389 真なる試練
私の叫びを受けても、女神はそのセリフからも明らかな通り余裕綽々。糸の拘束コンボもそれに合わせた二人の攻撃も彼女の意表を突くことはできていない。全てわかっているし、見えている。あるいは見逃していると言うべきか。
私たちを舐めているんじゃない。これは必要な措置だ。女神は正しく測ろうとしているんだから何もかもを先んじて防いだりしない……癪ではあるが、私たちはそれに甘える他ない。見え透いていようと見切っていようと全てを甘んじて受け入れるその甘さにどっぷりと甘え切るしかない──その上で女神の予想の上を行く! そういう腹積もりで挑む!
まずはこの、二人がかりでの背後からの急襲が通るかどうか。女神も当然神力の壁くらいは展開してくるだろうが、今までもそうだったように彼女の張る壁の厚み? 硬度? は段階に合わせて一定だ。段階さえ上がらなければその時点での硬さは決まっている。なので問題になるのはその一定の防御力を破れるだけの段階にこちらが達しているかどうか。この場合はナゴミちゃんとシズキちゃんが一撃にどれだけ重みを乗せられるかにかかっているわけだが……私はそこを不安視してはいなかった。
だって二人ともこんなに力強い輝きを放っているんだから──これで壁を突破できないわけがない!
「ハアッ!!」
「ヤアっ!!」
ショーちゃんの特性を活かした変形パンチと、シズキちゃんの身体能力が遺憾なく発揮されたスペシャルキックが寸分と違わないタイミングで女神に激突。する直前、案の定にその周辺には神力の壁が出現。後方だけでなく全周に張られたそれが二人の攻撃を防ぐのみならず私と女神の手を繋いでいた糸の拘束まで断ち切ったが、知ったこっちゃない。これさえ決まったなら拘束はその意義を果たした。もしもまた女神を捕まえるにしてもそのときは別の手段を考えればいい。今はとにかく今このときにどれだけのダメージを通せるか、それ次第。
頼む……! と女神と戦いながらまるで神に祈るような気持ちでいる私に示される結果は──大当たり。どちらか一方だけでも充分な成果と言えるところをナゴミちゃんとシズキちゃんは二人ともに神力の壁をぶち破り、女神本体へと一撃を到達させてみせた。
背中から攻撃を受けた女神の身体がぐらりと揺らぐ。カザリちゃんの魔弾に側頭部を撃たれたときと同様の、確かにその身へダメージが入ったことを証明するリアクション。あのときよりも段階が上がっている今となっては同じようなリアクションでもさらに価値は上だ。そしてそれだけじゃない。揺らいだそこへ畳みかけるように魔力渦が女神を捕らえ、さらに壁の破れた箇所を縫うように魔弾が飛び込んでいく。
コマレちゃんとカザリちゃんによる追撃! おそらくは私が単身で飛び出していった瞬間にはもう用意を初めていたと思われるその抜群の追い打ちによって女神はまたしても被弾。二連続のダメージによってついに体が倒れ落ちる──かと思いきや。
「まこと、素晴らしき哉」
倒れかかっていた体がピタリと不自然な挙動で止まり、そのまま直立へと姿勢が戻っていく。まるで倒れる前へ時間が戻っていくかのような動き。気付けばそこには変わらず私たちを睥睨するかのように見下ろす、悠然たる女神がいる。その顔もまた微笑を携えたまま何も変わらない。はずなのに、私はそれを真正面から見てぞっと背筋が粟立つのを感じた。
何かが違う。これまで見せていた笑顔とこれは、何かが根本的に変わっている。
「段階を、上げましょう。そして喜んでください。ここからが最後の試練の本番ですよ」
「なっ──、」
「あなた方はついにそこまで辿り着いたのです。それは、ええ実に、この上なく素晴らしいこと。わたくしも嬉しく思います」
言葉の間にも連続で魔弾が女神を狙う。私たち近接組もそれに触発されて動く。けど女神はますます色濃くなっていく魔力の渦の中にいながら軽やかに動く。一見して緩やかに、けれどその実私たち全員の攻めを封じ込めながら。
さらにその手の軌跡に沿って神力の通り道ができる。これは、神力流し。手動で作られた流れはこれまでに味わったものとは勢いが、いや流れる純度が違った。否応なしにその流れに持っていかれて攻撃を続けるどころではなくなった私たち近接組を、迅速な判断で妨害に意味なしと打ち切って救出に切り替えてくれたらしいコマレちゃんの魔力渦が守る。
流されるままに総崩れになりかけていたところを魔力渦が反対向きに力を加えて支え、それでどうにか持ち堪えることができた。この魔力で作られた疑似的な重力は掛け方によって援護にも使えるらしい。秀逸な技を編み出したものだ。しかし両立が何よりの強みだとすれば今の女神には妨害としてはまったく役に立たないんだから形無しでもある。言わせてもらうが断じてコマレちゃんの術の出来が悪いんじゃない、女神がイカレているだけだ。
コマレちゃんがすごいってことを証明するためにも、そして救ってもらったお礼をするためにも、ここは近接組が踏ん張らなくっちゃいけないだろう。そうすることで私たちももっと「上がっていく」のを目指しつつ女神を足止めし、その間に火力組が新たなる必殺の術を編み出してくれるのを期待する。つまりこれまでと戦い方に変更はなく、それをさらに洗練させていくってだけだ。簡単でいいね、言う分にはさぁ!
「おらおらおらおらおらァッ!!」
立て直すと同時に渾身のラッシュ。ナゴミちゃんもシズキちゃんも同じように、一気呵成に攻めていく。不思議と私たちもギアは上がっているようだ。まだ大きな伸びではないが確かに動きが良くなっているのが自分でもわかる。いつまでも埋まらないどころか離れていくばかりの彼我の実力差に心は重くなっているが反対に体は軽い。手も足もよく出る、よく切れる。過去最高の手応えを実感している──なのに届かない。
三人がかりで手数を押し付けても女神の防御が越えられない。奇妙な感覚だった。女神が段階を引き上げるたびに私たちだって負けじとついていく。上がっていく。それ以上はもう望めないってくらいに毎回毎回駆け上がっているっていうのに、そこでもまだ女神の足元にもならないんだから。いったいどこまで行けば並べる? 対等な戦いになる? なりっこないと、そう感じている。どうしたって追いかけることしかできないとわかっている。なのに拳が空を切り蹴りが受け流されるのが信じられない。絶好調の今が通じないのが本当にムカつく。そうやって苛立つっていうのはつまり、勝てるはずだとどこかで思っているから。
勝機なんてなくていいと吐き捨てながら、でもどこかに勝機を見出しているからだ。見えないし感じもしない、存在していないはずのそれを、けれど私は確かに……この手で掴み取ろうと藻掻いている。足掻いている。これだけ必死になって食らいついていっている。この努力は、そろそろ報われたっていいんじゃないのか!
「報いるは己が律。啓くは己が蒙。その助けとなるようわたくしは与えるばかりです。兆しを得るに足る苦と労を、都度に。そして絶え間なく」
女神の肉体が光を放つ。最初は小さく、私たちの攻撃を捌きながら徐々に大きくなっていったそれがやがて熱を持ち、物理的な圧を持ち、臨界点を越えたそこで強大な力になった。打ち付けた拳の先から熱波のような衝撃が返ってきて殴った私のほうが吹っ飛ばされた。倒れることなく着地するが、そのときにはもう、一気に攻めかかれるような状況ではなかった。
「始めましょう。真なる試練を」
笑みを消した敵としての女神がそこにはいた。




