376 私はこれでいい
女神はやると言ったらやる人……いや神で、そこには嘘がない。良くも悪くも彼女は嘘で私たちを騙したりしない。だから彼女が「いつまでも」と言ったらそれは「いつまでも」なのだ。比喩でもなければ私たちに発破をかけるための大袈裟な物言いでもない。女神の手か膝を、床に付かせる。提示されたその目標が達成できなければ永遠に……私たちは「いつまでも」この戦いから抜け出せない。
「──手とか膝とかショボいこと言ってないでさ」
「!」
「全身で横になれるよう! 寝かしつけてやんよ!」
飛び込む。ナゴミちゃんと息を合わせて肉迫。その隙間からいくつもの魔弾が私たちをサポートするように女神に襲いかかって、それがまとめて散らされた瞬間に打ち込む。さっき以上の威力で、さっき以上の想いを込めて。もちろんさっきはさっきで全力だった。だけど今の全力はそれを超えている。超えていけると信じて攻め込んでいく……!
神力と神力の激突。私とナゴミちゃんが絞り出して一撃に懸けているそれを、穏やかにさえ感じる静かな神力の流れがさらりと攫っていく。威力が威力として完成される前に明後日のほうへ散らされて掻き乱される。これもまた女神の超技術。私たちでは逆立ちしたって真似のできない神力の使い方。
壁で塞き止める以外にこういう防ぎ方もあるらしい。私たちの本気を超えた本気はまったく通用していない──が、だからどうした。通用しないなら通用するまでやってやる。こちとらチャプター0から始まりここまでずっとその調子でやってきたんだ!
構わず何度も攻撃を仕掛けていく。正直言って腹が立っていた。女神のやり方にも、それに対して勝てる気がしないと認めてしまった自分にも。そりゃあ、世界を守るっていう重大事を成し遂げるためなんだから女神の試練がとんでもない難度になるのは仕方ないことだし、そのとんでもない難度を前に弱気が顔を覗かせるのだって仕方ないことだろう。どっちも「悪いこと」じゃない。腹を立てたってしょうがない、大人しく受け入れるしかないこと。
そんなのわかってる。私だってもう灰についても神力についてもそれなりに知って、さらにその上を目指している身だ。怯んだり竦んだりしない。そう決めたからって本当にその通りにできるとは限らず、むしろ、怯もうが竦もうがそれでも前に進めるか。挑んでいけるかが大事だとさえ思っている。だから女神にも自分にもこんな怒りを向けるのは筋違いであると、それもよくわかっている──でも、それでもだ。
どれだけお題目を掲げようが理解した気になろうがそれでも腹が立つものは腹が立つ。納得がいかないものは、いかないんだ。それだってしょうがないことだと言える。私には私の譲れないものがある。それは立場が勇者から灰に変わろうとも、女神にどんな事情があって世界にどんな歴史があっても変わらないし関係がない。
私は意地っ張りで負けず嫌いで、常に自分で正しいと信じられる道を歩いていきたい頑固者。だから私は、私を折ろうとしたり曲げようとしたりしてくるものが人や事象を問わずに大嫌いで、それの通りに折れたり曲がったりするのも我慢がならない。歩きたい道から逸れなくちゃいけないなんて真っ平ごめんな人間なんだ。
なもんで、どうぞ心折れてください的な女神のやり方はぶっちゃけすげー嫌。でもあなた方なら折れずに向かってきてくれるでしょう? っていうもう一個奥の声までしっかりと聞こえてくるのも合わせて、ぶっ飛ばしてやりたくなっちゃう。
灰になって、そして修練を積んで表には出なくなりかけていた私の「あの日」から続く願望。女神に一発かましてやりたいっていう欲望が、またぞろ熱を上げて私の中で大きくなってきているのを感じる。どれだけ女神と深く繋がろうと、仕舞い込みはしても決してなくならなかったそれが再び私を動かす原動力になろうとしている──いいじゃないか。些か乱暴で、世界を守る使命を帯びる者としては品性的にどうなんだって思わなくもないけど、まあ。
私はこれでいい。今はこんなもんでもいい。
とにかくそれで彼我の差なんて気にせず前に進めるなら、困難に飛び込んでいけるなら、それで充分ってものだ!
「おっらぁ!」
「やぁー!」
ナゴミちゃんとタイミングを重ねてもう一回本気で叩き込む。お互いに威力がさらに向上している。既にどれだけの攻撃が無力化されたかもわからないくらいだけど、その全部が無力ではあっても無駄ではない。一発ごとに、こうして全力を振り絞っている間、私たちは成長している。僅かにではあるが神力が育ち、それの攻撃への転用が上手になっていっている。その証拠に、今初めて。ここまでなんの手応えもなく受け止められるだけだった拳にようやく「女神の手に触れた」感触を得た。
「素晴らしい」
その手に纏う神力を突破できずにいたのを、なんとか。本当に辛うじてだけど破れた。威力を完全に散らされる前に届かせることができたってことだ。けれどただ触れられたってだけでしかない。それは攻撃を届かせたとはとても称せない。それに、言ったように女神の扱っている神力は彼女の持つ凄まじい神格からすればアンバランスなまでに弱々しい、おそらくは可能な限りに抑えに抑えた最小限度のものでしかない。
例えるならムキムキマッチョの大男が果物ナイフを武器として装備しているみたいな、そういう似つかわしくなさ。いっそ武器なんて使わないほうが強いでしょっていうトンチキな状態だ。そんな抑えられた神力のみで私たち五人を同時にあしらっているんだから……つまりは果物ナイフなんかに全力の攻めが捌かれているも同然なんだから、それを多少押し込めたからって何も得意になんてなれやしない。
もしもここからもっと押し込めて、果物ナイフでは対処できないところまで行ったとしても。そのときはもう少しマシなナイフを装備するだけ。それだけでまた女神の優位は取り戻されるのがわかりきっているからには、もっともっと押し込めるようにならなくちゃいけない。
「そうですね。では、少しだけ引き上げましょうか」
私とナゴミちゃんの手を掴んで両腕が塞がれて、多少なりとも神力を消費しているそこを絶好の狙い目と見做したんだろう。大量の魔弾が──もちろん私たちは避けてくれている──飛来して女神に次々と着弾。今度のそれはプラチナショーちゃんを纏うのではなく核にして作っているようで、それが何を目的とした工夫でさっきまでとどう変化しているのかは生憎と魔弾(というか糸繰り以外の魔術全般)の門外漢でしかない私にはわからないが、こちらもこちらで確かな成長があったらしい。
やはりダメージはない、けれど、神力越しにも多少は「何かを受けた」様子の女神は実に嬉しそうにして、まるで私の思考へ返事するように言った。
引き上げる──武器を果物ナイフから持ち替える。最小限度から神力の出力・規模を向上させるってことだ。
マズい、と思ったのはナゴミちゃんが顔色を変えたのと同時。こうやって掴まれたままで女神が神力を引き上げたなら次の瞬間に何が起こるか。具体的な想像こそできなくとも大方の予想はつく。なので私もナゴミちゃんも全力で暴れ、なんとか女神の手から逃れて少しばかりの距離を取ることに成功。それを微笑ましいものでも見るような目で見送った女神は、まったく構うことなく淡々と神力の操作を行っていて、そして。
「っ……こりゃまた」
目の前で跳ね上がった力に、私は冷や汗を止められなかった。




