表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
320/350

320 あなた次第

 永遠の関係性。言葉の意味こそすぐには理解できなくても、そこからものすっごく嫌な匂いを嗅ぎ取ることはできて、私は自分の顔がますます渋面を作り上げているのをしっかりと自覚しながら訊ねた。


「あっと、その繋がりっていうのはアレなの。もしかして灰としてのお仕事を終えても消えない感じだったり?」

「永遠ですから」


 にこやかな肯定が返ってきて、ついついため息。決して断たれないなんて強い言い方をされたからにはそうなんじゃないかって予想もできていたとはいえ、ずばり的中となるとそりゃため息くらい出る。でも女神はやっぱり私のリアクションなんてちっとも気にしない。


「位階の昇格が易いことではないように、降格もまた然り。起こり得ないとは言いませんがこれもまた通常なら有り得ないことであり有り得べからざること。管理者たる神に次ぐ存在となるのですから『灰になる』というのはそれだけ理としても重大な変化であると理解してください。神の手とは現地や現地民には得難い絶対性を獲得して初めて成り上がれるものだと」


 その世界の住人からすれば灰だって神と同じくらい超越的な存在になる。それは白の御旗として送られた勇者と比べてもまったく比較にならないほどの純度の高い絶対性だ。灰の価値というのはそれだけ、管理者の御用聞きとしても世界に投入される駒としても非常に「重い」ものだということ。そしてそんな重い立場に就くからには、その力の大元である管理者との間に立ち切れない繋がりが生まれるのも当然と言えば当然の話でしかなく。


 それは明確に私たちが「人じゃなくなること」を意味している。


「丁寧にお話した甲斐あってあなたにも管理者の世界・・が見えてきているようですね。その通り、灰になれば人の理では生きられなくなります。勇者であったこれまでとの最もの差異を端的に表すならばこの一言に尽きるでしょう──あなた方は人類の上限を打ち破り、管理者こちらの一員になる。その結果として生じる変化を弊害と呼ぶのであれば、ええ。それも間違いとはならない」


 灰の立場は明確に管理者本人よりも下だけど、それ以外の全部。管理者に管理されている全てよりも明確に上である。その狭間の立ち位置をして私は中途半端な、なんなら板挟みにもなりそうな苦労の多い役職だろうと感じたわけだが……そしてこの感想自体は誤ったものではなさそうだけど、けれどそれに引っ張られて少々どころではない誤解もしていたらしい。


 半端な立ち位置ではあっても灰は私が思った以上に管理者に近しい、まさに神の手と呼ぶに相応しい「一部」であるようだ。手という呼び方は比喩であって比喩でない、割とそのまんまな呼び方だってことか。そりゃあ、切っても切り離せない仲にもなるってもんだね。それだけの繋がりとなれば世界の壁を隔てても繋がりが消えないってのにも、改めて納得がいく。


 それを了承できるかは別にして、だけど。


「承服しかねますか?」

「当たり前じゃん。コマレちゃんみたいに頭も良くなければファンタジー知識も乏しいけど、そんな私でもとんでもなくヤバい提案をされてるってことくらいは察しもつくよ。一度灰になってあんたとなったら……人間じゃなくなったら、そのあとの私は本当に私だって言えるの?」


「──あなた次第、ですね」

「…………」


「いいえ、ふざけてもいなければはぐらかそうとしているのでもありませんよ。わたくしはあなたに対して極めて真摯に真実のみを話しています」

「ふーん。じゃ、私次第っていうその心は?」

「わたくしの知るところあなたの危惧は正しく、灰への昇格を機に思考が様変わりする例は少なくありません。管理者と密接になり高い視座を得れば見えるものが変わり、見えるものが変われば思うことも変わるもの。誘導や洗脳ではなく自ずとそうなっていく、ということです」


 管理される側よりも高い視点に立つとはそういうことなのだと女神は言った。その変化は私が想像する以上に劇的でもある、とも。


 例えば、私がそうであるように、人類を数や性能で見る行為を忌避していた人がいたとして、けれど灰になった途端に積極的にそれに倣うようになった。以前までのその人なら決してできなかったような冷酷なまでの選別や取捨をなんの躊躇いもなく実行できるようになった──灰の立場とはそれだけ人を変えてしまう。二重の意味で「人が変わった」ようになってしまう変化である。


 そんなことを聞かされてしまえば眉間の皺はもっと深くなる。考え込む私に、女神は淡々としていた口調に少しだけ色を混ぜるようにして続けた。


「けれど灰になろうと人の感性を失わない例も、わたくしは存じています。あなたが変わるか変わらないか。視座に思考まで引き上げられるか否かは言いましたようにあなた次第。人にあらずとも人に寄り添うことを忘れない強い想いを持ち続けられたらば、灰として活動しようとあなたの心までは灰にならずとも済むでしょう。恩も仇も失くさないあなたであればその可能性も小さくはないと、わたくしは思います」


 わたくしへの恨みも一時も忘れませんでしたしね、と再び嫌味なのかただの補足なのかよくわからない一言が足される。どんな大変な目に遭っているときでも、いやそんなときだからこそ女神への不平不満を忘れてこなかったのは事実でもあるからどっちだろうと別にいいんだけど。問題なのはこの……最初からこっち、どうにもやはり試されているような気がいよいよ強くなってきたことだ。


 考えを読むまでもなく女神にはわかっているんじゃないかって思う。この胸の中にある葛藤。私が私であるためにどうしても捨てられないそれを、話を始める前から。なんなら初めてここに連れてこられたあのときから、とっくに知っていたんじゃないかって。


 ──女神は本当に「心」が理解できないのか?


「おわかりですか、はるこ。あなた方が分水嶺となるのです」

「え?」

「わたくしが『手』を得るか否か。白が灰という強力な援助を得るか否か。あなた方の意思によってそれが決まる。そうしてその先の未来が大きく変わっていくのです。あなた方のいない未来で人類種が第五大陸の強魔物に抗うのは、非常に困難でしょう。ですが灰としてあなた方がそれを助ければ、その限りではない。勝機は大いにある。次なる波も乗り越えることが可能となる──その分かれ道が、今ここにある。あなたの胸の内に」

「……!」


 第五大陸と人類圏との絶望的なまでの戦力差。ドワーフタウンでそうだったように、たとえこちら側に住む強い魔物と共闘できたとしても覆せないくらいに決定的なそれについて話しながらも、どうにも女神から憂いや焦りといった負の感情が伝わってこなかったのは、それが管理者としてどこまでも人との間に隔たりがあるからだと、当事者意識に欠けているからこそだろうと思っていたけれど。もしかしたらそうじゃなかったのかもしれない。


 私たちが残り、灰になり、人の側につけば、充分に勝ち目がある。次代の黒にも飲み込まれない算段が十二分に立つ──と、そこまで先を見ることができているから女神はこんなにも悠然と、泰然とした態度でいるのかもしれない。……だとしたらやっぱり、提案なんてするまでもなく、その前から彼女にはわかっていたんだろう。


 こんな言われ方をされたら私は、断りたくても断れないってことが。


「ほんっとに……ヤな奴だね、あんた」

「心外です──とは、言ってはならないのでしょうね」


 眉尻を下げてこれ見よがしに悲しげに、けど口元の微笑は消さないままに女神がゆるゆると首を振った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ