390 力、力、力!
神聖な輝き、と認めるのは気分的にものすごくイヤなんだけど、そうと認めるしかないくらいに神々しい光を身に纏った女神が、視るともなくにこちらを見ている。いつものアルカイックスマイルを消した無表情。透明で透徹な印象を受ける初めて見せるその顔がなおのことに今の女神をより女神らしく。お話の中に出てくるような神様らしく──絶対の上位者らしく見せている。
本来なら人の身に及ばない、道具になろうと届くはずもない……崇高なる存在としてそこにいる。
「神域の裾元。そこへ踏み入るためもうひとつ、乗り越えられるか否か。そこに全てが懸かっていますよ」
委縮なのか感動なのか。肌で受け取る神性というものに思わず私たちの誰もが動けずにいる中で厳かに呟かれたその声。それを耳が拾って脳が認識したときにはもう始まっていた。
溢れ出す力、力、力! 女神が放つ神聖さがそのまま形になったような神弾──さっきまでのとは見た目こそ同じでも中身がまるで運泥であるそれが溢れるようにいくつも! そして向かってくる! 私にだけじゃなくシズキちゃんやナゴミちゃん、そして遠く離れているカザリちゃんやコマレちゃんも狙って……!
これをそのまま見送っちゃ私たちはぐちゃぐちゃにされる。そうじゃなくたって逃げ惑ったところでどうにもならない。いくら脅威度が爆上がりしていようが神弾なんぞに怯んではいられない。その奥に控える女神自身こそが段違いの脅威なんだから、まずはもう一度あいつの下に辿り着くことから始めなくちゃいけない。
そのために私がすべきは!
「神奏糸──糸誘い!」
両手の各指から二本ずつ。計二十本の新しい強化糸である神奏糸を伸ばして振るう。以前使っていた重奏糸は何本もの糸を編み込んで一本の太い糸にするというかなり力業な強化の仕方をしていたが、この神奏糸は生み出した最初の一本がそのまま重奏糸さえ超える超強力な糸に仕上がっている。魔力だけでなく神力を骨組みにすることでそれが可能になった。
糸の骨組みってなんぞ、って自分で言っていて思うけどしょうがない。糸を丈夫にするときの私の中のイメージがそうなっているんだもの。ミギちゃんを糸の芯にして硬くさせていたのだって同じようなイメージで実現できていたんだからまあ、これが私にはよく合っているってことだと思う。術式とはイメージ。私は糸繰り以外の魔術は使えないがこれが私なりの術の組み方ってね。
今まで培ってきたノウハウがあるからこそ神奏糸だって編み出してすぐに過不足なく操れている。だからそう、こんなことだってできる──!
「こんなもん全部まとめて! 明後日に飛ばしてやるっ!」
全員を狙って飛んでいこうとする神弾に糸を触れさせ、そして糸に込められた神力を通してその進行先を誘導。私が思い描く通りの進路を取らせて全部を床に落とす。ただ向かう先を変えるだけでは神弾は無力化できない。女神の意思によってかそれとも自動追尾なのか、対象を追いかけやがるからね。なのでこうして別の場所にぶつけて暴発させるようにしないといけないのだ。
手間は手間だが仮に追尾がなくたって再回収とか、いきなり追尾性の付与とか、そういう終わったと思った脅威が復活するような恐れもなくなるからにはこの処理の仕方が一番間違いがなくていいだろう。そして今回は一度に処理する数が数だけにちょっと不安もあったのだがなんとか上手くいった──ひとつ残らず片付けることができた! おかげで所狭しと神弾に占領されていた光景も一気にすっきり。あとは女神だけというさっぱり具合。
絶好の攻め入るチャンス、なんだけど、目の前を見えているそのままに本当にチャンスだと信じ込む呑気ガールなんて私たちの中にはもういない。
「やっぱりね……!」
神弾が弾け散ったその瞬間に、再び同じ数の神弾が出現した。おうおう、そんな気はしてたさ。女神が本番だって言うくらいだ、これくらいのことはしてくるだろうよ。つまりこれは宣言だ。ここから先は「神弾の存在しない時間はない」。何度手を尽くして神弾を全部消し去ろうともそれと同時に、消えた数だけまた生み出し続けると。女神がそう告げたも同然だ。
いやわかっていたよ? こういうこともするだろうって予想していたのは強がりでもなんでもない。けどさぁ、予想してたからってムカつかないわけじゃないんだよなぁ……!
「先の反省を活かし霧散する神力に触れられることのない位置へ落とした。その配慮、そしてそれを叶えた技量は称賛に価しますが……こと現段階に至ってはそれでも尚足りていない。おわかりですね?」
んなことだってわかってんだよ──と、返す余裕もなく発射された神弾を誘導すべく糸を振るう。なんとも忙しないことだ。私の焦りが伝わって皆も迎撃を手伝ってくれようとする気配があったが、反射的に強く否を返す。
これで結局全員がかりで神弾ごときに対応していちゃ意味がない。せっかくローコストで封じ込める手段があるんだからそれだけでどうにかすべきだ。あくまで狙うべきは女神なんだから神弾に当てられるリソースは最低限に抑える──それができるかどうかは私に懸かっている。
やってやるさ、なんとかしてみせる。だから皆には女神だけに集中してほしい。どうか私を信じてくれ、と念じれば。皆からの信頼が返ってくる。ああ、いいなこの感じ。繋がっているって言葉にする以上にすごいことだ。意思疎通の手間が省けて便利ってだけじゃなく、背中まで押してもらえる。限界を超えて振り絞っているパワーへさらなる一押しが加わるのだ。これはもう、成功させなきゃ嘘だ。
絶対に神弾から皆を守ってみせる! 気張ってけ、私!
「糸誘い──大循環!」
「!」
同じ数だけ作り直したということは、神弾が同時に存在できる数には限りがあるってことだ。それはもちろん女神の力不足とか神力の規模不足が原因なんじゃなくて、これもあえての制限。本番とは言いつつも決してあるがままの力を曝け出してはいない女神の最後の配慮なのは間違いなくて──だからこそこの上限が破られることはないと言い切れる。少なくともまた段階が上がったりしない内は今あるだけの個数で固定されるはず。
だったらどうすればいいかはハッキリとしている。神弾への正しい対応は床へ誤爆させることじゃない。誤爆して消えた直後には復活するんだから、封じなくちゃいけないのはそこ。ということで、私は伸ばした糸で全部の神弾に触れてその進行方向を誘導できたところで再操作。糸を指から切り離し、しかして操作権は手放さない。
そうして形作ったのは大きな円。それを複数、頭上に展開したまま維持することでその円の中を神弾がいつまでもぐるぐると回るように仕向ける。さながら天体の軌道図めいたその光景には女神も驚いて──ねえな、一瞬視線を向けただけでもうこっちに向かってきてる!?
「させないよぉ!」
「なごみ」
ビッ、と瞬間移動めいた速さでナゴミちゃんが私と女神の間に割り込んでくる。そして私に向けて伸ばされようとしていた手を蹴っ飛ばして守ってくれた。た、助かった……! 編み出したばかりの糸誘いに造形まで加える(私にとっては)大きな術の使い方をした直後にノータイムで襲われちゃさすがにどうしようもなかった。ナゴミちゃんが来てくれなかったらぶっ飛ばされて最悪気絶、そうでなくとも糸の操作への意識が途切れて術の放棄を余儀なくされていた。そうなると当然、神弾がまとめて復活することになるため元の木阿弥になっていたところだ。
「あなたたちは良いコンビですね」
「!?」
まったくの無表情のままに口では褒めるようなことを言いながら女神の手は止まらなかった。狙いは変わらず、私──!




