391 マジでどうすんよ
「させないって、言ったよ!」
滑走するような移動の仕方でナゴミちゃんの傍を通り抜けた女神の、私を狙うその手。掴まれる、と身構えた私の予想は外れ、なんと女神の横にぴたりと付いたナゴミちゃんがその腕を逆に掴むことで止めてくれていた。
す、すげえやナゴミちゃん。女神が使うあの予測不能の見えない足捌きについていくとは。しかもこうして攻撃を防げているってことは単に追い縋っているだけじゃなく、女神がどこに動いて何をしようとしているのかある程度の先が見えていたってことでもある。そうでなければ自分の身はともかくとして他者を守るのなんて不可能だ。
高い察知能力を持つナゴミちゃんだからこそ、それが灰になってもっと強調されたことで目や常識では追えない女神の挙動も理屈を超えて追うことができているんだろう──ただし、ただ止めるだけでは女神の攻撃は止まってくれず。
「では、あなた諸共に」
「!? うわぁ!」
女神の腕を掴み止めているのはナゴミちゃんのほうなのに、その体が持ち上げられる。いや、これは持ち上がっているというよりもまるで彼女の体重がゼロにでもなったみたいな。自然と宙に浮かび上がっていっているような不自然さだった。これも神力の作用か、と女神の芸の細かさに目を見張る暇もなく私の体までふわりと浮かんでいく。
は、はぁ!? 触れられてもいなければ神力の気配も一切しないのに!? なんで私にまで作用が……っああもう、なんでもありか!
「神奏糸──」
「!」
「──重鎧糸!」
私と、そしてナゴミちゃんの身体にも。神奏糸でパワーアップさせた鎧糸を超極厚版で作って装備する。以前までは可動域を制限しないためには丁寧に体付きにフィットさせる必要があって、その点の細かい調整が作りながら行える自分の身体にしか装備できなかった──グローブ代わりに拳だけに巻くとかならできたけど──鎧糸だが、灰になった今は同調効果によって皆の感覚を探ることができる。ナゴミちゃんの身体であっても自分の身体のように調整を利かせられるのだ。
これならいけるはず、と思った通りに鎧糸は二人揃ってジャストフィット。過去最高の極厚に仕上げているために重量は相当に嵩んでいるが、こちらも灰になって強化されている今ならなんの問題もないと判断した。むしろ以前のような軽い鎧糸ではシズキちゃんや火力組ならともかく、格闘主体の私たちにはただ薄っぺらいだけでなんの頼りにもならない、どころか下手をすれば邪魔にすらなっちゃうだろう。
現在の私とナゴミちゃんは、そしてこの戦いはそういうレベルにある。
「たかだか糸の重みが加わったとて──おや」
体重をかさ増しさせることでこれ以上浮かばないようにした。女神はそう思ったんだろうけど(そして実際にそうなってくれたらって考えもあったけれど)、重鎧糸を纏った理由の本命はそっちじゃない。女神も気付いたんだろう、私たちの脚部からいくつも伸びた糸が床にがっしりと根を張っていることに。そうつまり、体と床を結ぶことで、錨を海底に下ろした船のごとくにそれ以上の移動を防いでいるのだ!
「それでどうすると?」
「こうするんだ、よっ!」
所詮は放り投げられるのを阻止しただけ。それならそれで、足が地に付かないまま安定を欠いている私たちへ普通に攻撃するだけ。女神としては当然の選択でしかなく、故に私にとっても想定内。なので、二人まとめて吹き飛ばさんと神力がその気配を見せたと同時に慌てず行動することができた。
重鎧糸、解除! 身に纏った直後に脱ぎ捨ててしまうとは作る手間の割になんとも贅沢な処分だが、言ったようにこれは想定した流れだ。重鎧糸のパージは糸そのものが脱げるのではなく、むしろ装備者である私たちを糸が「吐き出した」と表現したほうが正しい。そうすることで神力の被害から逃れつつ、そしてその場に残ったことで神力に揉まれた重鎧糸はバラバラに解けながらも床に根を張ったままなのでその場に残り──そして攻撃した女神へと絡みついていく!
「これは」
そうだ、私得意の糸繰りの使い方。攻撃からの拘束コンボのアレンジバージョン、防御からの拘束! まさか重鎧糸で同じ手を使ってくるとは女神も思わなかったのだろう。神力での対処が間に合わなかったのかそれとも工夫を認めてわざと拘束されたのかは知らないが、その体中に糸が巻き付いていく。
へへん、どんなもんだい。パージからの拘束という部分だけに注力するなら別に鎧糸みたいな端正な作りにする必要もなかったのだが──吐き出す構造にするには全身を覆えさえすればいいんだから単純にぐるぐるの簀巻きでもいい──それでは露骨に過ぎる、ってことで女神の目を欺くためだけにわざわざ私たちそれぞれの体格に完璧にアジャストした最高の出来の全身鎧を作り上げたのだ。
おかげで、なのかどうかはわからないが、まんまと女神は策に嵌った。あれだけ有利な状況からこんな風にやり返されるとはさすがに想像もつかなかったろう。彼女の身を縛り付ける糸は重鎧糸二人分という圧倒的な量と重量を誇っている。過去に作ってきた網糸や、その発展版である蜘蛛糸とだって比較にならない過去最高の厳重な拘束になっていると言っていい。
そして捕縛完了と同時に降ってくるそれらは、私がどうにかできると信じて神弾の迎撃ではなく女神への攻撃準備を進めてくれていたカザリちゃん&コマレちゃんの協力弾幕! 凝縮された魔力が込められた魔弾たちはそのぶんだけ神力も詰まっていて見るからにヤバい。そんな代物がひとつ残らず女神に向かって殺到、着弾。私の糸の上からゲリラ豪雨みたいな勢いで頭上から降り注いだ。
パージの勢いで離れた私たちにまで衝撃が届くくらいの超連射……! それも、あの魔力の凝縮のさせ方はナゴミちゃんがやる必殺技とよく似ていた。言うなればアレの魔術師バージョンってところか。言うまでもなく通常の魔力集中よりもそれを超えてさらに魔力を集め固めて打つ魔力凝縮は強力だ。シュリトウさんはもっと器用なことも魔力操作でやっていたけど凝縮の度合いだけで見るなら皆して彼を上回っている。きっとここまでの芸当は灰だからこそ可能になっていると思っていい──それが灰としての技能なのか、それとも神力が魔力に加わっていることで段々と相応のものになってきているのか、どちらが理由として大きいのかはともかく。
火力組の火力はどんどん上がっていっている。そして拘束下の女神にあれだけの弾幕が丸ごと命中したのだ。ここまでやればダメージを受けるのは必至。それも今までみたいな単発かつ浅いそれではなくて、もっと大きくて後にも響くようなダメージを──と、そこまで期待するのはとんだ高望みだったようだ。
魔弾の雨がやんで姿が見えた女神は、あの温かくもとんでもない威圧感を振り撒く例の光に全身を包まれた状態で何事もなく立っていた。大きなダメージどころか掠り傷ひとつ、なんなら汚れのひとつだって付着していない真っ新で綺麗なままで、だ。表情も変わらず無。私たちの気合の入った連携にも何も思うところはなしと言わんばかりの無機質な目が、静かにこちらを向いている。
くっそ、これだけうまくやってもてんでダメってか……!? 「今の女神」を相手にはどれだけ必死こいても「今の私たち」程度の必死さでは全然通らないし、通用しない。まことに遺憾ながらどうやらそういうことらしい。
いやこれ、マジでどうすんよ?
「さあ。次はどのような手を見せてくださるのですか」
こっちの気も知らないで──否、知りながらも無視して女神はそんなことを言った。




