308 好むと好まざると
女神は答える。最初に述べた通り私の問いには全て、包み隠さずに解を返すつもりでいるんだろう。やはり、彼女は「嘘だけは」つかない。それ以外の何をしようともそこだけは信用してもいいと、私はそう思い始めていた。
「何故終わらせることに積極的であるのか、ですか。それは言いましたように、終わりとは必ず訪れるものだからです。避けられないのならせめてその終わり方を可能な限り思いのままにする。不都合な魔王期の終焉だけでも避けようというのは、これも道理のことであるはずですが」
「それはそうだけど、でも完全に終わらせる意味があったのか私にはわからないんだよ。だって何回も繰り返すことでようやく安定してきたんでしょ。で、安定してるってことは魔王期自体には何も問題らしい問題がなかったってことでしょ? 白と黒の均衡を保つための手段として魔王と勇者システムはちゃんと機能していた……」
倒され役と倒す役。倒され役を倒され役とするために倒される人々。演目でありゲームであるそれのために各時代で大勢が死に、たくさんの悲劇が生まれていることを思うと、とてもじゃないけど一人の人間として飲み込めるものではない。悲壮な覚悟を、救えなかった命を目の前にしてきているんだから、その当事者としてなおのこと受け入れることなんてできないし、しちゃいけない。というのは偽りない私の本心ではあるけど。
でも女神の立場になって考えるなら……散々に理解させられた彼女の「人ならざる」が故のわかり合えなさとそれのどうしようもなさを前提にするなら、管理の仕方として悪手だとか悪趣味だとか、そういう文句は付けられないとも思った。これだって私の本心からのものだ。
良い悪いじゃなく、好き嫌いでもなく、やるべきかやらざるべきかの是非で見るなら。人種の壁を取り払いつつ人の世を存続させている、それができているからには、魔王と勇者システムは……そしてそれを運営している女神は「正しい」。至極まともな管理者であると言える。少なくとも人をうっかりと滅ぼしてしまったり、あるいは手慰みに死なせて遊んでいるような、そういった最悪の部類の管理者なんかとは比較にもならないくらいに真っ当な神様だ。それは認めなくちゃいけない。
もちろん、今の四人種の関係性を作り上げるために本来なら人の枠組みにあった魔人が爪弾きにされたという、犠牲ありきのやり方だっていうのも忘れちゃいけないけれど。でもだからこそ、魔人を魔族という倒されるべき存在に変えてまで成り立たせたせっかくの管理手段として上等なシステムを、そう簡単に放棄はできないと。それこそしちゃいけないことなんじゃないかと、私はそう訴えているのだ。
その判断は果たして今度も「正しい」ものだったのかと。
「何かしら変革を求められるっていうなら、変えれば良かったんじゃないの。どこかに手を加えて魔王と勇者システムバージョン2にでもすれば、またもう千年以上なんとかなったんじゃ? そりゃ、私はそれがどれだけ大変なことなのかわかんないけどさ。でもやれるならそうやって欲しかったって話」
「なるほど」
と、女神は頷く。その表情は変わらず仏像めいたアルカイックスマイルのままだけど、私にはどうしてかどことなく反応がいいように思えた。さっきから妙に女神から嬉しげというか楽しげというか、そういう雰囲気を感じるのはどういうことなんだろうか。そういう、人らしいと言えばいいのか、もしくは神らしくないと言うべきなのか……なんにせよわかりやすい感情みたいなものをこの女神が漏らすとは思えないんだけどな。
「破綻、あるいは変革。求められるそれの程度をあなたは読み違えている。システムの安定それ自体は無論にわたくしにも喜ばしいことですが、考えてみてくださいはるこ。安定しているということは即ち無変。世界に必要な変化が欠けている状態でもあるのですよ」
「!」
「だからこそどのような優れたシステムであっても。いいえ、それが均衡を保つのに優れていればいるほどに、長続きしないものなのです。初めこそ変化をもたらしたとしてもいずれは予定調和に成り果てる。世界を揺らすための波には数えられなくなってしまう……不確定性を強めることで多少なり劣化を抑えられもしますが、引き延ばし以上にはなりません」
不確定、つまりはランダム要素を取り入れようとも。それ以外にどんな手を加えてもシステムの劣化──もっと言うなら「陳腐化」の根本的解決には至らない。いざとなって取れる唯一の解決策はまったく別のシステムを新たに編み出して導入する他にない、と女神は言う。
ということは。私たちを勇者に選んでおきながら送り出す前の説明がこの上なく雑だったのも、お告げで何をするべきか時代の要人に教えながらもかなりざっくりとしたことしか伝えていない感じだったのも、各々の裁量というか、自己判断の余地を与えるためであり。そしてそれは魔王と勇者システムを少しでも長持ちさせるための苦肉の策だった、ってこと?
や、それで大変な思いをするのは私たちや各時代の人たちであって、その点を指して女神が「苦肉」と捉えるかっていうと怪しいけども。もちろん、誰かがあまりにトンチキなことをすれば魔王期が人類側の敗北で終わってしまう可能性だってあるからには女神だって決してノーリスクではないけれど、それだって人選をしっかりすれば限りなくゼロに近づけられるんだからそこまで深刻なものじゃない。
だけど、どこに負担がかかっているのかはともかくとして、女神は女神なりに魔王と勇者システムが長続きするように工夫をしていたっていうのが肝の部分だろう。つまり、今回アンラマリーゼを誘導してまで押し進めるようにシステムの最期を迎えさせたのは、女神がやったことではあるけど女神自身の意思ではなかった……いや、望みではなかったってことになる。
続けられるものなら彼女だってもっと続けたくて、けれどとうとう工夫で先伸ばしていた「必ず訪れるとき」がとうとう訪れてしまった。アンラマリーゼというイレギュラーな魔王の誕生を予見したことでその契機を悟ったからには、女神はそれに逆らわなかった──。
「逆らおうとして逆らえるものであるならどんなに楽をできるか。それが叶わないが故にシステムの一新が迫られるのです。苦肉と言うならそちらの方でしょうね。頭を悩ませるわたくし然り、その皺寄せを受ける現地民然り。誰にとっても不幸なこと。ですがそれを受け入れねば世界は滅びるのですから、致し方なし。好むと好まざるとにかかわらず──理とはそういうものなのです」
個人が背負う運命や宿命に同じく世界という糸はそれに逆らえず掉させず、仮に局所的な視点でそれが叶ったように見えてもやがての修正、そして反動を免れない。真の意味での絶対こそが基理というものなのだ、と女神は滔々と語る。
数多ある世界とは無数の糸であり、それを束ねて離さないのが基理という絶対の法則……世界の管理者である神であっても頭を垂れるしかない神の上にあるモノ。そんなことをいくら噛み砕いて説明されようとも、私は管理者なる者さえも普通なら認識できないただの人間でしかなく、だというのにその管理者を管理するもっとすごい管理者? だかルールそのもの? みたいな上層も上層のお話をされたってきちんと全体像を把握するのは難しい。というか無理だ、さすがに頭がスケール感に追いつかない。
だから私が辛うじて理解できているのはひとつだけ。
「魔王と勇者に代わる『新システム』。あんたが私みたいなたかだか人間の、小娘一人なんかに謝罪なんてした理由は、そこにあるってことだね」




