379 最後の試練の始まり
世界がスローになっていた。過集中が私の意識を引き延ばし、時間の経過を緩やかにする。
シズキちゃんは攻撃態勢に入っている。私たちが吹き飛ばされたのを受けてその隙に攻めようとしたんだろうけど、彼女の殴り方は技術も何もないテレフォンパンチ。新ショーちゃんと一体化して得たパワーが凄まじいだけに技術なんてなくても立派な武器になっている、が、それが活きるのは私やナゴミちゃんとの連携ありきだ。彼女のパワーが炸裂するように私たちが引き立て役になって初めて武器らしい武器になる。
シズキちゃん単体では力不足だ、なんて言うつもりはないけど、女神からすれば彼女との一対一には何も怖さなんて感じないだろう。実際に女神の手は既にシズキちゃんに向けられていて、その手で直に触れるにしろ神力を使うにしろ確実にシズキちゃんの攻撃よりも早く決まる。そう察して行動を変えられるくらいの器用さがシズキちゃんにあったならまた話も変わってくるが、言ったように彼女には格闘の技術なんてないのだ。一手の合間に中断や変更を間に合わせるなんて芸当は到底不可能。
となれば私かナゴミちゃんがシズキちゃんを守らなければならないわけだが──遅延された認識がそれもまた間に合わないと訴えている。
私はもうすぐ(直進しかできない例の)トップスピードに乗るが、乗ったときにはもう女神の魔の手がシズキちゃんに触れているだろう。向かい側ではナゴミちゃんも懸命に全速力を出している。彼女は私のトップスピードに近い速度を安定して出せるチーム切ってのスピードスターだが、それでも一歩及ばない。女神を叩くにせよシズキちゃんを庇うにせよ私たちがあの場に辿り着く頃にはもう手遅れになっている。過集中によってそれが克明にわかってしまっているのが、今ばかりは憎らしかった。
仲間一人も助けられないんじゃどれだけ走るのが速かろうが思考が加速しようが、そんなのなんの意味もないじゃないか……!
「拡充魔力法・包囲魔弾」
絶望を噛み締めたそのとき、聞こえたそれは耳が拾ったものか心で通じたものか。焦りしかない私の胸中とは反対に落ち着き払ったコマレちゃんの声がしたかと思えば、気付けば眼前の光景に変化があった。
「!!」
女神とシズキちゃんがいるその空間にいつの間にか大量の魔弾があった。奇妙なことに、出現したというよりも元からそこに配置されていたとしか思えない自然さ、何も感じさせない静けさでそれらは完全に女神を取り囲んでいた。そして囲んでいるからには、次にどうなるかは言うまでもなく。
「速射」
魔力の放つ光が尾を引く速度で動き出した魔弾の進路は当然、女神を目指している。シズキちゃんにだけは当たらない角度でまったく隙間なしの全周から迫ってくる包囲魔弾は、けれど的確に当たる順番と威力差が計算されているようで、それは明確にダメージ以上にシズキちゃんから女神を引き剥がすことを目的とした撃ち方だった。
とはいえダメージを与えられるならしこたまに与えようという魂胆も見える。間違いなくコマレちゃんの本気。チャプター10で得た新たな力を惜しみなく詰め込んだ新技術にして新魔術──でさえも、退避行動を取りつつ神力の流れを作ることで女神は一発の被弾さえなくやり過ごしてみせたが。
新魔術の脅威はまだ終わっていない。何せ火力組はコマレちゃんだけじゃなくもう一人いるんだから。
「殲滅明暗螺旋魔弾──発射」
駆け抜けていったのは白と黒が螺旋状に絡み合った、極度の魔力が収束されている魔弾。コマレちゃんの包囲魔弾にも劣らない弾速で瞬きの間に迫ったそれを、女神は慌てず騒がず追加で退くことで躱したが、目標を通り過ぎた魔弾が急激に進行方向を変えて再び女神を狙う。しかもその速度は女神が躱す前よりも僅かに速い!
「ほう」
女神はあの滑るような──つまり足捌きの追えない──独特な挙動で魔弾から逃れていくが、避けても避けても魔弾は彼女を追い続ける。しかもどういう仕組みか弾道が曲がるたびに速度を上げ続けていく。命中するまで絶対に止まらない魔弾? しかもいざ当たればあの渦を巻く見かけ通りに恐ろしいまでの貫通力で確実に重傷を与えるのだろう。す、すごい術だ。コマレちゃんの包囲魔弾といい二人とも火力というか殺意がヤバい。こんなのやられたら私なんかはどうすればいいのかさっぱりだ。
けれど、当たり前ながら女神の対応力は私のそれと比べるべくもない。ああやって回避しているのも打つ手がないからではなく、魔弾の追尾&加速の特性がどの程度のものかじっくりと見定めているんだ。崩れない微笑がその余裕を物語っている。本当に逃げ惑っているならああも冷静ではいられないし、そもそもとっくに魔弾に追いつかれている。そうならないのは魔弾の加速に合わせて女神も少しずつ、けれど決して追いつかれないように速度を上げているからだ。
「第二射! 速射!」
その見せつけるような余裕を油断にしてみせる。そういう気概を感じさせるコマレちゃんの魔力──神力を取り込んで以前とは見違えるそれが、再び女神を中心としていくつも展開される。やはり出現の瞬間が認識できない! そしてそこにあると気付いたそのときにはもう撃ち出されている……!
これまたどういう仕組みなのかまるでわからないが、なんにせよコマレちゃんの新術は標的を囲うことに特化しており、カザリちゃんのは追うことに特化していると思っておけばいいだろう。どちらも「逃がさない」こと。目標へとにかく「当てる」ことを強く意識した術を開発していた。その共通点から彼女たちがチャプター10での戦いで何を課題と感じたのかもなんとなくわかるが、そこからお出しされたこれは、そしてこれらの組み合わせによる厄介さは女神の予想だって超えているんだろう。
包囲魔弾によって螺旋魔弾からの逃げ場をなくした女神の微笑が、少しだけ深まった。
「上出来ですね」
パチンと。女神が指を鳴らして、あたかもそれで弾けたみたいに神力が拡散。それに接触した螺旋魔弾と包囲魔弾は霧散して消えてしまった。な、なんだと? 広がった神力の規模は大したものじゃなかった。感覚的には壁や流れを作り出していたのと同程度。おそらくそれをそのまま転用しただけだろうに、たったそれだけの神力でカザリちゃんとコマレちゃんの本気をどうにかしてしまえるのか。
壁では守りきれず、流れでも逸らしきれない。二人の新術の組み合わせには女神を追い詰めるための工夫があって、実際それに足るだけの性能はあったと思う。けれど、それに合わせて女神のほうもちょっと技を凝らすだけで神力の規模を変えずとも対応可能である。という事実は私たちを愕然とさせた──が、一瞬誰も動けない空白が生まれるほどの芸当を見せつけておきながら、女神だけはとても満足気な雰囲気で。
「現段階としては、申し分なし。これなら更に引き上げても良さそうですね」
などと恐ろしいことを口にして、そして有言実行。その身から放たれる神力が増した。彼女の持つ本来の神格のレベルにまた少し、近づいた。包丁からいよいよ武器と呼べる短刀に持ち替えたくらいには感じられる変化だ。
こいつはいよいよマズい領域に入ってきたか……!?
「ええ。ここからが最後の試練の始まりになりましょう」
女神の周囲に、コマレちゃんのものではなく女神の生み出した魔弾──否、神弾が浮かび上がる。その大きさたるや、どれも直径が私の背丈くらいはある。その現状を飲み込むよりも先に二発の神弾がこちらに向かってきていた。




