388 才の如くに
無理ゲー、とは言ったけれど。そもそもチャプター0から何度こんなの無理ゲーだろって思わされたか。だけどそのたびに苦痛も苦難も苦境も、女神が与えるどんな苦も労も乗り越えてきた。乗り越えることができたんだ、私たちは。
どれだけ情けない姿を晒そうと、みっともない泣き顔を見せようと、諦めることだけはしてこなかった。挑み続けてきた。その結果として今がある。最後の試練まで進めたという実績が、確かな戦果がここにあるのだ。
だからやっぱり諦めない。諦められやしない。無理だと心の底から思ってる、勝てっこないって骨の髄から感じてる──でも、それでも前を向く。前へ進む。俯いても躓いても跪いても、すぐに顔を上げて立ち上がる。立ち向かうんだ。その気概だけは常になくしていない。どこにも置いてきたりしていない。
「勝つよ、皆」
誰にともなく呟く。返事はないし、いらない。自分に言い聞かせているわけでもない。思ったそのままを口にしただけ。無理だけど、勝つ。勝てないけど、勝つ。特大の矛盾だがそこに矛盾はない。諦めないっていうのはそういうこと。挑むっていうのはそういうものだ。勝機なんてなくたっていい。ないものを掴み取るのが──私たち勇者。私たち灰。私たち、人間なんだ。
ってことで。
「だっりゃぁあああ!!」
瞬間加速。全解放の出力そのままに一歩目から最高速を叩き出した私の超速踏み込み。あのときのアンラマリーゼさえも超えていると断言できる文句なしの先制攻撃を繰り出した私の顔面を、女神が掴んでいる。ミシリと顔が、いや頭蓋骨が軋む。握力自慢に握られたリンゴに同じ。もう少し力を加えられるだけで簡単にこの頭は潰される、そうと実感が持てる感触で動きが止められる。
織り込み済みだバカヤロウ。
「おや」
べりっ、と剥がれ落ちるそれは糸──顔に巻き付けていた擬態糸だ。私には女神みたいな神力の使い方はできないが、触れられないようにするってだけなら糸でもできる。なので掴まれやすい両手と両足、それから何故かやたらと狙ってくる頭部をこっそりと無色透明にした糸で覆っていたのだ。
糸繰りは魔力をほとんど消費しないコスパのいい術(というか本当の立ち位置は魔力操作の訓練のひとつなんだけど)なので、糸を生み出していても敵に感知されにくい静けさもまた特徴と言えば特徴。そこに性質変更で透明にしてしまえばよほど他者の魔力の動きに敏感だったり、あるいは擬態糸の存在自体を知ってでもいなければこれを事前に見破るのは至難だと言える。
だからこそ今こうして頼ったわけだけど、正直言ってこれが功を奏してくれるかは賭けだった。何故って、擬態糸で騙す対象は他でもない女神なのだ。彼女は私たちの試練の旅路を見ていたはずで、魔族との戦いぶりやそこでどんな術を使ったかだって仔細に渡って把握しているに違いない。つまり擬態糸の存在が露呈している上に、そうでなくとも女神なら糸繰り特有の気配を見せない魔力操作だって普通に見破ってもなんらおかしくない。
とも思っていたので、私の目論見も看破されて擬態糸に覆われていない箇所を狙われるんじゃないか。そしてそうなったときはまたしても床に伸びる無様を晒しかねない……という覚悟も、騙してやるぞっていう意気込みと共に半々くらいの割合で持っていたんだけど。割とあっさり? と言っていいのかどうかはわからないが女神は私の術中に嵌ってくれた。
ならば当初の予定通りに行こうじゃないか。
「おっ、ッらぁあ!!!」
女神の掴みが空振ったその一瞬の隙に、右拳に巻き付けてある擬態糸の性質を変更。最高硬度にまで上げた鎧糸へと様変わりさせ、それで思い切り殴り抜く。最初からどこを掴まれても他の擬態糸でこうするつもりでいたのだ。仮に別の部位を打たれても反撃だけはすると決めてもいたが、さすがに神力やら女神パワーでの打撃やらを受けながら攻撃をし返しても出せる威力はたかが知れているのでそこまでの期待は持てなかったろう。しかし今打ち込んだこの拳は間違いなくベスト。この距離、この刹那に放つ一打としてはこれ以上ないというくらいに極まったものになった──の、だが。
「あなたの戦い方は面白い。ですが今のは決して最適のそれではありません。目論見の成功にあなた自身が多少なり驚いたことで、打ち込みが最速になっていませんよ」
ピンと品良く指先が揃えられた手で打撃を受け止めながら女神がそう言った。っく、痛いところを突いてくんじゃん。確かに自覚もあった。半々の覚悟、なんて言ったけどぶっちゃけ八割くらい、あるいはそれ以上の確率で擬態糸は見破られていると思っていた。もっと正確に言うなら「恐れていた」。戦々恐々の心を意気込みで覆して果敢に挑んで、それがまんまと成功したことで自分自身でビックリした。そのせいで、パンチスピードはともかくとして打ち出しの始めが僅かに遅れたのは間違いない。
遅延は刹那にさえ満たないごく僅かのものではあるけど、たったそれだけの遅れでも致命的。そういう失策を女神は許さない。あるいは私が本当に最高最速での反撃を実現させられていたなら──欺瞞なくベストの拳を放てていたなら、女神はそれを黙って食らったのかもしれない。私を見つめる指導者然とした彼女の瞳がそう思わせる。そして気付いた。
そうだ、擬態糸もやはりあえてなんだ。あえて女神は私の創意工夫の味を確かめるべくそのまま受け入れている。策や手立てを成立前に潰そう潰そうと躍起になることなんてない。それをしているのは私たちのほうであって、女神はまったくその正反対。むしろ策や手立てに嵌ろう嵌ろうとそっちに躍起になっている節がある。
わざと見抜かないように観察を怠っているのか、それとも仕掛けを見抜いた上で踏み抜いているのかは知らないが。考えてみれば私たちの連携や、女神の技を参考にしている(と思う)コマレちゃんの新技や、カザリちゃんの大火力魔弾だって、まさか女神が見切れないわけもない。その気になればそれが決まる前に無力化させることなんて容易いはず。
それは擬態糸だって同様で、なのに女神は引っ掛かった。彼女からすれば引っ掛かりようのない見え透いた罠なのにそうなった、ってことは──それこそが私たちの付け入るべき正真正銘の隙。攻防上に浮かび上がる間隙などではなく女神のその「受け入れる」スタンスこそが狙いどころ……!
だからこれだって女神は無闇に潰そうとはしないはず!
「ふふ──ええ、はるこ。それも受け入れましょう。あなたの才の如くに、それを与えたわたくしもまた」
受け止められた私の拳。そこに巻かれた鎧糸がはらりと解け、瞬時に女神の手を巻き込んで巻き直される。これで私と女神の腕と腕が繋がった。手錠で結ばれてのチェーンデスマッチならぬストリングデスマッチ状態だ。ただし一対一で行われる本来の死闘・決闘とは違い、私は一人じゃない。女神の片腕共々自分の片腕まで封印したってなんら惜しくない。どころか収支で言うなら大幅プラスだ!
「今だ! お願い!」
得意としている攻撃から拘束に移行する糸のコンボが決まった瞬間に私はそう叫んだが、叫ぶまでもなく以心伝心。そのときにはもう女神の背後を取ってシズキちゃんとナゴミちゃんが攻めかかるところだった。
シズキちゃんの拳にショーちゃんを介したメタリックな神力の輝きが灯る。ナゴミちゃんの足に活力に漲った神力が凝縮される。そしてそのふたつは同時に女神へと炸裂した。




