318 死から遠ざかる
「それで、今すぐ結論を出せって?」
「いいえ、はるこ。先程も述べましたが帰還のタイムリミットとなるのはこれより二十四時間後です。一日じっくりと考えてみるのがよいでしょう。皆と一緒に」
「……うん」
皆と一緒に、か。それはまあ、そうだ。女神は私と入れ替わりに皆を順々に呼びつけて同じ話をして、同じ選択肢を投げかける。そこで皆がまず何を思うかは別にしても、それを元に全員で話し合って考えてみるのは大事だろう。私はできることならそうしたい。ここで一人で決断するよりもそのほうがずっといい。……たとえ話し合った結果、今この胸の中にある気持ちに変化がなくたって、それならそれでもいい。衝動任せじゃなくてちゃんと決めたことだと思えるなら充分に、大いに意味がある。
「正確な期限を教えてよ」
「では、明日の日付の昼前、午前十一時ぴったり。そこまでは、待ちましょう。それを過ぎれば帰還の選択ができなくなり、自動的に残留の意思を示したと見做されますので気を付けてくださいね」
自動的にも何もそこは女神の胸先三寸じゃないのか──と思ったけど、それも違うっぽいか。私たちを帰すのにも、あるいは残して力を授けるのにも、細かく制約は発生するようだからそこは女神本人にも破れないんだろう。帰還するにはなるべく早いほうがいい。世界の仕組み的にそうなっているんだと思われる。実際、歴代の勇者はいずれも魔王を倒してすぐに帰っているみたいだし。そういう記録が残っているからには過去からずっと一日前後しか猶予がないってのは同じに違いない。
「もうひとつ聞いておきたいんだけど……もし残留してまた祝福を受けるってなったら、そのときはどんな力を貰えるの?」
魔闘士の才やら魔術師の才やら、最初に貰ったのは各々の素質から女神が導いた「相応しい能力」だった。では二度目の祝福となるとそれをもっと伸ばす方向に行くのか、それともまったく別方面の才能が開花することになるのか。あとついでに私の力の詳細が結局どういったものなのかも教えてもらえるんなら教えてほしいところなんだけど──この質問を前向きのそれだと捉えられてしまったか、女神は殊更ににこやかになって言った。
「はるこ、あなたの才とは正確に言うなればその度量にあります」
「ど、度量?」
「受け入れ難きを受け入れ、許し難い敵にさえも『慈悲』を持つ。その上で排すべきを排する平坦で深い心根。わたくしはそれそのものに対しては一切手を加えておりません。やったことはただ、あなたの特異な性質を肉体にも反映させたに過ぎない。詳細と言うならそれが全てになるでしょう」
心の在り方を体にも適用させただけ……なんて、それをだけと言い切ってしまえる女神の力に頭がくらくらしそうだ。思った以上に神の行う干渉っていうのはなんでもありなんだな。って、それはもうカルメラやアンラマリーゼ、仲間内で言うならシズキちゃんの異能力みたいな出鱈目な干渉の例があるからにはもう驚くポイントでもないか。
とにかく、「健康で丈夫な体」の正体は私の心がそうであるように、「なんでも受け入れる体」という意味だったってことらしい。魔力だろうと魔道具だろうと異能力だろうとこの肉体がなんでも食べてきたのは、じゃあ何もおかしなことではなくて、女神の考えた仕様通りの挙動だったわけだ。まあ、女神が何を考えてこんな才能にしたのかはともかくとしてその中身自体は薄々と察しもついていたし、そこから大きく外れているわけでもないため意外性は別にないけども……。
「そして次に授ける祝福があなた方へどういった変化をもたらすかについて……本来、授けることが決定される前から知らせてしまうのは管理者のルールに反する行いなのですが、こちらに関してはそれほど重い規定があるわけでもなし。今回は特例のことでもありますから無視してしまってもいいでしょう」
「いや、無視していいのかどうかは私じゃ判断つかんけどさ……でも教えてくれるってんならありがたく聞かせてもらうよ」
「二度目の祝福によってあなた方はまず不死性を得ます」
「────、」
ふ……は? 不死? 何そのぶっとんだ言葉は。つまりそれって死ななくなるってこと? いやまさかね。いくらなんでもそんなの行き過ぎている。最初に貰った祝福と方向性も違い過ぎるし。たぶん、私の思う不死と女神の言う不死性ってのは別物なんだろう。神様特有の意味というかニュアンスがそこにはあるに違いない──と、努めて理性的にそう判じたつもりだったが、女神はそれをあっさりと否定。
「いいえ、そこに齟齬はありませんよ。不死は不死。あなた方は人よりも遥かに『死から遠ざかる』ことになる」
「……マジで?」
「マジです」
「じゃあ、ガチの不死身になるっての? 私が今イメージしてるそのまんま?」
「正確に言えば完全に死という概念と別離することはありません。それは管理者も同じこと。不死性を持てど『不滅』とは成り得ない──在り得べからざるものと基理によって定められているからです。当然ですね、そのような超越者がいくらでもいたのでは理など保てたものではないのですから」
「ん、んん?」
「人のように簡単には死ななくとも油断すればその限りではない。という程度に理解しておけばあなたの場合はそれで事足りるでしょう」
はーん……その理解の仕方で本当に事足りているのかは別にしても、まあなんとなく言いたいことは伝わってきた。絶対に死なないってわけじゃないけどそうそうには死なない。人間じゃありえないくらいにしぶとくなれるって思っておけばいいってことだな。
それは普通にありがたいというか、心強いかも。もしもこれからもこの世界で戦い続けていくっていうのなら……しかもその戦いがこれまで以上に激化するっていうなら持っておいて損はない能力だ。しかも、である。
「まず、って言ったよね。ということは不死性以外にも貰えるものがある……?」
「はい。他に戦闘に役立つ特典と言えば、そうですね。五感や身体能力といった生物としての機能。それらも全て向上するものと思ってください」
「向上って、どれくらいのもんなの」
「祝福を授かる以前までとは自身が別人に思える程度には」
「それもすごいね……」
魔力強化は素の力が高ければ高いほど効果的になる。足し算じゃなくて掛け算だからね。今でもその恩恵には十二分に預かっているところだけど、元の身体能力が引き上げられることでそれがさらに強力になるっていうならこれまたありがたい話だ。魔術や魔力操作の技量は大事だけど、フィジカルも同じくらい大事だってのは──私とかナゴミちゃんみたいに格闘主体のスタイルを取るならなおのことに──これまでの戦いで重々に知れているので、死ににくさに加えてそこの上乗せもあるなら一層に心強い。
と、そこはいいんだけど。今また女神はちょっと気になる言い方をしていたな。
「特典ってさ……」
「ああ──なるほど、まずはそちらから正しく理解してもらう必要がありましたか。うっかりとしておりました」
私の疑問を(たぶん私以上に正確に)読み取った様子の女神はうむうむと頷き、それからこう言った。
「二度目の祝福は、一度目とは行為こそ同じでも意味合いではまったく異なるのです。同一個体への加護の重複とは即ち、その個体を神の手とすること。先程も説明しました『灰』へとあなた方を昇格させるということに他なりません」
それがあなた方に残留していただきたい最もの理由でもある、と。




