358 お上手なんですね
拳と拳が交わってお互いを打つ。けど、私もライネ君もガードしている。打ち込みながらもちゃんと相手の動きは見ていた。先手を取ろうとしつつも用心していたのが活きたわけだ。
しかし、近づく速度も打撃の威力も変わらなかった私たちだが、その次からが明確に違った。
「!」
離れようとした私に対してライネ君は掴んできた。打ったほうの手首を握られ、返される。私の退避行動まで利用しての崩し。あまりに滑らかに行なわれたそれに抗いようもなく膝を屈して無防備を晒してしまったところへ蹴り。鋭い。だけど打たれる前から見えているなら反応が間に合っているってことだ。
「ふんっ!」
屈曲した膝を力いっぱいに伸ばし、起き上がりながらの側転。スレスレで突き出された蹴りを避けながら位置を調整し、後ろ回し蹴りを放つ。ライネ君はそれを腕を折り曲げた防御で危なげなく受け止める──つもりだったんだろうけど、蹴りは私の得意技。そして蹴り足は、ミギちゃんが元になっている右足。今でも明らかに左足よりも馬力のあるほうだ!
「っ、」
先の拳打の交換で蹴りの威力にも大方の目途を立てていたんだろう。だけど実際は予想以上だった。と、防御ごと押し込まれてたたらを踏んでいるライネ君の顔色を見ればわかる。けほ、と彼は軽く咳き込んで。
「凄いパワー、ですね。自信をなくしちゃうな」
これでも僕もそれなりに鍛えてきたつもりなんですが、と構えを取り直すライネ君。さっきも言ったようにその体格は鍛えられているようにはとても見えない、男子としてはちょっと心許ないくらいに細いそれだけど、不思議とその細さから頼りなさは感じられない。それはきっと、彼もまた灰になる前、そして灰になってからも、私たちみたいに色々な経験と戦いをしてきたからなんだろう。
神に選ばれた者の見かけなんてなんの当てにもならない。まして腕や脚のパワーに多少の差があったところで大した有利にもならない……普通の人間同士の格闘であるならともかく、灰同士の殴り合いとなったら間違いなくそうだ。なので拳はほぼ互角、蹴りに関してはおそらく私が上、だとしても。決してそれで優位にいるだなんて思い上がっちゃいけない──それに。
ライネ君の構えが変わっている。さっきよりも狭いスタンスの取り方で重心を前に、腕もより攻め込む形を意識した、見るからに攻撃的な構えに。これは、今の攻防で読み取った私の戦い方に合わせてきた……ってことか? だとしたら器用だな、ライネ君。私も結構な数の喧嘩をこなしてきたけど相手に合わせてスタイルを変えるなんて真似はやってこなかった。というかそんなのできっこない。下手に自分のリズムを変えてはただガタガタになって不利になるだけだ。
でもそれはあくまで私であればの話。構え方を変えてもこうも堂に入っているからには、ライネ君にはそれができるんだろう。そしてこの場においても充分に実行可能だと判断したってことだ。
「行きます」
わざわざ宣言してから踏み込んできたライネ君に対して私はあえて身構えず、後ろに下がりながら見る。ライネ君の動きを、その狙うところを。反撃はしない。防御と回避に徹しながら彼の攻めの変化を感じ取る──なるほど。回転が速いし離れてくれない。これは私が大きく動けないように、そして蹴りの間合いを取れないようにっていう戦い方か。言葉にすればなんてことのない策略だけど、これを徹底されるとすごくやりづらい。実際に私の得意が封じられているんだからね。
手技主体の至近戦。止まらないし一打一打が巧みだ。ただ打ち込むんじゃなくて手形を変えたり捻りを加えたりと的確にこちらのガードやパリングを潜り抜けてくる。急所にだけは貰わないように気を付けているけど、これじゃジリ貧。防御だけに専念してこれなんだから殴打の技量については完全に負けていると認めざるを得ないな。
「しっ──」
なのでギアを上げる。同じような戦い方をしていてはズルズルと追い込まれるだけになるとよくわかった。被弾覚悟でこちらも攻めに転じ、ライネ君の技巧を凝らした手技たちを勢い任せのゴリ押しで突破する。打撃の交換。打った手数はあちらが上、でも一撃に込めたパワーは私のほうが上だ。ライネ君の顔が歪む。私も同じような顔をしているだろうな。けどお互いに貰って半歩下がったこの間合い、一瞬でも動きの止まったこの時間は、私のためのものだ!
「どっせい!!」
「!?」
盛大な気合を込めて蹴りを繰り出す。体勢的には先の後ろ回し蹴りのほうが良かったし、単純に蹴り方としてもそっちのほうが体重を乗せやすいぶん威力も出やすい。けれどこの前蹴りは私が最も多用してきた決め技であり、本気も本気で蹴り込んでもいる。
「っぐ、く──」
ライネ君はまたしても驚いただろう。後ろ回し蹴りよりもこんな、どう見ても咄嗟に出したようにしか見えない足にここまでの重さがあるってことに。防御は間に合わせているが、私の蹴りが体勢を直さずの早打ちだったこともあって彼の守りも万全ではない。攻めも守りも完璧じゃないんだから本来ならそれでも充分に防御としては成り立っていただろうが、生憎と私の本気蹴りはそんな常識を打ち破ったわけだ。
灰になったことで元からあった得意がさらに強調されでもしているのか、自分でも笑っちゃいそうになるくらいに足技のキレが凄まじかった。ライネ君からすれば堪ったものじゃないだろうけど。
「神力の発露。お上手なんですね」
守った腕の調子を確かめるようにしながらライネ君がそんなことを言った。神力の発露? そうか、今の蹴り。本気で蹴ることだけしか私は考えていなかったけど、自ずと魔力と一体になった神力も起きていたか。無自覚だったよ、完全に。今までやってきた魔力操作と勝手が違い過ぎて自分で自分の動きに神力が合っているのかまるでわからない……けれども、ライネ君がこう言うからには自己判断こそ付かずともできている。それなりに形にはなっていると思っていいんじゃなかろうか。
もちろん、もっと自分の意思で綺麗に合わせられるならそれが一番だろうし、女神もそこを目指せということでこんなバトルをさせているんだろうけど。今はやれる気がまったくしないな。まあ、これまでのチャプター同様にそれは挑戦しながら掴んでいくとしよう。
「そういうライネ君は、使わないの? 神力。もしかして使うなって言われてたりするのかな」
私が糸繰りを禁止されているように、おそらくだがライネ君にも独自の禁止事項は設けられているはずだ。その内容が私より厳しいってことも全然考えられはする。それはライネ君の保護者たる管理者──いや、例の監督役とやらの一存次第だからだ。
私の問いかけにライネ君は軽く笑って。
「いいえ、そこまでは。禁じられているのは術の類いですね……それを伸ばすのはまず基本を押さえてからだ、と」
「なるほどね。そこはうちと同じ教育方針みたい」
つまるところこのバトルは私とライネ君、どちらにとってもある程度体に馴染んだ神力をどう扱うか。それでどう戦うかを実践的に学ぶための機会だと思っていい。今のところは私優勢……と言いたいところだけどちっともそんなことはないんだよな。だって言った通り、私が無意識に神力にもう頼っているのに対して、ライネ君はまだ少しも、片鱗さえもその力を見せていないんだから。
どっちが格上か。それが決まるのはここからだ。
「神力を解放させてもらいます」
これまた丁寧な宣言。ライネ君は律義過ぎるくらい律義な性格をしているってのがこの短い間にもよくわかった。
そして彼の、強さも。
「……!」
その身から立ち昇ったように感じられる神力の圧は、明らかに私以上だった。




