336 ならあたしらは
「……なんということだ」
魔王アンラマリーゼ打倒の翌日。
王都に大打撃があった昨日の今日、ということで王城はもちろん未だてんてこまい。ルーキン王を始め誰もが忙しなくしていたけれど、早急に話しておかなければならないことがあると私たちがお願いすれば彼は快く時間を割いてくれた。
と言っても、ルーキン王としてはそれを「別れの挨拶」……歴代の勇者がそうだったと記録に残っているように、魔族を退けたことでその役目を終えた私たちが彼らから見ての異世界へと帰ろうとしているのだと解釈していたようで。
盛大にとはいかなくても私たちと所縁のある面子を集めて見送ろうとバロッサさんや、魔術師ギルド秘蔵の転移の術とやらで昨日の内には王都入りしていたルールスさんやトーリスさんなどに声をかけてくれていたのだけど。私たちの話したいことが「次なる脅威」についてであると理解すると一転、お別れの会から緊急会議に様相を変えて集会が開かれることとなった。
ルーキン王の側近である文官さんたちや兵士の代表としてゴドリスさん、その付き添いにシュリトウさんやアザミスさんもいて、少人数ながらに連合国の政治・軍事両面での主要人物が集まっている王の間にて私たちは全てを打ち明けた。
全て、とは文字通りの全て。女神がどういった立場にいるどういった神であり、どういった腹積もりでいて、そしてこの先に世界をどうしたいと思っているのか。これまで現地住民が知り得なかったこの世界の真実も含めての丸々全部を話したのだ。主にコマレちゃんと補足係としてカザリちゃんが。私はあまり口を開かなかった。不必要というか余計なことしか言わない自信があったからね。
で、慈母神として名高き女神さまの思わぬ人となりならぬ神となりを知ったことでルーキン王たちは少なからずの衝撃を受けていたみたいだけど、やはりなんと言ってもそれ以上に衝撃なのが第五大陸という彼らにとって存在すら未知の土地と、そこに住まう強魔物が人類社会に乗り込んでくるというそちらの事実のほうだった。
手を出してはいけない魔物の筆頭であるドラゴン。人からすれば雲の上の存在である強さの象徴ともいえるそれを平均レベルにまで落としてしまうほどに強者ばかりなのが第五大陸だと説明すれば、さしもの彼らも最初は上手くそれを咀嚼できずにいたようだけど、私たちが決して大袈裟な物言いをしているわけではないと伝わってくれればさすがに理解も早く、そしてそれだけに頭を抱えることとなった。それで冒頭のセリフ、ルーキン王の嘆きに繋がったわけで。
「こちらの大陸へ乗り込んでくる、それ自体を止められはしないって認識でいいんだね?」
深々としたため息を吐いてからバロッサさんはそう訊ねた。確認の体を取りつつもその口調にはどこか裏技的にそれができるんじゃないかっていう期待も捨て切れていない響きがあったけど、私たちの返答は決まっている。それが不可能だってことは各々が既に女神との対話を通して理解できているからだ。
「はい、それは叶いません。世界の仕組みがそれを許さない、ようなんです。コマレたちも女神様からの又聞きでしかないのが説明を難しくさせてしまいますが……とにかく、出来事そのものには手の出しようがないと思っていただければ」
「強魔物とやらと戦うことは避けられない、ってことかい」
また嘆息混じりにバロッサさんが頷きながら言った。強魔物っていう私のテキトー過ぎるネーミングがコマレちゃん経由で採用されてしまっていることに若干の気恥ずかしさを抱きつつも、そんなことを気にしていられないほどに場の空気が重い。その気持ちは、よくわかる。せっかく世界を救えたと思いきや今までの戦いがまだ前半部、というか言うなれば前座のようなものだったと知って私たちだって相当にガクッときたのだ。
私たちの場合、最初からそこまで込み込みで運用を企んでいた女神の思惑も合わせてショックを受けたわけだけども……この世界を生きる当事者である彼らが受けているショックだって、それとは別種ながらに度合いで言えばもっと大きなものであることだろう、と思う。大昔から続く魔族との戦争がやっとこさ終結したってところにそれ以上の戦いが待っていると言われたらそりゃあ、冗談じゃないよって感じよな。
結局は外様の人間である私にはその感情を正確に想像することはできないけど、とにかく大変なやるせなさや憤りがあることは確かだ。それだけはわかっているだけに、コマレちゃんの説明にも丁寧さと慎重さが求められる。
重大なことなんだからひとつの誤解や勘違いもないように、ちゃんと話さなくてはならない。状況によっては一同が意気消沈してしまうことも考えて、どうにか私たちが鼓舞というか励ます必要もあると昨日の時点で相談してシミュレートもしていた……のだけど。でも、彼らの切り替えはとても早かった。
「ならあたしらはそれに備えるしかないわけだ──ルーキン」
「わかっております、先生。急ぎ国中の兵士らの編成を整えましょう」
第五大陸からの襲来は今日明日に起こることではない。私たちが取り戻した平和は束の間とさえ言えないほどに僅かなものだけど、でも僅かと言えど「何もない日々」はある。それは女神が保証したことでもあるから確かだ──けれど、現状は対魔族を第一として組まれている警備体制にメスを入れるのは、今の内から始めておかなくちゃならない。いざそのときが来てから編成を入れ替えても遅いのはもちろん、兵士たちにも新体制に慣れさせる時間があったほうがいいからだ。
ということでルーキン王の言葉を受けて、兵士の中でも最高責任者であるゴドリスさんが力強く頷いた。
「五日以内に終わらせましょう」
「魔闘士ギルドの連中も好きに使えゴドリス。俺もしばらくは王都に残って各地へ指示を回そう」
「助かる、シュリトウ」
古い知人であり盟友でありライバルでもあるシュリトウさんからの提案にゴドリスさんが小さく笑みを浮かべた。昨日も思ったけどこの二人、割と普通に仲いいよね。や、友達だと聞いてはいたんだから仲がいいのはわかっていたことではあるんだけど、シュリトウさんがゴドリスさんについて話す際の語り口からしてもっとこう、ギラギラとお互いを強くライバル視しているものだと……強敵と書いて友と呼ぶ、みたいな間柄だとばかり思っていただけに、こうして学生時代から付き合いのある同僚同士みたいな接し方をしているのを見ると少しばかり意外に感じる。
まあ、ゴドリスさんは手当てこそ終えているとはいえ片腕と片目を失っていて、これまで通りに戦える状態にはない。それがシュリトウさんのギラつきを抑えているのかもしれない。というかゴドリスさん、これだけの怪我をしてよく丸一日も経たない内から平気に仕事ができるよな……ホント、こちらの世界の人たちの覚悟というか責任感には、自分のそれとのスケールの違いを常々見せつけられて頭が上がらないよ。
「我々魔術師ギルドも早急に動かねばなりませんね、ルールス様」
「ああ、そうだね。瘴気対策の必要がなくなったからにはそのリソースを使うとしよう。王よ、大陸魔法陣へ手を加えることに許可を頂けますかな」
「うむ、連合国王の名において貴殿らに一任しよう」
ありがたく、と恭しく礼をするルールスさんだったが、彼が大陸魔法陣をどうしようとしているのか当然に私たちにはまるでわからない。その疑問に気付いてか、不意にこちらを見て微笑んだルールスさんは言った。
「対強魔物用に魔法陣を書き換えるんだよ」




