380 糸で操る
普段見慣れているサイズの魔弾とは大きさが違い過ぎて遠近感が狂いそうになるが、それでもその神版の魔弾、言わば神弾がとんでもない──ある程度の追尾加速を終えた螺旋魔弾と同等の──速度で迫ってきていることはわかった。これは食らっちゃいけないものだ。そう体が訴えた私はその本能的とも言える恐怖に従ってステップインステップ。微妙にズレて訪れる二発の神弾が単純にこちらに真っ直ぐ突っ込んできているだけなのを確認し、ならばと神弾同士がぶつかり合うようにと立ち位置を変えて誘導する。
この間、おそらく一秒ちょっと。どんなに長く見積もっても二秒には満たないであろう限られた刹那でこれだけ冷静に対処できた自分を褒めてあげたい。眼前で衝突し相殺されて消えていく神弾を見ながらそう汗を拭いつつ、皆はどうなったかと視線を巡らせる。女神は十発の神弾を発射して一人あたり二発ずつで攻撃していた。つまり皆も私と同様の状況に陥っていたはずだが──。
「おお」
見た限り全員無事だ。自分のことで精一杯で対処するその瞬間こそ見られていないが、食らっていれば誰であっても無事じゃ済まない。そう確信できるだけの脅威が神弾にはあっただけに、皆して五体満足で立っているからには一人も直接的な被害は受けなかったってことだろう。私は過集中による時間感覚の引き延ばしがあって、そして速まる思考についていけるだけの神力強化を果たせているからなんとかなったけど、いったい皆はどんな風に凌いだんだろう。気にはなるけど、気にしてはいられない。
何故ならもう女神の周囲には新たに十発の神弾が再浮上しているんだから。
「第二射、よろしいですね?」
よろしいわけがない。あれだけ巨大な弾をあれだけの速度でポンポンと撃たれ続けては、それ自体に対処こそできてもそれ以上のことが何もできずにジリ貧だ。いずれは体力が尽きてまともに食らってしまうだろう。それに、たぶんだがそのときを待たずして私たちがある程度の回数を凌いだ時点で女神は神弾の脅威をもっと引き上げる。弾数を増やすか、速度を上げるか、サイズを大きくするか。どういった手段にせよ確実に女神はそうする。それを呑気に待ってなんていられない。いずれ必ず訪れる破滅の前になんとかして状況を打開する必要がある。
そしてそれは今がいい。まだ新たな攻撃が始まったばかりの今。小手調べと思われる二度目がまだ実行に移されていない今が、この先にはやってこない最大の反撃のチャンス!
「おぉおっ!!」
再加速。コマレちゃんの包囲魔弾、カザリちゃんの螺旋魔弾の炸裂を邪魔しないよう止めていた足を再び回転させて、身体をトップスピードへ持っていく。神弾が発射されるよりも早く距離を潰して攻める! それ以外にはない、と考えたんだけど。
「どっ──は?」
まだ少し離れているが最高速に入った瞬間に跳躍し、そのまま飛び蹴りでぶつかっていこうとしたところ、気付けば目の前には同じように攻撃モーションに入っているナゴミちゃんがいた。向こうも目をぱちくりとさせていて困惑が見える。意味がまるでわからない、けど、お互いにもう攻撃は止められない。止まってはくれない──なら!
「「ッ……!」」
意思疎通は叶った。私はナゴミちゃんのパンチに向けて蹴りを、ナゴミちゃんも私の蹴り足へとパンチを向けてくれた。双方の最高がぶつかり合い、メキメキと押し合ったあとにふたつの力が弾け飛ぶ。けれどこれは狙い取りだ、下手に無防備な箇所へカウンターで貰うよりも攻撃同士を衝突させたほうがいいと咄嗟に二人で判断して迎撃したのだ。
攻撃そのものは止められなかったが威力はいくらか弱めることができたし、真っ直ぐ蹴りと拳を合わせることもできた。おかげで私もナゴミちゃんも無事だ。まあ、いくら多少は加減されているとはいえナゴミちゃんのヤバいパンチを迎え撃った私の右足はジンジンしちゃってるけども。だがクロスカウンターでお互いに沈むのに比べればこんなのは被害ゼロと言ってもいい。
「来るよハルっち!」
「あーもう、容赦のない!」
うまく同士討ちを避けられた、と安堵するする間もなく飛来する四つの神弾。私とナゴミちゃんが固まっていることで二人分のそれが迫ってきている。しかも一射目よりも心なしか速度が上がっているような気までするぞ。まだ自分の身に何が起きたのかわからず混乱しているところだってのに遠慮なく攻め立ててくれやがって……!
並んで向かってくる四発はその内のどれが私を狙う二発なのかわからない上におそらくスピードアップもしているものだからさっきみたいに弾と弾を激突させて相殺する作戦は使えそうにない。ナゴミちゃんは私の前に出ながら構えを取っていて、どうやら全部まとめて殴り飛ばそうとしているようだけど──一射目の二発はそうやって防いだんだろうけど、それが四発相手でもできるのかどうかは不明。それにできたとしても私の分までまとめて面倒を見てもらうのは申し訳ない。
いくら彼女のパンチが凄いからって、神弾を殴ってぶっ壊すのには少なからず負担もかかるだろう。ナゴミちゃんの拳は是非とも女神本人に炸裂させてほしい。無駄な消耗をさせないためにもここは私がなんとかするべきだろう。
「糸繰り」
ナゴミちゃんの肩に手を置いて制止しながらもう一方の手で糸を編む。実のところ、チャプター10では糸繰りの使用が禁じられていたので私は自分でも現在の糸の性能を把握できていない。こうして満を持した感じで糸繰りを解禁しているわけだが、これで神弾をどうにかできるという明確な根拠なんてどこにもありはしない……のだけど、魔力強化の神力版である神力強化を会得して私の灰としての段階は著しく上がっており、それが私の技能である糸繰りにも多分の影響を及ぼしているのは確かめるまでもなく間違いのないことだ。
根拠こそなくても、自信はあった。今の私の糸なら、これまでにはできなかったこともできると──もっと自由になっていると、私の心の師であるアステリアさん。バロッサさんの師匠でもあったという糸繰りの大先輩が、私とひとつになった「アステリアリング」を通して教えてくれている気がした。
「操糸」
瞬時に編み込んで太く強靭に仕上げた糸を合計四本。神弾と同じ数だけ伸ばし、そして一本ずつそっと触れさせて──流す。すると神弾はレールの上を走る列車の如くに糸に沿って動く。それを確認した私はくいと全ての糸を捻じり上げて神弾の行き先を大きく変えさせ、その全てを私たちから逸らして床へとぶつけてやった。四つの神力の塊が私たちの周辺で散っていく。
「わぁ、ハルっちすごい!」
「へへ、予想以上に上手くいっちゃった」
やったのは元から活用してきた糸技である縛り投げの要領で、そこに女神がやっていた神力の流れで掻き乱したり受け流したりするあのやり方を自分なりの解釈で加えたものだ。糸を操る、のではなく、糸で操る。なので単純明快に「操糸」の名を付けた。まさかここまで狙い通りに神弾を誘導できるとは思ってもみなかったが、嬉しい誤算といったところか。私の糸はどうやら私が思う以上に神力によってより強くより便利なものになってくれているらしい──あっ?
確かな手応えを感じつつナゴミちゃんからの称賛に照れていれば、そのご機嫌を吹き飛ばすように一変。またしても状況が様変わりし、今度は私の目と鼻の先に女神が立っていた。
いやちょっと待て、これマジで何がどうなって。
「っぐぅ!?」
悩む間もなく突き出された女神の掌打を食らい、その痛みに私は呻いた。




