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352 苦と労

「あなた方の理解と思考が着実にこちら側の見識モラルへ寄ってきていることを喜ばしく思います……と同時に、歯痒くも思います」


 接近速度・・・・は女神が思い描いていたほどの速さではない。私たちのポテンシャルからすればもっと速く、迅速な変化が望めると彼女は想定していて、そして私たちの実力なのか潜在能力なのか、とにかく「灰としての才能」をきちんと見極めているらしい女神がその点を見誤るはずもなく──これは先ほど彼女自身がそう断言してもいた──どうやら不甲斐ないのは私だけじゃなく私たち全員であるようだった。まあ、その筆頭が私だってのは間違いないだろうけども。


 けれど女神が何に対して歯痒さを覚えているかと言えば私たちの遅い歩みそのものに対してではなく、その程度の歩ませ方しかできていない自分に対してのようだった。意外な責任感の強さ……でもないのかな、これは。元より世界の全ての流れを自分の関与するところに置きたがっている節のある女神だ。それはこの女神特有の特徴というよりも管理者全般が管理者であるが故にじゃなきゃいけないってことなのかもしれないが、なんであれ良くも悪くも彼女は責任から離れたり目を背けたりはしないタイプで、功罪の全部を我が物として扱う人物──もとい神物だ。


 常に飄々と、淡々としているから何かを背負っているようにも気負っているようにもとても見えやせず、ともすればそれが無責任さや他人事感に思えてしまう部分もあるが。実際に対話の際にはそういう疑惑を向けもした私だけど、けれど一から十まで彼女の話を聞いて、こうして灰になってより深く、より強く結びついたことでもはやそんな疑惑は欠片だって持っちゃいない。


 背負っている。例えば魔王期を始めるために犠牲として選んだ魔人。例えば魔王期を続けるために少なからず消えていく人類の命。管理のために必要だからと割り切って切り捨てた一部に対しても女神は決して目を向けていないわけじゃないし忘れてしまっているわけでもない──ただ、堂々と背負っているだけ。その背中に犠牲の重みが圧し掛かっているとは思えないほど胸を張って真っ直ぐに私たちを、世界の未来を見つめているだけ。それが神としての正しい在り方だからそうしているだけ、なのだと。それが私にだってわかっているからには、一刻も早く私たちが灰らしい灰へ昇格することを切望する気持ちだってわかる。


 それは手の足りない自己を埋める最良の方法であり、それを急ぐことは次なるシステムを完成させる前の犠牲を少しでも減らすことに通じるから。だから女神は私たちを駆り立てるし、歯痒くもなる。


「ええ、その通り。わたくしがあなた方へ強いる苦と労はあなた方への非難でも責任の転化でもない。わたくしもただひた向きに導くのみであることを、どうか理解の上で──始めましょうか。想起の維持、十分を数えます」


 女神によって神力が引き起こされ、そして手放される。想起の勢い? 出力? ここら辺の表現は魔力とまったく勝手も操作感も異なるので悩ましいところだが、とにかく窄まっていくそれを私たちは咄嗟に維持する。自らの意思で女神が引き上げたラインに留まれるように神力の起こりを留めておく。


「っ……、」


 異変はすぐに察せられた。たかだか三十秒、それだけの維持で私の額は大量の汗で粒立っている。つ、疲れる。異様なまでの疲労感が募っていく。これまでの想起は時間にすれば数秒のことでしかなかった。神力を起こして、その後は鎮める。それだけのことしかしていなかったのでまったくわからなかった──起こしたままに留めることの難しさ! その大変さが、たった一分足らずでも嫌というほどに襲ってきている。


 これは持ち越された疲れとはあまり関係がない。無論のこと負荷を増やす目的で女神が休憩をくれなかった以上はチャプター2までの疲労だって私たちの神力制御の精度を落とし、多少なりとも難度を上げる一因にはなっているだろうけど、だけどこれだけの疲労でも多少しか影響していないと断言できるくらいには、ヤっバい! マジでエグいぞこれ……!


 女神の頭上にデジタル表記でされているカウントは、今ちょうど一分に達した。残り九分? 無理だ、無理無理。精々があと十秒持てばいいほうだって。歯を噛み締める。全身に力を入れる。そんなことをしたって神力の制御には何も関係がないんだけど、そうせずにはいられない。じゃなきゃ立ってもいられない。平衡感覚さえ保てない──カウント一分十一秒、自分で思った限界よりも一秒だけ長く持ち堪えられた。その一秒後には維持が利かずに萎れたはずの神力が急激に膨れ上がって私の体を駆け巡り、瓶ごと中身が飛び散るみたいにして弾け飛んだ。


「ごぱ」


 なんとも言えない断末魔を零した口からも神力が溢れ飛んで、私はまたしても爆発四散。そしてすぐに戻る。気付けば荒い息を吐き出しながら元通りに起立している。脂汗はそのまま。横では皆も同じようにゼエゼエと肩を上下させながら立っている。誰からも神力は立ち昇っていない。全員が失敗したってことだ。


「最長ははるこの七十一秒。初回としては上々、しかしてあなた方に眠る本領を思えば惨憺たる出来。といったところでしょうか」


 惨憺とは言ってくれる。必死に頑張った部下へ贈る言葉としては歯に衣着せないにもほどがあるだろう。けど、反論はできない。まずそんなことをする余裕が誰にもないし、女神の評価が過剰に私たちを貶めるものではないと、自分でも気付いているからだ。仰る通りにひどいものだ、この結果は。まったく十分に届いていない私が最長となると……先が思いやられる。


 想起の十分維持は当面の目標でしかない。その次は静清の十分維持、その次はそれぞれ三十分。言わずもがな一秒が積み重なるほどにとんでもなく負担が増していくこの訓練において、一分を越すのさえやっとの私が五分十分と維持を継続させていくのは数字の増え方以上に大変だ。チャプター2を最初にクリアした──と言っても差は僅かなうえに皆のそれとはだいぶ内容が違うので単純比較はできなさそうだが──私でさえこうなんだから、皆の胸中は察するにあまりあるというものだった。


 絶望的と言ってもいい難度。ただしそれは「今の私たち」にとっての絶望だ。ここまでやってきた三つのチャプターのどれだって絶望を感じなかったものはない。挑戦の始まりは常に先の見えない、クリアの見通しが立たない絶望と手を取り合うことだった。それでも繰り返し、何度失敗しようとめげずに挑戦し続けることでどうにかこうにか前に進んできた。だからこそこうして新たな絶望と出会うことだってできているんだ。


 打ちひしがれる必要はない。女神の指導は確かに私たちを成長させている。諦めずに挑戦さえしていれば道は拓ける。それはもうこれまでの試練で証明されてもいる。だから、どれだけ達成困難だろうとも。困難どころか不可能にとしか思えなくたって──やるべきことはひとつ。覚悟をもって挑む、それだけだ。それだけが私たちを前に進ませてくれる。


 即ち意志の力。灰となってからは人間であるとき以上にそれが大事になると、なんとなくだけどわかってきたよ。そしてこれを言葉で教えられたってきっとなんにも意味はなかっただろうってこともね。


 ふっ、と小さく吐息を漏らすようにして女神は。


「極まってきましたね。それは次の段階へ進むための兆し。このまま試練を前に、格を上に。あなた方が成り上がることを期待いたします」


 それでは二度目の挑戦を始めましょう。と、女神は再び私たちの神力を一気に、一斉に引き起こし、そして放り捨てるようにその制御を手放した。



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