372 最終チャプター
第五大陸の強魔物が、単に強いだけの魔物ってわけじゃなく、元々は灰として運用するために作られた「神格を持つ生物」。失敗作と言えどもその点だけなら正式な灰である私たちとも変わらない存在だと知ったことで、これからの戦いに向けてより気が引き締まった。……のはいいけれど。
相手が灰もどきだとすればもうひとつ確認しておかなくちゃならないこともある。と、そう思って質問をしようとした私よりも先に。
「どうしました、しずき」
シズキちゃんが小さく挙手していた。本当に控え目な上げ方で女神が言うまで気付かなかったよ。どうやら彼女にも女神に訊きたいことがあったようで、発言を促されたことでシズキちゃんはおずおずと口を開いた。
「その……強魔物の灰としての完成度は、どれくらいですか? わ、わたしたちと比べて上なのか、下なのか。教えてほしいんです」
お、私が聞き出そうとしていたのと同じだ。そう、この点に関してはいざ戦いが始まる前に絶対知っておきたい。だって強魔物の灰としての能力? 資質? とにかくそういうのがどの程度なのか。その強弱や多寡によっては、倒すための難度がガラリと変わる。これは単純な強さ云々だけを言っているんじゃなく、神力があればあるほど、神格が高ければ高いほど──強魔物にもそれだけ高い不死性が宿っているってことでもあるんだから、気にしておかなくちゃいけないポイントだ。
失敗作だけあって完成度はショボショボで、強くはあっても不死性はほとんど有していない。とかだったら私たちからすれば大助かりだけども。もしもそうでないのなら大変だ。こちらも不死、あちらも不死。ちょっとやそっとじゃ死なない同士の争いになる。そして言うまでもないことだけど、それがどんな様相を呈するのかはまったくわからない……まだ灰のスタートラインにも立てていない私には想像することさえできない。
ただひとつ確かなのは、死に遠い敵をそれでも殺すために、血で血を洗う血みどろの戦いになる。それだけは確かだろうってことだけだ。
「強魔物の神格は──『灰らしい灰』を基準にするなら決して高いものではありません。ですが、現段階のあなた方よりも明確に上です。第五大陸のヒエラルキー最下層の魔物でようやくとんとんと言ったところでしょうか」
うへぇ、マジかい。あっさりと告げられた答えによってなけなしの望みは粉々に打ち砕かれてしまった。こりゃなんてこっただね。最下層で互角、ってことは普通に考えて生態系の上に行けば行くほど神格も上がっていく。よりしっかりした不死性を持っていくんだろう。いやーヤバいっしょ。ドラゴンですら一対一なら歯牙にもかけないような超級生物がさらに不死身っぷりまで発揮するとか、そりゃあ魔境でも頂点に立てますわ。
そしてそんな激ヤバ魔物をどうやって倒せばいいのか。しかも一体倒せば終わりじゃなくて、その超級は少なくともひとつの階層になっている程度には数もいるってんだからまた恐ろしい。
諸々の事実を知って訊ねたシズキちゃんはもちろん、他の三人もさすがに顔色を若干悪くしている。かくいう私だって似たようなもんだろう。どうしたものかと頭を悩ませる私たちに、けれど女神だけは普段と何も変わらず。
「悲観するばかりのことでもないでしょう。スタートラインに立てばその時点で最下層を超えるのです。そしてこの試練を終えた後にもあなた方の成長は続く。無論それもあなた方の心意気と志に左右されますが──歩みを止めるつもりはないのでしょう?」
逆に問いかけられ、私たちは考えるともなく首肯する。もちろんだ、試練さえクリアすればそれでOKだなんて思っちゃいないし、その先にだって進む気満々でいるとも。私だけじゃなく皆もだ。それを確かめて女神は満足そうに微笑みを深めた。
「ならば憂う必要もありません。その気持ちを失くしさえしなければ必ず道は拓けます。倒すべき敵がどれだけ強大であろうと、神格さえ有していようと、勝利するのはあなた方であると。わたくしはそう信じていますよ。神様からのお墨付きです」
と、少しばかりの茶目っ気を含ませて彼女はそう言った。女神にしては珍しい冗談めかしたその言い方に、苦笑混じりではあるが思わず私たちも笑ってしまう。それは、言葉そのものには一切の大袈裟もお為ごかしもないってことが充分に伝わってきたからでもあった。
女神は本気で私たちが勝つと、大いなる波を沈められると信じている。だったら、私たちも信じよう。犠牲を払いながらもどうにかこの世界を守り抜いてきた女神のことを信じよう──彼女が事態を託すに足ると信じた私たち自身を、信じようじゃないか。言ったように過剰な自信は毒にしかならないけど、疑ってばかりってのもそれはそれで良くないからね。
自分にならできる、と。まずそう強く思い込むことはけっこう大事だ。結果は気持ちのあとについてくる。女神の言う通り、心意気と志次第で案外どうにでもなってしまうものなのだ。戦いだって、例外ではない。それがたとえ神様レベルのとんでもない戦いであろうとも。
「では、話はここまでとしてそろそろ最終チャプターへ移行したいと思います。よろしいですね?」
よろしいですね? と訊かれたってな。女神がこういう物言いをするときは待ってくれなんて言ったところで問答無用なのはもうよくわかっている。よろしかろうがなかろうが私たちは同意する他にない。という不満、とまではいかなくても──こういう強引さにいちいち本気で憤慨したり異議を唱えるような青い真似はチャプター5あたりで全員卒業済みだった──このちょっとした文句も、ただ考えるだけで女神にはちゃんと伝わっているだろうに。けれど案の定にそれは清々しいまでにスルーされた。
「最終チャプターの内容ですが……いよいよ大詰めとなればやるべきはひとつ。再び五名で力を合わせて戦ってもらいます」
そう聞いても驚きはなかった。私がそうであるように皆にも「そんなところだろうな」っていう予想を外していなかった雰囲気が漂っている。直前のチャプターである10がああいう内容だったからにはそれくらいは当たりも付けられるってものだ。その10同様に、またしてもチュートリアル扱いだったチャプター0の焼き直しっぽいって部分は少し気になるが、まあこの試練自体が強魔物っていう強敵を下すためのもの。最後ら辺が戦闘偏重になるのも当然と言えば当然でしかない。
それに、共闘訓練という焼き直しではあっても中身は最終チャプターらしくずっと難度が上がり、ずっと過酷なものになっている。と、女神がそうと明言する前からそれがわかっている私たちは予想通りだからと言って気を緩めることもなく。
「ふ──準備も覚悟も万端のようですね。あなた方の挑む姿勢、どれだけの苦難や苦渋の中にあっても折れない精神を、わたくしは非常に好ましく思っています。故に、最終チャプターではチュートリアルのような分身ではなくわたくし自らがあなた方のお相手をしましょう」
「「「「「……!!」」」」」
絶句。今度はどんな対戦相手を用意するのかと各々が考えを巡らせていたこととは思うが、私含め誰一人だってこのカードは想像だにしていなかったろう。女神VS私たち。ここにきてのとんでもない予想外にうまくリアクションが取れず、何を言えばいいのかもわからない。が、やっぱり女神はそんなの知ったことではないと言わんばかりににこやかに、どこまでも穏やかに続けた。
「さあ、始めましょう。おそらくは最初で最後になるであろう、神としもべの手合わせを」




