377 エクステンド・ショーちゃん
肌を突き刺すような力の気配。それだけで痛みさえ与えてくる尋常ならざる圧力を前にして、足が止まってしまう。攻める気概をなくしたわけじゃない。怯え竦んでいるわけでもない。冷や汗こそ流れても心はまだ熱く燃えたままだ。女神にぶちかましてやりたいっていう欲はちっとも衰えちゃいない。
なのに、それでも前に出られない。すぐには攻撃を再開できないだけの物理的な圧が私の体を抑えつけている。女神を挟んで反対側ではナゴミちゃんも険しい顔をしながら動けずにいる。魔闘士としての素質の差もあって、灰としても私以上の身体強化を果たしているはずの彼女ですら二の足を踏まされる途方もない神力。しかしこれでも女神の持つ神格からすれば「小さすぎる」ってんだから堪らない。
確かに武器を持ち替えた。もっと大きくて強力なものになったのは間違いないが、精々が果物ナイフが小振りな包丁に変わったくらいの変化だ。そりゃあ殺傷力は上がっているだろうが、所詮は料理道具。本物の武器とは比べ物にならない。女神はまだまだそれくらい神力を控え目にしか使っていない──けれど、その程度でさえもこのザマだ。
戦いながら成長している私たちをさらに突き放す女神の迫力! 存在感! 寒気すら覚えるそれらにどう対抗したものかわからない。今はまだなすすべもない。……だけど今は、だ。まだどうにもできないってんならどうにかできるくらいにまで成長すればいい。もっと強くなればいい。それができなきゃどうせこの戦いは終わらないんだから、どれだけ女神が強かろうが圧倒的だろうが。ただ思いっきり挑んでいくだけだ……!
「ぉおおおっ!!」
自分を奮い立たせるための叫びを上げて突っ込んでいく。近づくだけで神力からの圧が各段に増し、滝に打たれるような重みを全身に受けながらも、なんのこれしきと無理やり前に進む。向こう側ではナゴミちゃんも私に合わせてくれている。二人で挟み込んで攻める。この基本スタイルは変えない。さっき以上に軽くあしらわれるのは目に見えているが構わない。そうやって少しでもこっちに気を取らせて、カザリちゃんたちの火力が通りやすいようにする。私たちが果たすべき役割はそれだ。
この戦法を続けながら成長を果たす。今の女神にも通用するレベルにまで持っていく。そうするとまた女神は神力のレベルを上げて突き放すんだろうが、それを繰り返していけばいつかは私たちも女神に膝を付かせるくらいにはなれる──。
「いけませんね」
はずだ、と意気込みながら放った打撃は、けれど予想とは違って神力に阻まれることなく突き進んで、そしてパシリと。女神の手によって手首を掴まれて止められた。
「同じことの繰り返し。反復が必要になる訓練もありますが、この訓練においてわたくしはそれを歓迎いたしません。自ずと位階が上がるのを『待つ』ようでは真の灰とは成り得ない──わたくしが世界を託するしもべ足り得ないと知ることです」
成長待ち。そのための時間稼ぎの戦い方、決まった役割の分担だけに勤める最も安パイな戦法を、女神は認めてくれないようだ。それは灰らしくない。灰らしい灰を目指す訓練の内容として相応しくないとご不満みたいだった。そうと理解した瞬間にはもう私はナゴミちゃんと一緒に振り回されていて、迫ってきている魔弾に向けられていた。
咄嗟に当たらないようにしようとしてくれたんだろう。魔弾は軌道を変える素振りを見せたが、それすら読んでいたように女神はあっさりと対応して私たちを道具として全部の魔弾を叩き落としてしまった。ガハッ、と体内の空気ごと苦悶の声が漏れる。こ、このやろう。神力だけじゃなくまさか私たちを武器にしやがるとは……! まったく力が込められているようには思えない軽い握り方でこうも軽々と、なんの抵抗もできないくらいに強くぶん回してくれやがって。
被弾の痛みと強烈なGに視界が眩みながらもなんとか反撃しよう、としたところで放り投げられる。それも床とほぼ水平に、強烈な勢いで。水切りで川の上を跳ねる石ころみたいに何度もバウンドした私たちは、その途中で無理矢理に体を起こして立ち上がりながら停止。サッと身構えたが。
「遅い」
「「!」」
カザリちゃんたちがいる方向とは反対側に投げ飛ばされたそこに、既に女神がいた。構える私たちの間に立つ彼女へ二人して振り返りながら拳を叩き込んだが、空振り。滑るような動きで打撃の合間を抜けた女神にまたも腕を掴まれ、床に引き倒されるように投げられる。ドゴッと背中から打ち付けられて今度は声も出ない。ただ痺れを伴う激痛に悶絶するばかりだ。
チカチカと光るのは意識が飛びかけている証かと思ったが、違う。もう火力組からの援護が来たんだ。倒れている私たちの上を魔弾が通り過ぎていく。が、数を頼みにしたと思しきその大群の殺到を女神は事も無げに打ち落としている。私が同じことをしようとすれば魔弾の数と同じだけの拳打で応戦し、けれど全部は落とせずにその内押し負けるだろうが、女神だとそうはならない。ただ緩やかに腕を動かしてそこにある神力を掻き混ぜるようにするだけ。それだけで押し寄せる大量の魔弾の全てをその流れに乗せて霧散させていっている。
でたらめだ、本当に。攻撃や防御はもちろん、これも神力を用いていると思しき高速の移動も、全部が全部次元違い。同じくその全てを高い水準で取り揃えているナゴミちゃんでさえも少しも追いつけないほどの、圧倒的なんて言葉では到底表せない高次に女神はいる。そこはあまりに高度過ぎてどれだけ見上げようと目に収まらないような高みだ。それでいて女神は本来いるべき高みから何段も、下手をすれば何十、何百段も下りてきているっていうんだから笑い話にもならない。
「くそったれめ」
震える足に喝を入れながら立ち上がり、みっともなく顎から垂れ落ちる汗もよだれもまとめてぐいと拭う。ナゴミちゃんもキツそうにしながらも立っている。怒涛の魔弾連射はまだやんでいない。相も変わらずその全部が蹴散らされてはいるものの、おかげで私たちが立ち直るだけの時間は貰えた。数任せの魔弾はそのための援護攻撃だ。
助けてもらったぶん、次は私たちが火力組の助けにならないと。そう思って構えを取る私たちにかかる声。
「ハルコさん、ナゴミさん」
「! シズっち」
「なんでこっちに?」
火力組であるはずのシズキちゃんが近接組である私たちの下にやってきていた。そういえばさっきまでと違って今撃たれている魔弾にはプラチナショーちゃんが使われていない。纏わせたり核にしたりする暇を惜しんで私たちと合流した、ということだろうけど、その目的がいまいち読めずに首を傾げた。
そこに伝わってくる、シズキちゃんの意志。カザリちゃんやコマレちゃんともちゃんと「意志を伝えあって」決めたらしいその選択を、彼女はもう伝わっていることを理解しながらもあえて自らの口で宣言した。
「わたしも、手伝います。ショーちゃんと一緒に」
プラチナ色のショーちゃん──究極と名付けられた新形態の異能力が、シズキちゃんの体中を覆っていく。そして彼女の姿がガラリと変わる。手足と共に背が伸びて、体格もしっかりして、ボディラインもしっかりと出て。例えるなら……小学生にも見間違えられる外見をしているシズキちゃんが、本来の中学生を飛び越えて高校生くらいになったような。肉体的な成長を遂げたような出で立ちになった。
これは、まるで擬態と一体化で私の右足代わりになってくれていたミギちゃんみたいな。それをもっと進化させたものか──。
「エクステンド・ショーちゃん」
そう呟いたシズキちゃんは、声音までその見た目に似合った涼やかで落ち着いたものになっていた。




