319 灰
「灰って……」
確か、さっきの話では──そうだ、管理者の直属の手下みたいな立ち位置のことだった。人を中心とする現地民という『白』でもなく、それを脅かす役割を持った『黒』でもなく。かと言ってそれらを管理する立場にある神様でもなくて、けれど管理の手伝いをする勢力を、女神は『灰』と称していたはず。
どこから見てもどっちつかずの中途半端な存在で、白黒の狭間にある灰色になぞらえるのはなるほど的確かもしれない。なんてさっきはぼんやりと思うくらいで特に灰について深く考えることはしなかったけれど。でもいざ自分が灰になる──否、灰にさせられるとなるとそういうわけにもいかない。
私はもっと考えなくてはいけないし、そのためにももっと知らなければならない。灰というのがなんなのか。灰になるということがどういうことなのか。女神はそれを「昇格」と称していたけど……果たしてそれを人の感覚のままに「いいこと」だと受け取ってしまってもいいものか、どうか。
答えを出す前に見極めなくてはならないだろう。
「まず前提の確認なんだけど、私たちは灰ではないんだよね? 一応、あんたに言われるがままに、白と黒のバランスのために活動していたわけでさ。そこだけ切り取ったら灰と一緒っぽいんだけど」
「無論です。言いましたようにあなた方を呼び寄せたのには黒への干渉に相当させ、それによって均衡の保持を担う意味も含まれます。これは魔王と勇者の対立構造がシステムとして機能する由来であり由縁でもあります。あなた方はあくまでも白の陣営。神の手である灰とは根本からして異なるのです」
「で、そんな私たちに二度目の祝福をあげて灰にするってのは……バランス取り的に危うくないの? 黒にも同じようなことをしないと白への過剰干渉になるんじゃ?」
「あなた方と対である魔王が斃れ、その使命が果たされた以上、そうはなりません。現時点であなた方は白ではなくなったのです」
黒から魔王が消え、それに伴って白からも勇者が消えた。帰還のリミットである二十四時間後までの私たちはこの世界にいながらもどの陣営でもない「宙ぶらりん」の扱いを受けることになる。というか、そうなるように女神が仕組んでいるってことだけど。もちろんそれは灰と同じ「狭間」の位置に私たちを置くための意図であり工夫であり、小細工である。
「魔王期の終焉もまた都合がいい。この区切りに合わせて役目を終えたあなた方も過去の勇者以上に区切りの明確な浮き駒になりますから──その浮き駒が自らの権利によって二度目の祝福を、つまりは灰へと昇格することを望むのであれば、わたくしはなんら瑕疵なく、また世界への負担もなく手を得られる。管理者に代わり世界へ干渉する、神ならざる神の手を」
灰の設置にも管理者が守らなくちゃいけないルール、理がそれなりにあるようで、そう簡単には着手できない方法のようだ。いや、管理者のスタイルと世界の在り方によって設置が容易い例もあればそうでない例もあり、女神の場合は後者だということなので、厳密に言えば単に向き不向きが顕著な手段といったところだろうか。
ただ、女神はその難儀なルールを守りつつ条件を整えた。あとは私たちが自ら灰になることを願い出て、女神がそれを受け入れれば、この世界初となる灰勢力の誕生となる。二度目の祝福を求めるっていうのはそういうことと見做されるし、また女神は求められたならそれに応える義務を自身に課すことにも成功している。まさにパズルは完成間近で、もう1ピース嵌れば思い描いた絵面が完成する。それくらい彼女は上手くやったってことだ。
初回の魔王期からここまでを計算に入れていたんだろうか? 白の助っ人である勇者を灰へ転用して次の黒を抑え込む役割を与えるなんて、そこまで先のことを見据えて……いても全然不思議ではないか。既に聞いた通り、女神は大きな波が完全には消えておらずただ先延ばしになっているだけだってことがわかっていた。いずれ必ず訪れる魔王期の終焉はイコールでそれの再開であり、そのときにはいよいよもう止められないってこともわかっていたんだから、初めから対処法は考えていたはず。終わりを新たな始まりに変えるための計画も込み込みで魔王と勇者システムを導入させた可能性は大いにある。
いざアンラマリーゼっていう二人目の特異点の出現を前にして急に舵切りを始めたっていうよりもそっちのほうが納得もいく……いやまあ、この計算高いようでこちらの心情とかリアクションには腹立たしいまでになんの理解も共感も示さない女神のこと、全部が全部アドリブでやったんだとしてもそれこそあまり不思議ではないとも思えるけれど。そしてそのほうがむしろ私としては恐ろしいとも感じるんだけど、それはともかくとしてだ。
灰について確認したい点はまだまだある。
「ねえ、灰になるっていうのはそんなに特別なことなの? 確かに『神の手先』になるって、それがすごいことだってのは否定しようもないけど……でも言っちゃえばこうして勇者やってるっていうのの延長戦みたいなもんでしょ?」
管理者に役割を与えられて、世界のためにそれを完遂する。すべきことだけで言えば勇者業と何も変わらない。なのに、立場が灰になるってだけでめちゃくちゃ強くなるわ不死にもなるわで大変わりだ。そこの区別が私にはあまりしっくりとこない。
「灰への昇格というのは、位階の昇格。存在の格を引き上げることを意味します。勇者も神の遣いに位置するわけですから現地民よりも上ですが、灰となると更にその上。神の膝元に座する者としてその視座に見合った力を有するのは理に基づくものです」
同じく神の遣いと呼ぶべき「お仕事」を任されている身であっても、あくまで白の一部にしかなれない今の私たちと、そこを飛び越える灰とでは格が違う。そして現地民と勇者の間にある差よりも勇者と灰の間にある差のほうがずっと大きくて、まずもって神の意思と干渉なしには越えられない線引きがそこにはある、とのことだった。
存在の格……位階の昇格か。二度目の祝福はそのための儀式みたいなもので、それを経て管理者の手足になるっていうのが灰の作り方にして存在意義ってわけだ。
「灰としての存在を一から生み出すか、あるいはあなた方のように灰ではない者を昇格させるか。灰の入手はこの二通りです。前者の手法は世界の仕組みに元より灰勢力が構成要素として含まれていなければ実施が難しい……かと言って昇格法も言いました通り様々な条件をクリアしなければならないのは同じこと。ですが、あなた方がわたくしの呼びかけに応え、見事に使命を果たしてくれたおかげで、全て事も無し。大変に感謝しています」
まるで私たちの居残りがもう決まったことみたいなその言い方に思わず顔を顰めつつも、私は確認を続ける。
「そんだけ特別な立場になるってのはさ……何かしら弊害とかもあるんじゃない。だってただ力を貰うってだけじゃなくて私たちの中身? っていうか、作りが丸ごと変わるってくらいの大きな変化になるわけでしょ。それがタダで済むことだとは思えないんだけど」
「慧眼ですね、はるこ。その通り、何事もない帰還こそを第一に望むあなたからすれば弊害となることもあります。それはわたくしとの繋がりの堅固化」
「堅固化? ってのは」
「わたくしとあなたの間にある繋がりが、決して断たれないものになる。どちらかが消滅でもしない限りは永遠の関係性になる、ということです」




