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398 まだ、かつ、未だ

◇◇◇



 これが最後の攻防になる──いや、のだと。神力光が立ち消えたのを切っ掛けに号を発したハルコの気迫に背を打たれ、驚愕も冷めやらぬ間に少女たちは一斉に攻勢へと入った。


 ハルコは女神を縛る糸とは別に、もう一方の手に新たな糸を作っている。その糸を「通す」ことこそが重要だと察したのだろう。ナゴミとシズキは攻め方がより大胆に、より強烈になり。そして魔力渦の維持だけに注力していたカザリとコマレはそれを中断し、どちらも決めにかかるための大技の準備に勤しんでいる。

 

 正しい、と状況をまったく正しく把握しながら女神は彼女たちの選択に間違いがないことを認める。行動阻害を糸に担わせており、またその糸と魔力渦の共存が──現時点での彼女たちでは──難しいことから魔力渦を解除するのはなんとも理に適っている。また、ハルコの糸の効力を見るやその詳細こそ知らずとも次なる糸のために我が身を矛にも盾にも捧げる即断の行動力も実に合理に沿っている。


 しかも驚くべきことにカザリとコマレが用意を進めている大技は今までに彼女たちが見せた新しい術とはまた別の、更なる発展を遂げたものになりそうで。それに加えてナゴミとシズキも現時点でまだ伸びている。一打ごとに、一呼吸ごとにその身に宿る神力の質を上げながら無駄のない合一・・を果たしていっているではないか。


 合一とは清閑に並ぶもうひとつの極致。それは神力の操作とは区別されるものだがしかし、神力を持つ者にしか辿り着けない技術──即ち「神域」の技であるが故に、その区別にあまり意味はない。無論、女神は常に(ハルコの推測通りに彼女たちのレベルに合わせて著しく程度を下げてはいるものの)清閑と合一を体現させている。自然体でそう在る。技術とはいえ使おうと思って使うものではなく、その点もまた操ろうとして操るものではない神力と限りなく重なっている。


 では清閑を清閑と知らずに至ったハルコは、合一を合一と知らずに至りかけているナゴミとシズキは、無意識にそう在ろうとしているのだから女神の領域に近しいのか? ……答えは否。自然体と無意識は違う。意識せずにそこへ至ったそれはやはり兆しであってその先ではない。ハルコの清閑はまだ完璧ではなく、ナゴミとシズキの合一もまだ未完である。戦い方の差で未だそのどちらにも届いていないコマレやカザリのほうが、三人の前例を受けて案外と先へ辿り着くのは早いかもしれない。とも女神は予測する。


 とはいえこれは先読みではなくあくまで五人の資質を知る者としての和やかな未来予想。当たるも当たらぬも然程に五人の成長の度合いへ関わることはない。なので予測は予測として、見定めるべきはやはり今。現在の彼女たち。他四人がそれぞれに持つ特長や脅威をしかと認識しながら女神の双眸が明確に焦点を当てているのはただひとつ──ハルコ。その手にある、そして女神を縛り付けている新たな糸。


(兆至糸、でしたか。なかなかどうしてこれは──傑作・・


 自身に触れているそれが何故、自身に触れられているのか。その妙を女神は神なる身の眼力によって看破していた。技の要訣は「定めないこと」にある。ハルコは糸をあえて形も性質もしかと定めずに茫洋とした状態で編んでいる。だからこそいいのだ。一見すればただ不安定にしか思えないその糸は、必要に応じれば即座に在るべき形と性質を獲得する。それが女神の纏う神力を消したのだ──即ち兆至糸は自らに求められているのが何かを、あたかも糸自身が理解・実行するかのようにして女神の守りの術を


 そう、食らったのだ。兆至糸はハルコの神力より編まれた糸。そしてハルコの神力には彼女の最も特筆すべき特徴である「受け入れる体質」が顕現している。その特性によって先のチャプター10では他世界の灰の神力に宿る特性を食らって無力化させたのも記憶に新しい。つまるところ今もまたそれと同じことが起きたのだ。兆至糸は中和するかの如くに女神の纏う神力の光を掻き消してみせた。ハルコはそれを狙って糸を伸ばし、見事に成功させた。できるかできないかで悩むような愚を犯さずに「やってみせた」。兆至糸なる新技の出来も素晴らしいが、それを十全に使ってみせたハルコのその意志の力にこそ女神は大いなる成長を見て取った。


 故に紛れもなくこの糸は傑作であり、女神をして一定以上の注意を払い続けねばならないまさしくの脅威である。それも認めつつ、けれど女神は。


まだ・・、かつ、未だ・・。それに変わりなく、また代わるものもない)


 ぷつりと繊維が断たれる音。若花の柔らかい茎を手折るように糸を千切った女神は、それを少女たちが認識した瞬間にはもう動いていた。ナゴミとシズキの挟撃から抜け出し、数歩離れた位置取りをしていたハルコの眼前へ。咄嗟に新しく編んだばかりの糸を自らと敵の間に張った彼女の判断は誤りでこそないが的確とも言えない。それを知らしめるべくに女神は両の手を打った。


 音はない。しかし打ち付け合った掌からは風のように神力が舞った。発生元である女神の胸元から周囲一帯へ瞬くの広がりを見せたそれは春風を思わせる温かさと穏やかさで、けれど春雷を思わせる唐突さと豪放さで糸ごとにハルコを、背中を向けている女神を打たんと迫ろうとしていたシズキとナゴミを、まとめて容易く押し退けた。


 空間共々に押されるような抗い難い圧力を真正面から浴びた三名は一様に床から掬い上げられて宙を舞う。しかもその最中、まるで肺を巨大な手に握り込まれたかのように呼吸ができなくなった。新たな空気を取り込めず、また強制的に息を吐き出されてしまった少女たちは一瞬で酸欠に陥って思考もままならない。が、脳の働きが極端に落ちていても体はきちんと対応していた。


「ほう」


 ハルコの糸繰りが自身と床を繋ぎ、ナゴミの空拳が反動を生み、シズキの変形した手足が床を掴み、各々が各々の手段でそれ以上神力の風によって遠ざけられることを防いだ。近接優位の三名からすれば離されてしまえばそこは女神の距離。またぞろ神力でどのような目に遭わされるかわかったものではないのだから距離が開かないようにする、それ自体は間違いではない──が。


「攻めるに良し。ですがそれに比して受けるは拙し。まだまだ、ですね」


 やはり的確とは言えない。半端な距離、半端な体勢。それで留まってしまうよりはいっそ反撃の姿勢を整えながら一旦は離されてしまったほうが賢明だったろう。何せこの距離でもそこは女神の距離で、そして彼女には既に追撃の用意があるのだから、ハルコたちの行動は判断も対応も機敏でこそあれど拙速が過ぎた。


 そうと指摘するためにピンと伸ばした人差し指を掲げた女神が何をするつもりだったか。それを知るのは本人ばかりとなった。何故なら彼女が思い描いた通りに行動するよりも早く、その出足を挫くべく魔弾が放たれていたからだ。


「拙い」


 繰り返した言葉はそのままの意味だった。堪え切れず撃たれたそれは本来、更に練りに練り上げた状態で、それも女神に隙が生じるのを待った上で精密に狙い撃つべきだったもの。当然にカザリもコマレもそのつもりで備えを行なっていただろうが、けれど思いがけず近接組が三名揃って窮地に立たされたことで予定の変更を余儀なくされた。それそのものは彼女たちにはどうしようもない場の流れというものだが、だとしても。


(待つべきでしたね。少なくとも片方は、耐え難きを耐えなくてはならなかった」


 二人共に射撃を決断したのは次なる女神の一手がどのようなものか彼女たちにはまるで予想が付かず、つまりは致命的なものになり得るそれを阻止するために全力を惜しまなかった──惜しめなかった。先のことを考えたからこその選択、なのだろうが。しかしそれでは覚悟が足りていない。


 そのツケは高く払うことになる。



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