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(! 動きが)


 目に見えて良くなった。低体温の症状に悩まされて錆び付いたブリキ人形もかくやのたどたどしい動きになりかけていた先の様子から一変、火が付いたように。その火で以て体内へ染み込んだ冷気の全てを取り払ったかのように、まさしく猛火の如き勢いでハルコが拳を振るう。


 些かの興奮状態にあるのか、それは理に則った連撃というよりもとにかく攻撃を繰り返すだけの乱撃に等しいものだったが、急変した動作性とそれに対するライネの警戒心もあって彼を防戦に回らせるには充分なものだった。


 どういうことかとライネは考える。ハルコには冷気の影響から脱するための手段があったのだろうか。長く使えるものではないのか、あるいは最大限に引き付けてから切ると決めていた札をいよいよと切ったということか──いや。どちらの思惑があったにせよ解禁が遅すぎる。低体温に悩まされなくなったと言ってもここまでに蓄積したダメージはしっかりと残っている。差し引きとして見るならそれは明らかにマイナス。数多くの被弾を経ての「ここぞ」であるならそれこそ「確実に勝てるタイミング」でないといけないし、確実に勝たなくてはいけないだろう。


 それを企んで失敗した、という悲壮や焦燥はハルコから一切見られない。見ての通り彼女は一目瞭然に勢い付いている。その様子、その表情はむしろ降って湧いた幸運に助けられ背中を押されているように見える。


(そうだね。僕も・・そう思うよ)


 内心で肯定する。隠した札はなかった。冷気を無効化する手段の持ち合わせなどやはりなかったのだ──さっきまでは確かにそうだった。


 今、それを獲得したのだ。神力の増加に次ぐ進化。目の前の敵に対応するための何かが、彼女の身に宿った。その具体的な内訳までは流石に見抜きようもないが、しかし冷気が通らない。それだけ確定したならそれ以上のことはわざわざ詳らかにする必要もない。理屈がどうであれライネにとっては冷気による状態異常デバフなどただの付随効果おまけに過ぎないのだから、それが利かなくなったからと言って窮地に立たされるわけでもなし。故に。


「っふ!」

「ッ!」


 拳撃一閃。絶え間なく押し寄せる殴打と蹴足の合間を、一筋の閃光となってライネの拳が切り裂いた。顎へのジャストミートは打撃の鋭さも相まってハルコの脳を揺さぶり、結果として燃え盛る火のような勢いは鎮火も同然に静まる。極端に速度が落ちたそこへボディブロー。ライネの全力に近い本気の一打が脇腹へ抉り込まれ、ハルコは悶絶しながら吹っ飛んでいく。


 女子にも見紛う細身の体格ながらにやはり彼も灰。決めにかかる一撃となれば人のそれからは並外れた威力を発揮する。防御も何もなく真正面から重打を浴びたハルコが軽々と宙を舞うのも当然だった──が、しかし。


(これは……!)


 驚愕に顔を染めているのはライネの方だった。入った・・・。手応えは確かにある。先程ライネがやったような衝撃を逃がす工夫をハルコはしていない。やろうと思えば彼女だってそれくらいはできるだろうがライネがその余裕を与えなかったのだ。まともに食らったのは間違いない。なのにハルコは空中で身を翻して着地してみせた。これまでで最大の一撃を貰っておきながら、明らかにダメージが釣り合っていない。


(ああ、まただ。打ち込む瞬間までは『終わらせられる』と確信していた。それが揺らいだのは打ち込み終わり! つまり打撃が入って通り切るまでの瞬き程の間に、また彼女は進化した……いや、というよりも)


 先の神力の増加に続く第二の兆し、ではなく。どちらかと言うなら第一の兆しに追いつくべきところが追いついた。神力の規模に合わせて芽生えるべきだったものがようやく芽生え始めたのだと、そういう感覚をライネは持った。つまり、二連続の進化ではなく、第一の進化が今ここに完了したのだと。


「だっ!!」

「!」


 体勢を戻すのもひどくもどかしい、と言わんばかりにハルコが猛然と向かってくる。その速度たるや今までに見せた動きの比ではない。神力そのものの増加はもう起きていない、のに、この変貌ぶりはどういうことか。疑問に思いながらも結論は変わらない。考えたところで別世界の灰という様々な意味合いにおいて「隔絶した相手」の道理など察しようも理解のしようもない。なのでライネは見たものを見たままに、目の前の事実のみに即して対処する。


 一歩ごとに加速してくるハルコの最終到達速度、そこから繰り出される攻撃の弾速・・まで予測を立て、過不足なし。二律共に同様の見解となったことでライネの手が伸び、足が地を滑る。パンッ、と弾ける音。ハルコの拳が奏でたものだ。軽くも聞こえたそれはしかし、何かに当たったのではなく空振りによって生じた音色。ただ空を叩いただけでそこに破裂音を響かせたのだ。


「っ、く」


 そして生じたのは音だけではない。音が鳴る原因、つまりはそれに見合うだけの衝撃波も発生していた。危なげなく殴打を避けたライネもすぐ傍で破裂した振動まではどうにもならず、返撃を狙っていたその体躯が揺らぐ。そこに打った腕を引き込みながらの肘が叩き込まれる。掛け気味に打ち下ろされたエルボーがライネの後頭部を捉えた。かと思いきや、差し込まれた手が直撃を防いでいる。


「──、」

「──!」


 目と目が間近で合う。受け止められようが構わず肘を振り抜いたハルコに対してライネは巧みに腕を流してその推進力を逸らし、打撃を捌きながら姿勢を正す。と同時に横蹴り。淀みなく突き出されたそれをハルコは逸らされたのと反対の腕で難なくブロックしたが、足の長さの分だけ距離が開く。そしてそれこそがライネの蹴りの目的だった。


「フゥー」

「?!」


 突くというより押すような足の使い方。その意味するところに気付くよりも早くにハルコは目元に飛び込んできた氷礫に視界を封じられた。その直前に目にしたのは、口笛でも吹くように唇を尖らせる仕草。そしてライネの口から吐息が小さく漏れた、と思えばそこから微小の氷の礫が発射されたのだ。


 口腔内で作った氷礫を冷気に乗せて口から吐き出し、目潰し。まさかこのような手段を取ってくるとは予想だにしなかったハルコは氷礫の凄まじい速度もあって反応できず、まんまとそれを食らった。眼球にヒットしない限りはダメージになるようなものではないが、目が利かなくなりさえすればほんの一瞬のことであっても充分。ハルコの被弾を確認したと同時にライネは本域の踏み込みによって打突を放つ体勢に入ったが、今度は彼の方が予想外にぎょっとする。


「ッしぃ!」


 当たった。直撃ならば目を多少なりともやられ、直撃でなくとも確実に見えない時間ができる。その前提でライネは速攻を仕掛けたが、けれどハルコには見えている。その目をしっかりと見開いて迎撃のために動いている。被弾箇所のどこにも、霜は勿論のこと打たれた影響さえも一切見受けられない。


 これはいくらなんでも──戸惑いを余所にライネの肉体も眼前の事実・・に即して予定を変更。ハルコの迎撃を不発にさせるべく半ば強引に捌きへと入ったが、突き出された拳の伸びが速い。タイミングを僅かにズラされる。


「……ッ」


 完全に捌くことができず、衝撃波さえ生むハルコの拳を身に浴びたライネの顔が歪む。勝負が始まって初めて、ハルコが彼にハッキリとした痛痒を与えた瞬間だった。



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