371 失敗作
女神が言うには、先代が「真っ当なタイプの」神であったなら引き継ぎに関しても、たとえそれが強制交代であったとしてももっとちゃんとしたやり方を通して、少なくとも第五大陸という自身が生み出した失敗作の檻だけでも片付けていっただろうが、生憎とそうはならなかった。そのせいで人種間闘争という白の内輪揉めの面倒を見ながら定期的に起こる白と黒の対立イベントもこなしつつ、神の干渉の負債として淀んでやがて強大な黒となる「大いなる波」にも備えなければならなくなり、どうにもこうにも手が足りなくなったのだという。
干渉という管理者自身が直接に手を下すやり方はあっという間に許容値を超過して世界への負担になってしまうのだから、そりゃあこれだけの問題に対処することはできないだろう。そもそも干渉の許容値自体も先代の神が好き勝手にやっていたせいで女神の代ではかなり低くなっていたようで、取れる手法はますます限られていた。おかげでこういった場合の解決策である「灰の設置」もできる時機が見つけられずに困っていた。
が、初代魔王という特異点の出現。まるで世界が新しい管理者を助けようとするかのように誕生させてくれた異端のおかげで女神もそれなりに大胆な干渉が行えて、そこから作った魔王と勇者システムによって波と流れを安定させて、そうして千五百年を経た今。限界を迎えたシステムの終わりに合わせて念願の灰を──つまり私たちという自由に動かせる手を手に入れた。というのが、この世界と女神の辿ってきた歴史。
先代が担当していた時代の歴史だってあるだろうし、引き継ぎの段階で女神もそれについてはある程度以上に知ってもいるんだろうけど、今その点を確認する意義は薄い。その頃に何があって、もしかすると先代にもめちゃくちゃな管理をしちゃった理由というか元凶みたいな出来事があったのかもしれないけど、今更そこにどんな真実や真相があろうと私たちのやるべきことに変わりも関わりもないからだ。
まあ、女神の言い方からすると大仰な理由があったっていうよりも単に先代がちゃらんぽらんだっただけにしか聞こえないけど。先代がもっと真っ当なら引き継ぎがもっと綺麗だった、とは言うけれど、そもそも真っ当だったなら女神が管理を引き継ぐ事態にもならなかったはずだろうし……とにかく、気にならないと言えば嘘になるが先代に関してはもういい。知らなくちゃいけない範囲のことは知ったということで、問題になるのは先代が残した負債。私たちの今後にもダイレクトに関わってくる失敗作の灰である強魔物の扱いについてだ。
「失敗作、ということは灰として運用するのに適さない何かがあったのでしょうが……だからといってそれが黒に変わってしまうことも、コマレには少々考えられないのですが」
うむ。コマレちゃんの零した困惑に私も頷いて賛同を示す。いくら失敗作とはいえ、だ。それは神の手にはなり得ないって意味での失敗であって、灰として使えないからってそれがつまり黒っていう、守るべき白に対抗する勢力になってしまうっていうのはなんというか……感覚的に理解しづらい、っていうか。すごく変なことに聞こえる。
ちゃらんぽらんな神のやったことで、しかも盛大にミスった結果なのだとしても、曲がりなりにもそれは「神の所業」だ。ちゃんとした灰にはならなくたって神が世界のために生み出そうとした存在が、どうしてよりにもよって黒に……それも女神でさえも頭を抱えるような「大いなる波」になるのか、意味がわからない。これぞ理屈の通らない出来事だとしか思えないのだ。
「波とは撹拌を促すもの。世界は絶えず揺れ、流れていくものでなければなりません。神の手は良くも悪くもその流れを変え、時には容易く留めてしまう。流れぬ水は淀み濁り腐りゆくのみ……おわかりでしょう、世界のバランス。均衡の崩れとは淀みにこそ起因するものであると」
神様が下す巨大な手は世界っていう水場の水質を、上手くすれば改善もできるけど、下手なことをすればあっさりと腐敗させてしまいかねない諸刃の剣のようなもので、つまりそれこそが干渉度。どれだけ神が世界に触れたか、あとどれくらい触れていいかの指標でもある。最小限度の干渉なら続けて何回か行っても平気だったりするし、派手な触れ方をするならそれによって起きた波が収まるまで、あるいは止まってしまった流れが復活するまで干渉を控えるのが正しいやり方。それを破れば簡単に世界は破滅への一途を辿り出す、と。
つまり先代の管理者はその触れ方が下手っぴだったか、元から大して気を遣うつもりもなかったかのどっちかだってことだ。その両方っていう線もある。だとしたらマジもんの管理者失格の神様だけど、女神の四苦八苦ぶりを思うとガチでそれくらいヤバい神様だった可能性も大いにありありだ。
うーん、この世界の住人じゃない私がこう言うのもちょっとおかしいかもしれないけど、よくぞ女神が引き継いでくれたと思うよ。どういう経緯で女神が後任になったのか、先代との関係性はどういったものなのか、そこら辺を語るつもりはないようだからあえて訊きもしないけど。なんにせよ先代が素直に(かどうかはわからないが形としては)退いたことと、その後釜がこうして管理の手法そのものには過ちを犯さない女神であったことは、世界にとって。そして世界の住人たちにとってはかなりの幸運だったと思う。
で、話を戻すと。
「淀みは均衡の崩れであり、均衡の崩れは世界を破滅へと導く一因。それは時に神の手によって引き起こされもする……ということ?」
「ええ、かざり。そしてそれは淀みを淀みのままとせず、そこに新たな波を起こそうとする世界の自浄作用でもあります。元より黒は停滞を回避するために世界が自ずと生み出す波ですから。その切っ掛けが管理者を始めとする世界を『世界として』認識できる上位者の行為・行動である例も珍しくはないのです……尤も、それが大いなる波にまで増悪するなどというのはまずないことですが」
これだけの世界の危機にまで仕上がってしまうのはめちゃくちゃ珍しい、ある意味では貴重とも言えるだけの希少例であるらしい。って、これは言われなくてもそりゃそうだろうなって感じだけど。だって干渉が切っ掛けで大いなる波が起こるのが珍しくもなんともないありふれた出来事だったとしたら、そんなの管理のしようがない。管理者がどれだけ有能だろうと、あるいはどれだけ無能だろうが存続させていくなんて無理だ。どんな糸も断絶待ったなしであっという間に全世界が滅びてしまうことだろう。
要するに私たちはそれだけ珍妙で激ヤバな事態に立ち向かわなくちゃいけない。当初に想像していたよりもずっと過酷な戦いに挑まなくちゃいけないってことだ──そして挑むだけじゃなく、勝たなくちゃいけない。それができなきゃ世界に未来はないし、私たちもこの世界と共に真っ暗な末路を辿ることになると。女神の言う灰としてのスタートラインってのはその過酷さを見越しての、それを乗り越えるために必要な成長を指しているんだ。
改めての納得。自分たちの置かれている現状、その向かう先をようやく正しく認識できた私たち五人に、女神は言う。
「これより始まるはただの白と黒の争いに非ず。白と黒の両岸に神の手たる灰が配置された、神格を有する勢力同士の戦争であり。加えて先代とわたくし、二柱の神の代理闘争でもあります。その烈しさたるやわたくしにさえも見通しの利かないものとなるでしょう。是非にも心してかかることです。わたくしの灰たちよ」




