307 バランス
魔王期の終わり。自分が最後の魔王になるという確信や、そうならねばという使命感が世界より与えられていたわけではないが、薄っすらとした予感ならば抱いていただろうと。女神はアンラマリーゼの行動原理がそこにあったと語る。
「儀術を用いてまで活動を早める。負担を度外視すれば攻めの一手としてこれ以上に効果的なものもありません。過去に『百日の猶予』が一度として破られてこなかったこともあって人類種への何よりの奇襲になる。ザリークという参謀と共にアンラマリーゼはそう企てたのです」
私は頷いた。まったくもって仰る通り、魔族との戦いで何に一番苦労させられたかって、それは間違いなくこの早期活動による諸々の弊害に対してだ。予定が二転三転したのはもちろん、思わぬ時期思わぬ場所で四災将や魔王その人とエンカウントして何かと心臓に悪く、身体にも悪かった。魔族と戦うための準備であるはずの試練の旅路がそのまま魔族との戦いの舞台になってしまっていたんだから私たちからすれば堪ったもんじゃなかったよ。
そういった実害に加えてあまりに前例のない行動ばかり取る魔族側への不安感というか、何をするにも「これでいいのだろうか」っていう疑問の付きまとう暗い空気感。それも旅を続けるうえでの心理的な負担になっていたしね。まあ、その点は言われた通りに動いているだけの私たち勇者一行よりも、動かしている側の王城のほうが深刻だったろうとは思うけどさ。
とにかく色々と困りごとは多くて、それをこちらに与えたってんだから猶予の完了を待たない早期活動は魔族側にとっちゃ最高の一手だったってのは疑いようもないことなのだ。
「じゃあザリークみたいな小狡いこと考えるのが得意な奴がちょうどこの時代にいたのも、アンラマリーゼにとっては渡りに船だったってことか」
ザリークと共謀したと女神は言うが、アンラマリーゼが細かい部分まで計画を詰めるようなタイプだとはとても思えないので、大まかに過ぎる彼女の希望をどうすれば叶えられるのか考えたのはザリークなんじゃないかと思う。儀術とやらを使えばそれができるとか、四災将の命もそこに組み込もうとか、そういうのを思い付いたのもね。
もしもザリークがいなければアンラマリーゼが「抗体」だったとしてもほとんど何もできていなかったかもしれない。
「カルメラがそうだったように、時代を変え得るほどの傑物だったとしてもそれはその可能性を持つというだけ。世界の意を酌んで生まれた抗体であっても単体でやれることには限りがあります。何かひとつ掛け違えばそこそこの英雄止まりで生涯を終えるでしょう」
「そうならないようにってことで、あんたはカルメラに手を貸したんだね」
「ええ。そしてアンラマリーゼにも」
「えっ?」
「言いましたでしょう、いずれ来たる魔王期の終焉をわたくしは見越していた。そして異常個体の魔王が誕生するのも、復活の仕組みを設けたわたくしにはその以前から察することができていた。兆しを受け取り、何もしない。そんなことは有り得ない。おわかりですね? 復活の折に継承される歴代魔王の知と力の一部。そこへわたくしも介入したのです。およそ十五世紀ぶりの魔王への直接的な干渉でした」
「……! じゃあ、アンラマリーゼがその気になったのはザリークがいたからじゃなくて、あんたがそうさせたから……!?」
「要因として最も大きいのは、そうでしょうね」
またしても実にあっけらかんと女神はそう認める。初回の魔王期以来の介入が……魔王への干渉が行われ、それがアンラマリーゼの動機になった。それに振り回された私には恐ろしさすら覚えるくらいに衝撃的な事実だが、でもそれ以上に合点がいく思いもあった。
復活の直前、かどうかはわからないがとにかく復活するよりも前。その時点からの干渉がなければいくらアンラマリーゼが初代魔王と同じく変革をもたらすべく世界から使命を受けたイレギュラーな個体だと言っても、ああも素早い行動は起こせないだろう、と。というのもザリーク襲撃のタイミングから逆算すると、復活を果たしたその当日から幹部級の部下を見繕い、即座に命令まで下していないとおかしいことになるからだ。
魔王の復活と勇者の来訪は重なる。それは今回も例外じゃなかった。そして私たちが世界にやってきて一週間足らずでザリークが居場所を突きとめた。これがおかしなことだっていうのはバロッサさんやルーキン王から話を聞いてわかっていたつもりだけど、その「おかしい度」を正しく理解できたのは随分とあとだった。前例がないってだけじゃなく普通なら起こり得ない、実現し得ない速度での奇襲。……その起こり得ないことが起こった理由として「女神の干渉」はこの上ないぴったり加減だと納得さえしてしまった。
「つまり、お告げをアンラマリーゼに対してもやった……みたいな話だ?」
「ええ、まさに。彼女にだけでなく、選ばれた幹部たちにも大なり小なりに。無論のこと女神という正体は明かさずにあくまでも人が動くに足る兆しとして、ですが。魔王期が繰り返されるにつれ自分たちが当て馬役をやらされていると気付き始めた魔族にわたくしはひどく忌み嫌われていましたからね」
カルメラのときのように協力を申し出たり助言をするような態度で接しても顰蹙を買って突っぱねられるだけになる。と、そのくらいの機微であれば女神でもわかるらしい。わかると言ってもそれは生理的な反応でそうなると予測できるというだけで、人の心を理解しているわけではないんだろうけども……とにかく、女神はこれまで守ってきた自らが設定したルールを自らで破って、抗体であるアンラマリーゼを暴れさせたことになる。
そうと知った私の疑問はふたつ。それは世界の均衡を崩しかねない管理者の過干渉ではないのか。ってのと、魔王期をそんなあっさり終わらせてしまっていいのか、だ。
「新しい波への干渉は、比較的容易なことです。アンラマリーゼが抗体であるからにはわたくしの再干渉は再干渉に値しない」
「でも過剰に干渉すれば悪影響なのは変わらないでしょ?」
アンラマリーゼを筆頭に、魔族軍の幹部たち……四災将と右腕左腕にも干渉したっていうなら私の感覚からするとそれはやり過ぎに思える。再干渉に値しないっていう浮きがあったとしてもそれをぶっちぎって過干渉になってる気しかしないんだが。この問いかけに女神はどうしてかどことなく嬉しそうにして答えた。
「お忘れですか? バランスの取り方は何も無干渉を貫くばかりではないことを」
「それって……」
「あなた方が歴代初の複数勇者であるのはそのためです」
そうか、そういうことだったのか。これも初代魔王の誕生のときと同じなんだ。魔王に与えたぶんだけ、対になる勇者にも与える。質量を等価にする。干渉を減らすだけでなく逆に増やすことでバランスを取る方法もある──その法則が今回の魔王期には当て嵌められた。
アンラマリーゼを抗体として利用すべく干渉して、過去に例のない魔王へと仕立て上げた。だからこそそれに対抗できるようにと勇者の頭数を五倍にまでできたんだ。本来なら一人しかいないはずの勇者を五人に増やして、それでようやくとんとんになったと思うと魔王側への干渉度の大きさもよくわかる。
それは確実にアンラマリーゼに使命を果たさせるためであり、それだけ女神は今回で魔王期を終わらせることに本気だったってことでもある──それはいったい、どうしてなのか。




