335 しょうがないから助けてやる
「女神のやってること、私たちにやったことは心底どうかと思ってる。皆がそこまで怒っていないにしたって、筋違いと言われたって皆の分まで怒りたいくらいには、とんでもない所業だと未だに許せずにいるよ。だから許すつもりはないし、この先あいつに心を許すことは永遠にないと断言できる。それはあいつが変わらない以上は変わらないことで、そしてあいつが変わるなんてまずあり得ないからにはあり得ないことだとも思ってる。これはまず、私の素直な気持ちね」
「まあ、それは重々にコマレたちも知っていますが」
「あはは、そうだよね。でもそれだけじゃないってことも言っておきたくてさ」
「それだけじゃない、とは?」
「やってることを肯定はできないけど、否定もできないなって」
人を駒として見て、人々を数字として見て。自分の意のままに操ることを当然としか思っていない。犠牲だって当たり前に出して省みない、あの在り方。私は操られる側の人間としてそれを決して肯定できない──けれど、女神が神としてそういうことをする、そのひとつの「正しさ」だって否定はできない。
もちろん心情的には否定したい。でも理屈の上ではわかってしまっている。女神は女神で責務を果たしているだけ。管理者としてこの世界を管理するためにすべきことをしているだけなんだって、理解できてしまったからには。私たちの扱いや、人類から犠牲者を見繕うやり方に不満こそあっても不満をぶつけるだけってことはしたくない。それじゃあまりに感情任せ過ぎる。考えなしが過ぎる、無責任な行いだと思うからだ。
文句を言って詰るだけなら誰にだってできる。できるから、ついついやってしまう。代案も協力もなしに他者の仕事にケチをつけるだけのみっともない行為を、人っていうのは……いや、私っていう人間は気を抜けばとかくやりがちである。口だけの女になるな、とは母から一番最初に教わって、大切にしている信条のひとつ。
「女神に口出しをしたいんだよ、私は。そしてそのためには口だけじゃなくて手も出さなくちゃいけない。何もする気がないくせに管理の仕方にぶつぶつ言うだけの私にはなりたくない、だから、協力する。代案だって出せるなら出す。それは灰になって女神の仕事を手伝う立場にならなくちゃできないことじゃん?」
「女神様のことが許せないからこそ、女神様の助けになって、思う存分に文句を言えるようになりたい……ということですか」
「そう、まさにそうよコマレちゃん。だから逆なんだよね。女神への恨みは意地を張らない理由にはならなくて、反対に、ますます張らなくちゃいけない理由になってんの」
間違っても女神をかわいそーだとかさびしそーだとかは思わない。これっぽちだって同情なんてしたくない。でも、シズキちゃんほどじゃなくても、私だって女神への理解は多少なりともあるつもりだ。たった一人、手を取り合う仲間もなく、延々と世界を存続させるためだけに存在し続ける、それこそ「システム」めいた女神の在り方に……ただ文句をつけるだけのしょうもない私には、だからなれない。だから残ると決めた。それだって意地の内だ。
「しょうがないから助けてやるってだけだよ。他に灰の候補もいないからには、それは私がやるっきゃないことだから」
そうして、ただの使いっぱしりじゃなくてちゃんとした部下になったんなら、ずぱっと言ってやれそうじゃん? 上司にもっと上司らしくしろって。もっとちゃんと下のことも考えてくれってさ。それで女神が自分の行いを省みたり、何かしら改心やら改善があるとも思えないけど。下手な改心が女神から女神らしい判断力を奪って、それが世界の危機に繋がるかもしれないってことを考えたら、いっそそんなものないほうがいいとまで思うけども。
でも、女神が変わるにしろ変わらないにしろ、私はやっぱりあいつに面と向かって文句を言いたいし……その前に、誰にも労われたことのないであろうあいつに一言くらいは、お疲れ様の言葉をかけたいんだよね。
この世界の住民からは慈母の女神なんて呼ばれて厚く信仰を捧げられてはいるけど、ほら。言ったみたいにあいつは人々を数字とか種族でしか認識していないっぽいからさ。個人なんてもっての外で、集団単位でさえも認知できていないしするつもりもないのは明らかで。
なのでどんなに住民たちから崇め奉らわれようと女神がそれを喜んだり仕事のための原動力にしたりすることはない……うん、ないと思う。精々が人々を操るのに便利に利用するくらいのもので、間違ってもそれに胸を打たれたり心を動かされたりはしないだろう。それがどんなに侘しいことかもわからずに女神はただそうあり続けるわけで。
せめて、並び立つとまではいかないまでも。傍にいられるくらいの関係性があったほうがいいんじゃないかと、真っ白空間での長話を通して、私は女神に対してそう感じたのだった。
「……普通ならできない。心から嫌っている相手に、嫌っているからこそ助けよう、なんて」
「まったくですね。でもそこはまあ、ハルコさんですから。妙な納得もあります」
「にゃは、そうだねぇ。だってハルっちだもんね~」
「は、はい。それが、ハルコさんですから」
お、おお? できるだけ噛み砕いて私の心理ってものを説明したつもりだけど、それでも皆からすれば理解不能にしか聞こえないんじゃないか、と思いきや。割とわかってもらえてるようだ。
それは噛み砕き方が良かったっていうよりもこれまでの付き合いで私という個人が理解されているからなんだろうけど……なんにせよ、明確に皆とは違う動機であってもこうして受け止めてもらえるのは嬉しいことだ。それだけ私たちの間に確かな信頼関係が築けているっていう証明だもの。
こういう関係性を、できれば女神とも築きたいっていうのが「世界を守る」ことに並ぶ私の目標なわけだけど。おそらくそれは世界を守る以上の難度になるんだろうなぁ。
こうして話し合う私たちのことも女神はどうやってか見て聞いているはずだが。ここまで赤裸々に語っていてもきっと、女神の心は微塵も動いていないに違いない。それが私には確かめなくたってわかる。
「私もそれは難しいと思う。でも、協力したい。第五大陸の魔物が魔王さえ超える脅威だっていうなら……対抗するための武器はやはり、結束。私たちだけじゃなく、私たちを使う女神とだって結束は欠かせない」
カザリちゃんの発言に私は同意を込めて首肯する。そうだ、一致団結して魔族に、それを率いる魔王に抗い、どうにか勝利を収めた。私たちのチームワークがなければこの結果はなかった──翻って、更なる強敵を向こうにする今後はなおのことに、直属の上司になろうという女神も含めていっそうの団結が求められる。そうでないと第五大陸という「真の魔境」の住民には勝てっこない。女神との相互理解を求めるのはそういう戦局的な意味もあってのことだ。
それを察してカザリちゃんが協力を申し出てくれたのは非常に心強い。
「お互いにもう黙っていることもないし、私たちの結束力は今まさにさらに高まった。そこに不安なんて私はない……でも、どんなに私たちが決意を新たにしたってここから始まる戦いが厳しいものになるのは変わらないと思うから。だから改めて──これからもどうかよろしく。一緒に、頑張っていこう!」
次の敵、次の戦い、次の旅路。予定外ではあっても避けられないものとなったそれを、誰も欠けることなく迎えられる。過酷さは置いておいて、今は湧いてくる勇気と喜びだけを噛み締めていよう。そのつもりでかけた言葉に、皆も「おう!」と元気いっぱいに返してくれた。
勇者一行の再出発だ。




