387 想定をまたひとつ
当たった。だけじゃない、突き刺さった!
流れ星みたいな魔力の光線。私が功魔の腕輪で散々お世話になったカザリちゃんの闇魔力のレーザーみたいな……ただの魔力の放出でしかなかったあれとは違って術として洗練された、威力も速度も桁違いの一撃。それが女神の頭に突き立った……!
今のは女神であっても避けることも防ぐこともできなかったか。コマレちゃんの新技に両腕だけをピンポイントに抑えられて──範囲が限られたぶんだけかかる重力はもっと強まっていると見た──しかも目の前に私たちがいる状況ともなれば、そうもなるか。少なくとも現時点での女神には対処できないだけの攻撃を仕掛けられたってことだ。
となれば、何が起きるか。
次なる段階への移行だ。
「想定をまたひとつ。超えてくれましたね」
頭ん中に魔弾、いや魔砲か? なんにせよカザリちゃんの術がぶち込まれたようにしか見えなかったが女神は僅かに傾いだだけの上体をなんともないように戻し、腕にかかったままの重力も簡単に振りほどいてしまう。そのこめかみには、ついでにさっき焦げた掌やシズキちゃんに打たれた頬にも、攻撃を受けたことを証明するような痕なんて残っておらず。どこを取っても綺麗な姿を女神は見せていた。そして厳かな笑みのままでそこに佇んで──。
消えた。
「ッ!」
回り込まれた。そう悟って考えるより先に振り向きざまに殴りかかるが、もう横にいる。脇腹に手が触れている。全解放の神力を防御に使うことを意識。手の置かれている部分を厚く守るように、なんならそこだけに全てを注ぎ込むつもりでイメージが成ったと同時、想像に過たず強烈な衝撃がその位置から発生。運良く、というか意地で間に合わせた「あり合わせの防御」の上からそんなものどうしたとばかりに腹立たしいほどの威力が荒れ狂う。
だがそれ以上に私こそが荒れ狂っている。神力をさらに、もっと引き上げる。たった今限界を超えたばかりだが怒りを燃料にその上へ、先へ、前へ! 必死こいて踏ん張ることで強引に体をその場に留めた私は女神へ反撃を繰り出すが、いたはずのそこに彼女はもういない。拳が空を切り、気配を辿って即座に飛び退く。目の前で女神の白過ぎるほどに白い手がある。誘導された。飛び退いた先にもう先回りされていた。
っざけんな、と怒りがボルテージを上げる。感覚が鋭敏になっていく。
「ハルっちからぁ!」
「離れて、ください!}
女神の指先が私に触るよりも先にナゴミちゃんとシズキちゃんがそれを阻止せんと仕掛ける。私を庇おうと形振り構わない飛び込み方をしてくる二人を女神も無視はできなかったようで、行動を中断して彼女たちの拳を受け止めた。ナゴミちゃんもシズキちゃんも平均的なパワーは私を凌駕している。得意の蹴りくらいかな、私が彼女たちに並べるのは。であるからには女神だって常に神力の壁任せとはいかず、しっかりと守る必要があるということだ。段階を上げたばかりの女神にも通用する二人の拳が仲間として誇らしいような悔しいような。
けれど女神には壁だけでなくもっと優れた、私たちからすればクソ面倒極まりない防御法もある。神力流しだ。こうやって自身の手で直接防ぐのは彼女にとっては遊びのようなものであり……それこそ戦いにあそびを持たせているだけに過ぎないんだってことは、とっくにわかっている。
だからほら、すぐにも。こうしてナゴミちゃんとシズキちゃんが勢いに乗っていて、密な連撃ができていて。しかもそこにカザリちゃんの魔弾とコマレちゃんの魔力渦が加勢しようとすれば──来た。魔力流し。の、前兆!
「そこぉッ!」
「!」
立ち昇ろうとする神力、その出だしの気配を感度ビンビンの肌で感じ取った私は動く。溜めていた力を一気に解放して、弦に弾かれて飛ぶ矢の如く。すぐにナゴミちゃんたちを手伝おうとしなかったのはこれを待っていたからだ。皆の攻めが一定の質あるいは物量に達したときに女神がたったの一手でそれらをまとめて台無しにする手段。即ち神力流しに頼ろうとするその瞬間を狙い撃つため、すぐにも攻撃に参加したいところをぐっと我慢していたのだ。
その甲斐もあって、神力が流れを生み出すよりも早くその内側へと踏み入ることができた私の突き出した拳。速射を意識したジャブに女神は僅かに、だけど確かに目を見開いている。
行ける。
と、思ったけど。
「ああっ、もう! これでもかい! やんなっちゃうな!」
「いいえはるこ、今のはとても良かった。そう落ち込むことはありませんよ」
神力流しに入ろうとしていたのをキャンセル。そして即時の変更で私の打撃を神力の壁で止めてみせた女神はそんなことを言うが、馬鹿たれだわ。こちとら自分を卑下してんじゃないやい──いやその気持ちも若干とはいえあるけど、それより何よりあんたの理不尽なまでの「上がり方」に文句を付けてんだっての!
ますます腹立たしいが、まあいい。最良の結果こそ得られなかったものの最低限の目的、つまり神力流しで全部おじゃんにされる展開を防ぐっていうのは果たせた。おかげで女神は魔力渦による高重力で四肢を捕らわれ、そこにカザリちゃんの魔弾が真上から、左右からはナゴミちゃんとシズキちゃんが迫っている。当然に私も一発止められたからって攻撃の手を緩めたりはしない。もう次なる一打を放っている。
「食らえッ、女神!」
五人全員での同時攻撃! 壁では受け止めきれず、流しはもうタイミング的に間に合わない。コンマ一秒と経たずに私たちの全力が命中する。仮にその内のどれかは重点的な神力や腕での防御で受け止められたとしても他は全部威力そのままに当たる──そう確信していたのは私だけではなく、私たち皆に共有された感覚だったはずだが。
「──ッ!!?」
またしても拳が空を切った。だけでなく、眼前にいたはずの女神を見失ったことで一瞬だけ思考が真っ白になった。魔弾が落ちて床で弾け、まだそこに残っている魔力渦が所在なく蠢いている中で、何が起きたか理解に遅れる私たちを嘲笑うかのように声が聞こえた。
「既にお見せせしたでしょう。神力を付与することで強制的に転移させる。他者にそれが行えるならば当然に、わたくし自身にも同様のことが可能。そうは考えなかったのですか?」
聴覚を頼りに向きを変えて皆で身構える。少し離れたところに立つ女神は悠々たる態度で、懸命に戦意をぶつける私たちのそれを虚仮脅しとさえ認識していないみたいだった。
ぐっ、と唇を噛み締める。やはりムカつくが、しかし女神の言う通りだ。今のはさっきみたいな超速で動いての回り込みじゃなく、確実に動いていなかった。女神自身はまったくの無動作で移動した……つまりは空間を越えたのだ。
そして女神の言う通り、神力を作用させることで私たちの位置を自在に変えられるのなら本人もまた同じことができると想定して然るべきだった。それを怠っていた、というかまったく発想になかったのは言い訳のしようもなく考察不足。まだまだ神力を活用するということにも、その遥かな先達である女神のことも、遠く理解が及んでいないっていう証明に他ならない。
おかげで絶好のチャンスを不意にしてしまった。がしかし、こんなのどうすればいいっていうんだ。神力流しをさせないようにするだけでも一苦労だっていうのに、それより防ぎにくい転移までやらせないようにしないといけないっていうの? そんなの理不尽通り越してもはや無理ゲーだろ。
……なんて愚痴ってもどうしようもないんだよね、ハイハイ。わかってますってそんなことは。
ため息を吐きながらも構えたまま、お次はどう攻め込むべきかを私は自然と考えていた。




