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339 気高きその意志へ

「またルですか? では、『ルミナリエ』で」

「ちょい待ち、ルミナリエって何?」

「イルミネーションと同じ意味ですよ」

「し、知らん……」


 さっきからル攻めを必死に頑張ってるってのにちっとも効かないんだけど。ルビーみたいな簡単なのから始まり国名やら歴史上の人物やら今みたいなよくわからん英語? までポンポン出てきちゃって。なんなのコマレちゃん、語彙力の化け物なの? なんで攻めてる側の私のほうが息も絶え絶えなの?


「語頭のルより語尾のルのほうが思い付く数は多いはず……だよね。普通は絶対そうだよね!?」

「それだけハルコとコマレの間には知識で絶対的な差がある、ということ」

「にゃは。素直にル攻めは諦めたほうがいーんじゃないハルっち。苦しそうだよぉ?」

「っく……! いや諦めてなるものか。ここまで来て日和っちゃうなんて私のプライドが許さない!」

「しりとりに懸けるプライドって何」

「が、がんばってください、ハルコさん!」


 カザリちゃんの反応は冷ややかだったけど、それとは正反対にシズキちゃんは暖かい応援をくれる。シズキちゃんの順番は私の一個前なので、途中からはなるべく私がル終わりの単語を言いやすいように協力までしてくれているのだ。つまり私たちは二人がかりでコマレちゃんを落とそうと攻めているわけだけど、彼女の守りはまさに鉄壁、難攻不落の不沈城としてそこにそびえたっていた。


「ふっ。あくまでル攻めを続けるのでしたらいくらでもどうぞ? 無駄になるとは思いますけどね。はっきり言ってこういった勝負では負ける気がしませんので」


 くそー、いつになく自信満々に言ってくれちゃって。メガネなんてかけてないのにくいっとメガネを押し上げるジェスチャーまでしてるし。こういうところノリがいいというか、私たちの中で間違いなく一番頭がいいのに、間違いなく一番子どもっぽかったりもするんだよなコマレちゃん。まあ、そういう頭でっかちなだけじゃないってところが彼女のいいところだ。


 そしてそんな彼女にどうしても一泡吹かせたいと対抗意識をバリバリに燃やしてしまっている私も、人のことをとやかく言えない程度には子どもだとわかっている。わかっているけど負けたくない……!


「勝負を続けるよ!」

「ほーい。それじゃ、『映画監督』ぅ!」

「『クジャク』」

「ク……『クルマエビ』」

「! ナイスだよシズキちゃん、『ビル』!」

「では『ルビ』で」

「はぇ? るび?」

「ふりがなのことですよ」

「んんん!!」


 こ、ここに来てそんなシンプルなルの単語を出してくるとは……それも私のビルを引っ繰り返しただけっていうさぁ。さてはル攻めを察知した時点でビルのときにルビを出そうと決めて取っておいたな? という私の推測はそのものズバリだったようで、コマレちゃんはまたかけてもいないメガネをくいくいしながらニヤリと笑った。


「掌の上、ですよハルコさん」


 ぐぬぬ! ドヤ顔で私を見るコマレちゃんは背丈の都合で見上げる形だが、私としては果てしなく見下ろされてる気分だ。まさにアレだ、言うなればお釈迦様の手の内から逃げ出せずに弄ばれる孫悟空の気分。喩えとしてはかなり大袈裟だけど、それくらいに語彙力というか知識力の差を私自身しっかりと感じ取ってしまっている。


「くっそー。人をおサルさん扱いとは大したもんじゃないのコマレちゃん」

「いえ、何もそこまでは言ってませんけど……というかハルコさんも意外なところで教養を感じさせますよね」

「意外とはなんだい意外とは。前にも言ったけど私だって娯楽作品に限っては読書だってするんだぞ」


 西遊記くらい小学生のときに学校の図書室で読破済みよ。子どもでも読みやすいようにめちゃ簡略化されてた児童書だけどさ。


 とにかく私だってそう捨てたもんじゃないってことだ。圧倒的な戦力差があるのは否めないけど、こっちにはシズキちゃんの援護だってある。コマレちゃんも必ずしもミスをしないってわけでもない。んで終わる単語や既に使われた単語をポロッと口にしないとも限らないのだ。ちゃんとゲームとして勝ち負けを判定するため、一度口にすれば待ったなしがこのしりとりの唯一にして絶対のルールだ。つまり、それなりに使用済み単語も多くなってきたここからが真の勝負の始まり!


「ゲームがヒリつくのは今からでしょ、コマレちゃん。もう勝ち誇ってちゃ足を掬われるよ?」

「ほほう。それでは是非とも掬ってみてください。あなたに本当にそんなことができるのなら!」


「しりとりってこんなに白熱するような遊びだっけ~?」

「この二人が子どもよりも子どもなだけ」


 提案しといてそりゃないんじゃないのって感じのセリフをカザリちゃんが吐くが、その言い草とは裏腹に彼女の表情は明るい。ゲームを楽しんでいるのは私たち二人だけじゃなく彼女も同じである。もちろん、ナゴミちゃんとシズキちゃんもね。


 ということでゲームは激化の一途を辿り、最初こそ丁々発止にやり合っていたのは私とコマレちゃんだけだったけど段々と他三名も負けてたまるかって目をし始めて、全員が単語を絞り出さなくちゃならないくらいになって──その時点でも最も余裕があるのはコマレちゃんだった──いよいよ誰かが脱落しそうだ、ってところで。


 室内にある大時計から「カチリ」とこれまでにないくらい大きな針の動く音が響いて、思わずそちらに目をやったときにはもう時計なんてどこにもなかった。時計だけじゃなく、私たちが座っていた椅子も部屋の奥にあった大机も、壁や天井すらも消え去って。そこには白だけがあった。


 真っ白空間。いつの間にか移動したんだと気付いたその瞬間、私たちが取り囲んでいる中心に女神が出現した。


「お待たせしました──約束の時刻です。今一度、あなた方の決定をこの耳に聞かせてください。帰還か、それとも残留か」


 前置きも何もなく女神は私に向かってそう言い放った。だけど皆の目線的に、どうやら女神は各々の視点では自分のほうを向いているように見えているようだ。一人しかいない女神が五つの方向をそれぞれ見ている……何がどうなってそんなことになっているのかさっぱりわからないが、これも神さまパワーなんだろう。


 私たちは突然の事態にも慌てふためいたりしない。真っ白空間への呼び出しがいきなりだってのは過去二回の経験でとうに承知していた。それにこうして呼ばれるのを待って暇つぶしまでしていたんだからね。


 まあ、その暇つぶしのためのしりとりが思いの外に盛り上がったために(しかもちょうどそのクライマックスを迎えようとしているところだったので余計に)待っていたはずのこの呼び出しによって横槍を入れられた感があるんだけど……言ってもしりとりはあくまで余興、この部屋に集まった理由は女神との対話にこそある。単語の検索にばかり特化させていた思考回路と気持ちを切り替えて臨むとしよう。


 息を合わせようと意識するともなく、私たち五人の返事は同時だった。


「コマレは残留します」

「ウチは残留しま~す」

「わ、わたしは残留、します」

「私は残留します」

「私は、残留する。そして戦うよ。最後までこの世界のために、皆と一緒に」


「──よろしい。あなた方の選択、しかと聞き届けました。故に」


 女神が両手を広げる。するとその姿がぼんやりとした光を放ち始める。光量はそこまででもないが真っ白な世界においても瞭然としているその輝きは妙に眩しくて、でも私は直視することをやめられなかった。


「帰還と忘却に背を向け、残留と闘争を選んだ気高き意志へ、神として。世界の管理者として応じましょう」



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