323 勝利を喜ばずにいたら
魔王が討たれたと知ったルーキン王の喜びようはそれはもう凄かった。泣き笑いのような顔で何度もありがとうと言われ、ハグまでされた。豪放磊落を絵に描いたような頼もしい王様だって思っていた人がこんなに我を忘れるんだから、やっぱり王としての重圧は凄まじかったんだろうなと思わされたよ。初めて会ったときにも就任中(王様にもこういう言い方するんだろうか?)に魔王期が来たことを嘆いてはいたけど、あれは紛れもない本心であり可能な限りの強がりでもあったんだな。見た限りでは来たものはしょうがない、くらいの感じだったけど胸中ではもっと沈痛な思いが渦巻いていたんだろう──それから解放されたとなったらこれだけ大喜びするのも当然だ。シンプルにルーキン王も魔王に襲われて死線を潜ったばかりでもあるしね。
彼が勇者五人全員に厚く感謝(と握手&抱擁)をして、それで終わったかと思えばまた最初に戻って私へ再び感謝を述べ出したあたりでゴドリスさんが数人の部下と一緒に控え目な口調ながらに断固とした態度でそれを窘めた。要約すれば賛辞はそれくらいにして立役者たちを休ませてやったらどうだって内容だ。私たちがへとへとだってことをさすがに一流の兵士であるゴドリスさんらは見抜いているようだった。
実際に休憩を欲していたのはその通りで、そこを気遣ってもらえたのはとてもありがたいんだけど、それを言った側が片腕と片目を失くしているゴドリスさんなものだからそんな彼を差し置いて疲れてこそいても誰も大怪我はしていない、一応は五体満足の私たちからすると少しばかり気まずい思いもあった。
なんと言っても彼らは、ルーキン王もだけど休む気がない。私たちと違って休みたくても休めない、と言うべきか。このあともノンストップで避難民及び住居・働き先を失った人たちへのサポートを始めるというのだから──忘れちゃならないけどドワーフタウンの復興にもかなりのマンパワーを使っている最中だ──頭が下がる。
一般市民の死者は、アンラマリーゼが宣戦布告を行なったことで攻め込まれる前から逃げ出せてゼロ人。それは幸いと言えるけど、中央門の門兵や駆け付けた衛兵、そしてミヤコ市場で足止めのために戦った選兵団からは死者が出ている。それも十名やに二十名じゃ利かない大人数だ。どれもが露払いや罠の設置のためにザリークが主体でやったことのようだけど……あくまでアンラマリーゼ自身が手を下さなかったというだけでザリークがしゃしゃる分には好きにさせていた、ということだろう。
どうせ拘るなら自分だけじゃなく部下にも我慢をさせとけよ、と思ったけど敵にそんなことを期待するほうがおかしいわけで。もう帰ってこない人たちを思うとやっぱり私は気落ちするし、失った悲しみが私以上に強いはずのゴドリスさんたちが涙のひとつも見せずにまだ頑張ろうとしているのを見ると、その怪我も相まって痛ましいし悲しい気分になってしまう。
なので称賛されても素直には受け取れず、休むように言われても気が乗らずにいたわけだが、そこに怖い顔をしたバロッサさんがずいっと寄ってきて。
「しゃきっとおしよ。ゴドリスも言ったようにあんたらは平和を取り戻した立役者なんだ。あたしらからすれば文字通りの救世主。この王都の民にとっては尚更にね。そんなあんたらが勝利を喜ばずにいたら周りはどう見る?」
お互いの無事と再会を改めて祝すのもそこそこに、バロッサさんはそんなことを言った。うーむ、確かに魔王を直接倒した勇者がいまいち浮かない顔をしてたら「あれ?」ってなるよね。そこから不安になる人も出てくるかもしれない。まだ何か脅威が残ってるんじゃないかってさ。
……実際に脅威は残っている、というか現在進行形で新しい脅威が人類を襲おうとしているわけだけど、それが事実なだけになおのこと不安にはさせたくないな。次の戦いが遠からずに始まるからこそ、今はちゃんと祝勝の雰囲気に浸らせて身も心も回復させてあげたい。連合国の住民は魔王期の間ずっと、誰しもが死を隣に感じていただろうからね。魔族と直に相対していなくたって精神的な疲弊は大きいはずだ。
それを癒すためにはやはり私たちが率先して喜ぶのが一番。ということをバロッサさんは教えてくれたのだ。というか、叱られたって感じかな。
「そら、あたしらのことは気にせず治療を受けて体を休めな。……本当に全員が無事で良かったよ」
別荘で魔術の訓練をしながら過ごした最初の一週間に戻ったような気持ちで納得した私たちは、まるで追い出されるように王の間を後にすることになった。そのとき、送り出すバロッサさん目には少しだけ光るものが。……涙だ。あのバロッサさんが泣くなんて、と驚かされると共に彼女がどれだけ私たちを心配してくれていたのかが伝わってきて、こっちもほろりと思わず貰い泣きしてしまった。
それは皆も一緒で、シズキちゃんなんかはハンカチが必要なくらいの本気泣きをしている。カザリちゃんですら目元を拭っていて二重に驚き! でも意外そうに見ているのがバレてじとりと睨まれたときにはもう涙の気配なんて欠片もなくなっていて、いつも通りのカザリちゃんだった。さっすが、ウルっと来てもクールは崩さないね。
というわけで城兵の二人に付き添われて王城内にも用意されている癒者を派遣する治療室へと移動。ちなみにシュリトウさんや、彼と一緒に戦っている最中に体力の限界で倒れたアザミスなんかも容態を診てもらっているはずだが、どちらも大きな怪我とかはしておらず命に別状はないってことだけは知らされている。今頃はどこかの部屋で治療後の休憩を取っていると思われる。つまりこれから私たちがやろうとしていることを先にやってるってことだね。ただ、案内してくれている城兵さんの言い方からすると私たちとは別室になりそうだ。
アザミスがぶっ倒れた直後に最低限の治療を終えた動ける部下だけを連れてゴドリスさんがシュリトウさんに合流、加勢。アザミスのサポートがなくなって押され気味だったザリークのミラーズ軍団(なんと互いが互いを修復する厄介な連中であったらしい)との戦いの流れを変えてどうにか殲滅。その足でまだ戦える選兵団&シュリトウさん、そしてそこでちょうど目を覚ましたバロッサさんも一緒に私たちを助けようと中庭に急いだ。そのタイミングで私たちもアンラマリーゼを倒した、というのが全体の展開だったようだ。
アンラマリーゼの固執。ザリークの罠や死後も残ったミラーズの性能。それに一流の魔術師であるバロッサさんが気絶から意識を取り戻す時間や、一流の兵士であるゴドリスさんたちが部隊を立て直すための時間。それらが妙な噛み合いを見せたことで勇者対魔王の戦いは他の戦力が入り込む余地もなく完結したことになる……何かが少し違っていれば最終決戦の様相は大きく変わっていただろう。
それが私たちを有利にしたか不利にしたかはともかく、たぶんアンラマリーゼとしては何も変わらなくて幸いだったろうな。最初は私と、次に私たちと。勇者だけを相手に充分に遊びつくしたんだから、負けたこと以外に悔いはない。きっとそうだと思いたい。
そんなことをしんみりと思いながら歩いているとすぐに目的地である治療室の前についた。丁重に入室を促されればそこにはこちらの人数と同じ五人の癒者が。そしてそれぞれに治癒術をかけてもらって、でも傷はそんなに多くないので全員割とすぐに治り終わって(なんかすごい表現だ)、あとは安静にしておくようにと言い残して癒者さんたちは出て行った──というわけで。
「話し合いをしましょうか」
思いの外に早く訪れた五人だけで話せるチャンスに、早速とばかりにコマレちゃんが言った。




