呼ぶにはまだ途上。もっと突き詰め、そして気を引くためにではなく「確実に当てられる」チャンスにこそ撃つべきだったのだ。


 魔弾の性能も射撃タイミングも求められたものではない。カザリとコマレが選択しなければならなかったのは二人して女神の追撃を止めようなどいう安全策ではなく、せめて一方が一人の力だけでそれをなし、もう一方が引き続き最高の魔弾を仕上げる。そう役割を分担しなければならなかった。それをやってのけるという前のめりな覚悟こそが彼女たちが真に持つべきものだった──神力さえも食らう糸を編み出したハルコのように、できるできないを勘定に入れることもなくそうしておけば。


 きっとそれは成っただろうに。


(実に惜しい。ですがこれもまた兆しへのひとつ)


 お望み通りにハルコたちへの追撃を中断。人差し指に加えて中指もピンと立てた女神は、ピースサインのような手の形をまったくもって平和ピースとはかけ離れたことをするために迫る二発の魔弾へと向けた。一連の動作はやはり流麗で緩やか。ながらに、魔弾の弾速を思えばその全てが刹那の内に起きたものであることは疑いようもない。まるで女神だけが違う時の流れにいるような違和感がそこにはあった。


 その挙動を灰としての動体視力と知覚能力で辛うじて目に収めながら撃ち手であるカザリとコマレは自身の失策と、これから何が起ころうとしているかを悟った。

 女神は魔弾を防ごうとしているのではない。彼女が行うのは防御ではなく攻撃だ。それもおそらくは、自分たちには回避しようのない拙いものになる──。


「正しい。よってこれを戒めとすることです」


 女神の自戒を促す言葉が紡がれて、二本の指先に光が灯る。ハルコが神力光と呼ぶ守りのためのそれと似ているようでどこかが異なる神力の力の結集。そこへ魔弾が到達せんとする。言うまでもなくこれはカザリやコマレが意図したものではなく、魔弾の軌道が変えられてのことだ。急を要されての射撃とはいえしっかりと──それが女神を相手にどこまで効力を発揮するかはともかくとして──急所を狙ったというのに、まるで吸い込まれるかのように指先を目指すのだからそれは、実際に吸い込まれているのだろう。


 発生点たるそこへ着弾すれば力の行使に影響を及ぼせる。ともすれば中断させられるのではないか。などと二人が甘い幻想ゆめを見ることはない。神力へ吸われているのは明らかに女神がそうさせているのだからそんな都合のいい奇跡は望みようもない。むしろ反対だ。とびきり都合の悪いことが待っていると確信を持っていた。だが、だからと言って何ができるわけでもない。繰り返すが全ては刹那の内のことなのだ。


 認識だけが女神の速度に追いつき、身体はまったく動かない。それは意識を残されたままに時を止められているにも等しい感覚だった。カザリは見る。コマレは見る。今、まさに女神の指先へ辿り着いた二発の魔弾が、共に神力の光へ入り込むようにして消えていき、かと思えば再び出てくる。射出される。


 出てくる前との差異はふたつ。それは魔弾に少女たち由来ではない神力が纏われていることと、進行方向が完全に逆になっていること。即ち女神の力で強化された魔弾が、帰ってくる。本来の撃ち手を襲うべく離反しているのだと二人は同時に理解し、けれどやはりそれに対してどうすることもできず。


 痛みを学びとせよ。そう女神が諭している。仲間を守らんとする意思は素晴らしいものだが、そのために持つべき覚悟を捨て去った甘さは灰に相応しくない、罪であり咎ですらある。その戒めを女神は与えなくてはならない──。


「んなわけが、あるかぁッ!!」

「!?」


 もはや止まらない、止められない流れに掉さすひとつの影。姿勢を整えるのもそこそこに懸命に崩れかけた糸繰りを維持・再展開して伸ばしたハルコはそれを撃ち手の下へ離反者として帰還しようとしている魔弾の射線上へと割り込ませた。無駄だ。女神の目は今この時にも糸の性能を推し量っている。兆至糸と呼べるものは出来上がっている。攻撃を受けながらそれができたのは見事、だが、それだけではどうにもならない。魔弾は元の威力に加えて女神がコーティングした神力まで推進力とし、防護膜にまでしているのだ。


 兆至糸では防げない。そのように女神は撃ち返した。故に、やはり無駄。カザリとコマレは失策をした。その失策を取り戻そうと奮闘してハルコも失敗した。その結果に変わりはない。


 はずだったが。


「これは──」


 女神からしても予想外の出来事が起きた。糸に触れた魔弾の勢いが二発共に落ちた。その隙を逃さずに糸は弾の軌道を強引に曲げていく。真っ直ぐ撃ち手を目指していた弾道がそうやって変えられたからにはもはや撃ち手の下へは帰還しない。引き摺り落とされた魔弾はどちらも明後日の方向へ飛び、何もない床へと衝突。力の残滓だけを振り撒いて消えていった。


 どういうことだろうか。魔弾へ伸びたハルコの糸。それが性能不足だったのは確かなのだ。不干渉を念頭に込めた女神の神力を左右させることなど不可能だったはず──ならばハルコは。


「無駄なわけが、ない! 仲間を助けようとすることが失策だなんて……私が言わせるもんか!」


 魔弾を掴んだその瞬間、瀬戸際に、再び成長を遂げた。兆至糸の性能を極限下で引き上げたということだ──先の今、二度目の兆至糸でもうそこまで至れるものなのか。それもただの成長ではない、女神が施した兆至糸対策を越えて効果を及ぼす、より純度の高い。つまりは純然と完成度の高い兆至糸を、この一瞬にハルコは手にしたのだ。


 有り得ない。女神をしてそう断じられる、届くはずのない場所へ届くはずのない速度で届いたという事実。先読みは今も尚それを否定しているのだ。少し目を凝らせば見える未来にこのような光景はなかった。あえて観の目を半ば以上閉じながら戦っているとはいえ「見えればそれは絶対」。ハルコにこのような成長はできない、それもまた絶対だったのに──なのに何故、どうやって。


 初めての体験。自身の力と知覚の及ぶ万全の範囲で訪れる未来が食い違うなど、今までにはなかったこと。少女たちは女神も驚く急成長を遂げて幾度となく予想を超えてきてくれたが、その超えた先とてまた女神にとっては知覚内。設定した基準こそ上回れど外れ値は一度だって出なかった。出るわけもなかった。灰が到達する最終段階から逆算して想定を立てている女神の読みを本当の意味で外せる道理などあるはずもなくて。


 では、ハルコが見せた「これ」はなんなのか。手にしたものはいったい「何」であるのか。魔弾を逸らすに飽き足らず己が腕に巻き付いてきた糸を見つめながら女神は考える。考え込む。それを叱りつけるかのように聞こえる声。


「わかってないなら教えてやんよ。灰である前に私たちは人なんだ。人としての可能性ってやつがそうさせたんだって、神様あんたにも! わかりやすくわからせてやる!」

「人としての、可能性──」


 ぎゅっと糸が縮み女神の腕を締め付ける。それはハルコの想いに呼応して強く固く彼女と女神を結んでいる。収縮によって糸に自らを運ばせて近づいてくるハルコの眼差しは、輝いていた。メラメラと、ギラギラと。それはおよそ神域に踏み込んでいる者らしくない──清閑の境地にまったくもって相応しくない、どこまでも人らしい熱だった。


 眩しいと、女神は感じた。



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