375 ハードモードが過ぎる
ナゴミちゃんを止めている背後から狙い撃たれていようとちっとも焦りがなかったのも当然だ。女神には余裕で対処できる方法があったんだから。
まず、命中直前の魔弾の進む方向に手を加えて自分から逸らす。そしてそれだけでなく、味方間で同士討ちさせるべくナゴミちゃんにぶつかるように誘導までした。命中の寸前まで何もしなかったのも、ナゴミちゃんが避けられないようにわざと引き付けてギリギリで進路を変えるためだろう。
女神がやったのはそういうことで、でなければこんな結果にはなり得ない。これも神力の細やかな操作からなるものか、あるいは神としての(例の金縛りとかみたいな)技能なのか。その判別さえも私には付かないが……。
いやマジで、どうすりゃいいのこれ!? 始まって早々にこんなこと言いたくはないが、でも言わずにはいられない──役者が違う! とてもじゃないけどまともに戦えるレベル差じゃないぞこんなの……!
「ッう……だいじょーぶ、ウチなら平気だよカザっち!」
味方の弾を当てられる、なんていう予想外の一撃。いや二発分だから二撃を食らってナゴミちゃんの連打は止まった。でも、さっと後退してからぷるぷると首を振った彼女は元気よくカザリちゃんの心配する声に応えてみせた。良かった、真正面から食らっていたものだからヤバいかと思ったけど、さすがはナゴミちゃん。すごいタフネスで乗り切ったようだ。あの迸る神力は持ち前の彼女の頑丈さをさらに飛躍させている。のは、いいんだけど。
「ナゴミちゃん!」
一安心したからって呆けてはいられない。何故なら女神は彼女に向けて手を翳したまま、けれど例の神力の壁は消えている。だったら攻め込むチャンス、なんて呑気な考えは持てない。壁はなくなっていても神力の気配はまったく消えても弱まってもいないからだ。
女神のほうから攻撃を行なおうとしている。その標的はもちろん近くにいるナゴミちゃんで、そう察したからには私も勇者パーティの前衛として彼女を助けなくちゃ。ナゴミちゃんのそれには力強さで劣るけど私だってチャプター10前とは運泥だ。ひと息で飛び出してナゴミちゃんと女神の間に割って入る。その行動で意表が突けたのか、それともわざと対応を遅らせているのか女神はまだ攻めてこない。まあどっちでもいい、時間をくれるってんならこっちには好都合だ。
「ハルっち!」
「合わせて行こう、ナゴミちゃん」
「おっけ~!」
かと言って打ち合わせを長々とやってちゃいつ不意を打たれるかわかったものじゃないので意思疎通は最低限。それだけでも私がどう戦いたいかは伝わっているし、それに対してナゴミちゃんが全面的に賛同してくれたのも伝わってきている。以前から彼女とは共闘で馬が合ったものだけど、勇者同士から灰同士へとランクアップ(?)した今となってはその伝達性もより高まっている。これ、やっぱり便利だね。なんと言ってもナゴミちゃんとだけじゃなく、まったく言葉を交わしていなければ目さえも合わせていない他三人とも、薄っすらとではあるが戦闘のイメージが既に共有できてしまっているんだから!
さっきのナゴミちゃんとカザリちゃんの咄嗟とは思えない連携もこれを元にしてのことだったんだろう。女神にもそのイメージが伝わってしまっているのか、それとも神らしい目や読みの冴えなのかは知らないがあえなく失敗してしまったが……しかしここからは五人全員での連携だ。さしもの女神も二人のときほどは容易く対処できない、と思いたいものだが果たしてどうなるやら。
答えはやってみなければわからない──いや嘘ついた。本当は想像もついている、けれど、だからって膝を折ってはいられない。屈するくらいなら当たって砕けろ、私!
「だだだだ、だッ!!」
ナゴミちゃんと共に踏み込み、向こうは左、私は右。挟み込んで女神へ挑む。私とナゴミちゃんが一緒に戦うときの常套手段になりつつあるこの挟撃は、単純ながらに効果的。だからこそ私たちも頼るわけだが、しかし女神相手には口が裂けても効果的だなんて言えないようだった。
二人同時での連続攻撃もそれぞれ女神の片手のみで完璧に防がれてしまっている。言わずもがな連撃の回転数はトップギア。これ以上の速度も密度も出せないくらいに最初から全力全開で攻めているっていうのに、女神には当たらない。その表情さえもまったく変えられない。
悔しい、けれどこれは半ばわかっていたこと。ナゴミちゃんへの攻撃を取り止めさせただけ成果はあったとも言えるし、何より──私たちは女神のリソースを少しでも削るための前座でしかない!
「おや」
女神の注目が私たちから移った。彼女が見ているのは迫る巨大魔弾。カザリちゃんとコマレちゃんが操る全六属性の魔力が混然一体となった途轍もない迫力のそれが、しかも武装するかのようにプラチナに輝く新ショーちゃんを纏っている。何がどうなっているのやらこれまたさっぱりだけど、女神のそれと違って仲間がやるトンデモ技は心強いことこの上ない。私とナゴミちゃんは三位一体魔弾の接近に合わせて離脱。女神から大きく距離を取って巻き添えを避ける。
「食らえ女神! うちの火力担当たちの最強技!」
三人に代わって私がそう言ってやれば、女神はにこやかに。
「そうしましょう」
「は?」
魔弾と接する直前、確かに女神はそう答えて両手を広げた。それは先の神力の壁みたいな攻撃を防ぐための何かをしようというんじゃなく、ただ単にやってくる魔弾を受け入れようとする体勢。私が言った通りにまともに食らうためのものでしかなかった。
「……!!」
女神と魔弾の衝突から生じる衝撃はものすごくて、ちゃんと距離を取った私もナゴミちゃんも余波だけで倒れそうになった。それも当然だ、カザリちゃんとコマレちゃんの最高威力魔弾が掛け合わさったところにプラチナショーちゃんまで力を貸しているんだ。最強技と言ったのはハッタリでもなんでもなく、現在の私たちが繰り出せる攻撃で間違いなく最高峰のものだった。今の三位一体魔弾はそれだけヤバい代物で、いかに女神と言えどもなんの対策もなく正面から受けてしまっては無事では済まないだろうと。
半分は確信、けれど半分は不安という自分でもわけのわからない感情を抱きながら結果が明らかになるのを待ってみれば──そこには。
「ふむ。格を貫いて通りますか。つくづく優秀な子らです」
不安のほうが体現されていた。女神は無傷。まったく何も変わりない。いや、その無駄にふわふわの真っ白なドレスの一部に汚れみたいなものが付着しているが、それだけだ。彼女自身にはやっぱり届いていない。なんのダメージも与えられていない。
ひょっとすれば見た目に表れていないだけでダメージと呼べるだけのものはあるのかもしれないが……でも見た目に表れない程度ならそんなのないのと一緒。誤差でしかなく、そんな誤差をいくら積み重ねたって勝ち目がないことは言うまでもない。
「ちょっとさぁ……いくら最終チャプターだからってハードモードが過ぎるんじゃないの? これじゃなんの訓練になるんだかわかりゃしないって」
「異なことを言うのですね、はるこ」
「はい?」
「『灰らしい灰』への一歩目を踏み出すための最後の試練。過酷とせずしてそれこそなんの訓練になるというのです?」
乗り越えてみせなさい。と女神は言う。
「これまでそうしてきたように、これからもそうしていくように、兆しを得てわたくしに打ち勝つのです。一度でもこの手や膝を付かせれば全員を合格としましょう。それができなければ」
いつまでも戦い続けましょうね、と。その言葉は私たちにとって何よりの絶望になった。




