367 当然のこととして
私が戦わせられたライネっていう男の子もちょっと引いちゃうくらいにめちゃんこ強くて、案の定に私よりも灰として少し先にいる格上の相手ではあったけれども。でも「少し先」だ。遥か遠くではなく手を伸ばせばギリギリ背中に届きそうな……そういう希望が見出せるくらいの、少し。その程度の差でしかなかった。
まあ、灰同士が戦う上ではその少しの差が決定的と言っていいくらいに大きなものでもあったんだけど、それはそそれとしてだ。ほんのちょっとだけ完成度の高い相手。格上ではあっても決して敵わないわけじゃない、手も足も出ずに負けるなんてことにはならない「やる気次第で充分に食らいつける」くらいの相手を宛がった女神の思惑は、私もわかっているつもりだ。
自分より少し強い相手と戦う。それが何よりも成長と経験を積む上で優れた方法だって、端くれにしかいないとは言っても私も武道家。本物の武道家である妹のサンドバッグになっているだけだとしてもそれなりに血反吐も吐いてきているんだから、それは身を以て知っている。理解している馴染み深い修練方法でもある。
と言うのも家族旅行での出先なんかで妹と一緒にトラブルに巻き込まれた場合、私の特訓にちょうどいいと思えばあの子は率先しないどころかまったく戦おうとせず全部姉任せにしたものだから……それは面倒臭がりでそもそもインドア派なあの子のこと、単に自分が動くまでもないことにはなるべく動きたくないっていう省エネ精神の表れでもあったかもしれないが、そこに加えて、道場で私につける稽古の延長線としての狙いがあったことも確かだろう。実際数が多過ぎたり手強過ぎるのがいてヤバくなったらちゃんと助けてくれたしね。
これ以上詳しく妹との話をすると脱線したまま戻ってこれなくなりそうなのでここらでストップして要点だけを言うと、つまり簡単には勝てない、むしろ負けが濃厚なんだけど、でもやりようによってはどうにかなるかも。っていうくらいの相手とガチバトルをするのが一番手っ取り早く強くなれるって話だ。
言うまでもなく事故が付き物のあまりに野蛮な訓練方法だが、成長の効率だけで言うなら間違いなく最強だ。私が特にこれといった取り柄もないただの中学二年生でありながらそこそこの喧嘩自慢になったのだってこういうヤバい場面を何度も乗り越えて成長してきたからだ。その経験がこっちの世界での冒険にも大いに役立ってくれたのはこれもまた言うまでもないこと。つまり私自身がその有益さを証明しているってわけ。
なので女神がそれと同じことをやったってのは説明されるまでもなく察しがついていた。戦っている最中から、いやなんならライネと向かい合ったその時点からもう「あーはいはい」ってなってた。こりゃ強いな、つまりはそういうことだなってさ。で、その成果がバッチリと出ている今となっては余計に……カザリちゃんが戦ったっていう不死身の女子高生。その人がライネ以上に灰としての段階が進んでいて、それで高い不死性を獲得しているんだっていうコマレちゃんの推理には強い違和感を覚えた。
そんなステージのかけ離れた相手を呼ぶだろうか? 死力を振り絞ればどうにか勝ちの目が見えてくる。そういう相手じゃないと効率のいい成長には繋がらないんだから、灰の不死性にそこまでの差が出ている相手をぶつけたって意味がないんじゃないか。と、そういう私の思考に正解だと教えるように女神は言った。
「件の少女の不死性は、神力を得たことによる『死ににくさ』とはまた別種のもの。はるこの体質が灰になったことで『灰の能力』へ昇華されたように、少女が元より持っている才能が強化されていたのです」
「だから、首が捥げようが内臓を吐き出そうが倒れもしなかった?」
「はい」
カザリちゃんの問いかけに私たちがぎょっとする中で女神だけが涼しい顔のまま肯定を返す。く、首が捥げるって。それに内臓を吐き出すって、なに。いくらなんでもヤバすぎるでしょそれは。負傷どころじゃない即死級の事態だ。なのに死なないどころか倒れもしないって……そりゃあそんな、もはやそれを回復力とか再生力と言っていいのかどうかもわからないレベルの不死っぷりを持つ相手とやり合ったとあっちゃあ、さすがのカザリちゃんだってげんなり感もうんざり感も顔に出ちゃうわな。
しかもその口ぶりからして──そもそもいくら倒すべき対戦相手だと言ってもそんな惨い被害を受けるような攻撃をカザリちゃんが好んでするはずもないって点からしても──件の女子高生はおそらく自ら進んで、なんなら嬉々として自分の肉体をボロボロにした可能性が高い。
それがその人の戦闘スタイルなのかカザリちゃんを怯ませたかっただけなのか、はたまたそういう意図なんて一切ないただの悪ふざけでそういうことをしたのか。そこは直に戦っているところを見ていない以上私からはなんとも言えないけれど、とにかくゴア的な意味でショッキングな光景を何度も間近で見せつけられたカザリちゃんの心労は、激闘とはいえ単に戦っただけの私たちとはまったく別物だろう。お労しいですわ。
「灰でもないのに元から不死性を持っているなんて、そんな人間もいるの?」
「世界は広い、ということですよ。神であるわたくしにも数えきれず把握しきれない無数の糸の中にはそういった魔境もあるのです」
魔境ね。確かにそうとしか言いようがないね、女子高生が不死身な世界観なんて。人間だった頃の不死性の程度がどれくらいだったのかはこれまた知りようがないけれど、それが神力でパワーアップしたとなったらもうかなりのものだろう。それは私自身も体質の進化で重々に味わっていることでもあるから、まだ不死にこそなっていなくてもよくわかる──。
「皆、己はまだだと考えているようですが」
「え?」
「不死性の獲得は既に始まっていますよ。チャプター10での戦いを今一度思い返してみてください。あなた方にも少なからずの傷をその身に負う場面があったはず。ですが今の姿はどうです? どこにも、小さな傷さえも残っていない。完全に修復されていますでしょう。そしてそれは戦闘の最中においても起きていた」
無我夢中だったために気付けなかったかもしれませんが、それは間違いありませんと。全部の戦いで審判を務め、観測者として私たちを見ていた女神がそう断言するからにはもちろん、そこに間違いや勘違いなんてあるはずもない。
改めて自分の身体を見る。矯めつ眇めつ眺めてみるが、女神の言う通りに怪我なんてどこにもない。けどこれはおかしなことだ。ライネにはしこたま殴られたし血を流させられた。外傷だけじゃなく腹の中身まで傷付けられて吐血だって繰り返した。それが今では痛みさえも残っていないなんて……自己治癒だってあんなにボロボロにされちゃこうもすぐに完全回復なんてできっこない。
それができている。しかも、そのことに指摘されるまで何も違和感を持たなかった。なんなら記憶を辿れば確かに戦闘中でも傷が消えていたと思い出せるのに、それでも今の今までなんとも思っていなかったのだ。
これは、この意識ごと作り替わっているような感覚は。
「ええ、灰としての成長。それを当然のこととして自覚する進展となります。あなた方は不死性をその身に宿している。件の少女のそれにはまだまだ及ぶべくもありませんが、灰らしい灰となっても尚成長を遂げて行けるのならば。いつの日か限りなく不滅に近しい不死とも成り得るでしょう」




