340 輝きの中で
目が引き付けられる。自然とそうなるのはそこに「力」を感じるからだ。目を逸らし難い、抗い難い力。いや、人の身にはそもそも到底抗いようのない力──神としての力が、そこにあるからだ。
「力を望む、と言いなさい。そして人間の枠組みの外へ自らを置くことを強くイメージするのです。それが『報酬』を受け取るための助けになります」
報酬。魔王討伐という大任を果たしたことへのご褒美。私たちはそれを貰うっていう建前で女神から本来ならまずありえないはずの「二度目の祝福」を授かり、それによって人間をやめて灰になる。使命を課された勇者ではなく、お仕事として世界の管理を手伝う本当の意味での女神のしもべになる……その変化が私をどういったものにするのか、ついに知りたくもない全貌が明らかになるときがきたってわけだ。
まあ、ついにも何もこの選択を突き付けられてからまだようやく丸一日ってところなんだけどさ。でも迷いや怖さもあってよくよく考えた結果であるだけに気分的にはやっぱり「ついに」っていう言い方が正しい。昨日と今日では私もだいぶ変わった。下手をすればアンラマリーゼを倒すまでの五十日と、この一日は、並ぶくらいの密度があったよ。それだけ色々なことをたくさん考えたってことだけど……そういう意味じゃ既に変化は始まっていると言えるのかもしれないな。
なんにせよ私は私であり、変わっていく私も私である。その中でどうしても変わりたくないもの、変えたくないものをどれだけ守っていけるか。それが成長の鍵なんだろうと、この旅を通してなんとなくそういうことが実感として理解できてもいるので。なので、怖さは依然としてあれども怖くない。変な表現の仕方にはなってしまうけど、これが私の本心だ。
前へ進むことに怖さは付き物。変わっていくことに恐怖はどうしたって付き纏う。それは仕方ないことだしどうしようもないことで。だから心を強く持つ必要があり、だから、同じ志を持つ仲間を持てばこんなにも心強い。怖いけど、一人じゃないから怖くない。皆がいるから恐れず前へ進める。ひょっとしたら女神がこの魔王期の終わりを見据えた勇者の選定で五人も見繕ったのは、特異点であるアンラマリーゼへ干渉した分のバランス取りで、という理由の他に、灰へと昇格するにあたって私たちが勇気を持てるようにしたかったっていう理由もあるのかも?
歴代勇者の中でも特に傑物だったという初代勇者のように、特異点に釣り合う選定の仕方は何も人数を増やすだけじゃなく「超特別な一人」を選ぶっていうやり方だってあるんだ。でも今回女神はその方法を取らなかった。二番煎じを避けただけで、それにも何かしら彼女が従わなくちゃいけない理というものがあってのことかもしれないが、そうじゃないかもしれない。千五百年も続いた魔王期で初めて勇者を何人も用意したのは──チームとして灰になってくれる人材こそを欲していたから。つまり、この先の大きな波を人類が乗り越えるには神の手足として動く灰が一人だけじゃ足りないから、なんじゃなかろうか。
最初から灰へ昇格させることを見越していたっていうなら、私たちの前向きな決断を促すためにもそうするほうが女神にとって都合がいい。どこまでも合理的に利己的。でも、ここでの利己とは女神の私利ではなく世界の存続における利であり、それを目指すことが前へ進みたい私たちにとっての利にもなっているってことを、忘れちゃいけないだろう。
「世界の均衡を崩さないための制約。管理者が順守すべき理はその手足たる灰にもかかります」
少しずつ増していく輝きの中で女神が言う。
「一見すれば迂遠にも非情にも取れる行動と選択。人間の目には確かにそう映る行いを今後のあなた方は否応なしに『しなければならない』──または望んで『したくなる』。それは仕組みを知る者としての合理であり、自身が自身のために存在しないからこそ自身以外を内包した巨大な利己となるが故の変化。どこまで染まるかは、あなた方次第とはいえ。管理する側の思考法からは決して逃れられない。それだけ管理される側との隔離は著しいのです」
巨大な利己。管理される側であれば単一の自己のため。それだけを指針にすればいいが、灰となるとそうはいかない。灰は管理する者であり、その存在意義は自己の保身だとか種を残すだとかの一般的な生物の存在意義とは異なり、己のためではなく世界のため。末永く世界を残していくためにある。つまり人類を存続させることであり、人類を存続させるために他種族を使うことでもある。少なくともこの世界を残すとはそういう行為だ。そういう働きかけを女神はずっとしてきていて、それを手伝うのが灰になった私たちのお仕事になるんだから。
なのでより正確に言えば世界のために存在しているのは女神であって、その女神のために存在するのが灰なんだろうけど。管理者と名乗れるのはどこまでいっても女神ただ一人なんだろうけど──でも、直接手を下すことがなかなかできない女神に代わってイベントに介入・干渉し、世界を管理しやすいほうへ導いていくっていうタスクを思えば、私たちだって立派な管理者だ。管理の現場員で、それに指示を出すのがデスクの女神。みたいなイメージでいいんじゃなかろうか。
女神よりも前に出て、女神みたいに縛られることなく動けはするけど、でも完全に自由ではないし奔放でもいられない。ということを、女神は言いたいんだろう。この点、理の裏をかくというか隙間を縫うように世界へ手を出す手法がつまるところ灰なんだと理解していた私にはちょっとどころではなく意外でもあったが、けれど先の喩えで言えば私たちの行動の大元はあくまで女神。灰は独立した存在ではなく女神の見えざる手──これは本来なら世界にとってもその世界の住民にとっても灰が認識されない者だという意味だ──なのだから、いくら女神そのものではなくともある程度の縛りが共有されるのは何もおかしなことではないのか。
秘密結社の如く人々には知られずに暗躍するのが灰という存在の正しい動き方(女神の知る「例」がそっちのほうが多いってだけのことみたいだけど)らしいので、裏技チックに灰を獲得した女神はそのせいで私たちを公に隠すことができない。まあ、次の波があまりにも大きすぎるものだから、それをなんとしても乗り越えるために灰が現地住民とがっつり手を取り合うのは女神からしても既定路線かつ望むところ。初めからそのつもりで勇者を灰へ昇格させる案を思い付いていたってことなんだろうが……しかしそれのリスク、あるいは反動として、神の手である灰が大っぴらになり過ぎていることで私たちにかかる制約は通常の活動しかしない灰に比べておそらくかなり重くなる。
そのことを前提にした行動を取るようにしてくれ、と、女神は用心深く私たちにそう命じているわけだ。まだ灰になりきらない内から。
「そういうの、いざ変わろうとしている最中に言うもの?」
「念のためですよ、はるこ。言わずもがなのことでしかありません」
何に向けての念のためなのか。それは神ならぬ身の私には彼女の真意が見えないために知りようのないことだが、けどほんの少し、本当に少しだけ、女神が嬉しそうにしているように思えた。これが勘違いでないのなら──きっと灰への変化はもう始まっている。女神の力がもう私の中に入り込んできているに違いない。
「わたくしが祝福します。この糸における灰の誕生を」




