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354 想起と静清

 孵ったところで、孵ったばかりではただのピヨピヨのひよっこだ。生まれたばかりの雛にできることなんて限られている。そりゃ、孵りたてだろうと生まれたてだろうと灰は灰。人間の赤ん坊なんかに比べれば、比べるまでもなくその時点で膨大な力ってものを持っているし、普通なら赤ん坊には背負わされるはずもない重大な責務ってものをその時点から背負ってもいるのだから、完全にひっよこ扱いされはしないんだけども……しかしひよっこ扱いをしてもらえないからこそ。孵りたての時点でもそれなりの「完成度」でいなくちゃならないからこそ、私たちはこうして女神から試練を課されているわけで。


 灰になるだけでは殻を破れてすらいない。灰として一応の完成を見るところからが本当のスタートで、灰の誕生である。女神がそういう考え方をする理由っていうのも「灰らしい灰」になったあとに私たちが何をしなくちゃならないのかはっきりとしているからには、わかるっちゃわかる。道理であるとも思う。仮にも世界の管理者の手足として働く者たちが未熟だったり未完成だったりしてはいかんでしょう。そりゃそうだ、そこは疑問の余地もない。だからって、半ば謀って私たちを灰に仕立てた女神がここまで遠慮容赦なく過激な試練を与えてくるのには、ちょっとどうかとも思うけどさ。道理はあっても倫理がないんじゃないのって。


 なんて、そんなことを思ったってなんの意味もない。神であり管理者である女神に人の視点での倫理なんてなんら用をなすものじゃあないし、それは灰になってもはや人間でなくなった私たちにだって当て嵌まることだからだ。宛がわれるべきは、優先されるべきは神の道理。管理する側としての倫理だ。下手に人の感性のままでいると管理に支障を来たすことは目に見えている。実際にそういう場面を見たわけじゃないがそれは女神のスタンスから明らかであるし、何より彼女と深い結びつきを得た今となっては「なんとなく」それが実感として理解できてもいる。これもまた灰らしい灰へ近づいていることの証左、なんだろうか。きっとそうだな。


 そうでないとおかしい。だってこんな考え方、納得の仕方を、人間のままだったなら私がするはずないんだから──と。


 休むなら休むで全力で休みたいものだったが、疲れてはいても頭は妙なまでに冴えているものだからついつい考えなくたっていいことを延々と考え続けてしまった。や、考えなくていいってこたぁないけども、少なくとも久方ぶりのちゃんとした休憩、その蜜の味を体がこれでもかと堪能している最中にそれを邪魔するみたいに脳みそを働かせるのはどう考えたって間違っている。


 これで思考もリラックス一色、なんなら一眠りとかできたならそれこそ文句のつけようもないパーフェクトな休憩になっていただろうに、生憎と私にはそれができず、そうこうしている間に女神から休憩終了が告げられた。あーあ、もったいねえ。本っ当にもったいないことしちゃったよ。


 でもまあ、そうは言っても随分としっかり休めた。言われるがままソファから立ち上がってみてわかった。体が軽い。さっきまでは全身が鉛の混ざった泥に覆われているみたいな重さと倦怠感があったのに、今はそれが感じられない。綺麗さっぱりに消えている。正確に言うなら体の芯とでも言うべき部分に疲労の残滓は残っているけれど、これなら大したことはない。せいぜい昨日ちょっと激しめに運動したかってくらいの疲れ方だ。充分に回復はできた、と思っていい。


 というか、女神はぱぱっと私たちを全快させられるっていうのに、それはしないんだな。でも休憩を取らせる必要があったと。つまり、本当に疲労の欠片もない絶好調に戻すのはやり過ぎだけど、さっきまでの疲れぶりのまま進めるのも別の意味でやり過ぎだっていう判断か。チャプター9はそれだけ私たちのコンディションを慎重に調整しなきゃいけない、これまでの訓練とは一線を画すものになるってことかもな……はぁー、気が重い。けどやるっきゃない。


 煙みたいにソファが立ち消える。そしていよいよ訓練の再開だ。


「チャプター9では個人ではなく全体での神力制御を覚えていただきます」

「全体?」

「はい。各々の神力を重ね、一個とする。意志も同様に限りなく同調させて想起と静清を完璧・・に行うこと。それがクリアの条件となります」


 完璧、と来たか。それはもちろん女神ではなく現在の私たちの水準での完璧だろうけど、その判定を下すのは当然に女神だ。個人でも完璧の評価を貰うのはものすごく難しいことだとチャプター8で嫌になるくらい学んだばかりだ。それを、全員で神力も意志も重ね合わせて行うなんて……そんなのやってみる前から激ムズだってわかる。となれば、今回もまた何度なく失敗を繰り返して、そのたびに地獄の苦しみを味うことが確定している。ま、それはチャプターがどんな内容になろうと変わらないだろうけどさ。


「少し違います。難度の低い訓練だとは申しませんが、あなた方が思う程に過酷なものにはならないと予告しておきましょう。既に下地も素地も出来上がっている。今のあなた方にとって同位の仲間と統一を図ることは然程難しくないはすですよ」

「えっ、そうなの?」


 だとしたらこれまでのチャプターと毛色が違うというか、ちょっと温すぎやしないか? それがイヤだってんじゃなくて──まさか処刑レベルの内容じゃないとイヤだ、なんて口が裂けても私からは言わない。言うはずもない──純粋な疑問としてそう思う。血反吐をぶちまけまくってようやくクリアしてきた八つの試練からいきなり難度が極端に下がるとなると、さっきも言ったように安堵よりも不安のほうが増すんだけど……。


「チャプター9、そしてその次の10は最終チャプターとなる11のためのに該当するものだと思ってください」


 と、私たちの疑問というか疑念に対しての回答として女神はそんなことを言った。慣らし。と言うならそもそも全てのチャプターが灰らしい灰になるための慣らし運転的な面があることとは思うけど、その最終段階であるチャプター11に進むためにはこれまでに学んだこと、そして現在の私たちにできることの総決算としての「仕上がりチェック」をしておかなくちゃならないようだ。


 つまり9と10はそれそのものの難度云々が問われる訓練ではなく、あくまで11に向けた助走というか準備運動というか。そういう位置づけなのだと思われる。……しっかし、感慨深いね。とうとう最終チャプター、この長い長い地獄の終わりが見えてきたかと思うと俄然にやる気がムンムン湧いてきたぞ。今から挑む訓練が大した難度じゃないと教えられても気が抜けるどころじゃなく、逆にピンと張り詰めた精神状態になったのが自分でもよくわかったよ。


 休憩直後だからといって私たちはそれを引き摺っていない。それこそ、まさに完璧と言っていい切り替えができている。と、それが女神にもよくよく伝わったんだろうな。彼女は顔に張り付けている微笑を僅かに深めつつ、言った。


「確認するまでもなく準備は万端のようですね──それではチャプター9へと入ります。皆、手を取り合って輪となってください。それから想起を行ないます。全員で一個となれるまで、大して時間はかからない。わたくしはそう信じていますよ」


 裏を返せば、それほどの難度じゃないと言っても一発成功は有り得ない。最初の内はここまでの訓練同様に失敗が続くと予告されているも同然だったが、今更そんなことに気を取られたりはしない。私たちは呼吸を合わせて静かに、そして深く神力へと意識を向けた。



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