306 イレギュラー
この真っ白空間に再び呼ばれたのは、それ自体が魔王を倒した「ご褒美」みたいなものだ。女神はご褒美に何を願うか決めさせるために説明を行う、みたいなことを言っていたけど、まあ私の理解の仕方でも間違いではないだろう。課せられた役目を果たしたからこそ説明してもらえる機会を得たんだからね。
これまであやふやなままに流していた数々の疑問……いくら頭を捻ろうが自力では答えを見つけられないからにはそうするしかなかったそれらに、ようやく答えが出る。となればやはり今回勇者に選ばれた一人としていの一番に解消してもらいたい疑問と言えば、どうして今回に限って過去に一度だって例のなかったような出来事が頻発しているのか。それが女神の言う通りに意図ありきのわざとだとしたら、そのあり得ないほどのイレギュラーぶりにどんな理由や原因があるのか、だ。
「とーぜん、それも教えてくれるんでしょう」
「ええ、勿論ですよはるこ」
にこりと笑みを深めて女神は応じた。そのにこやかさに私は「うっ」となる。すげー怖いんだよ、女神の笑い方。アンラマリーゼの笑顔も飢えた獣みたいな獰猛さを感じて向けられる度に恐怖を覚えたもんだけど、そういうのともまた違うんだよな女神のは。なんというか、人じゃないものが笑っているみたいな。木の模様とか、あるいは虫の集合体がたまたま笑顔の形になっているような。それを不意に見つけてしまったような、薄気味の悪さを抱かせる類いの怖さなのよ。
という私の感じ方、印象の受け方も全てが詳らかに伝わってしまっているんだろうけど、それをまるで気にもかけずに女神は笑ったままちらりとも表情を変えない。そこがまた不気味なんだよな。
「此度の度重なる異常事態は見越されていたものでもあるのです。それこそ初回の魔王期……まだ魔王期とも人々が呼んでいなかった始まりの時代よりいずれ必ず来たることであると」
「えぇ?」
いやちょっと、訳がわからんぞ。起こると見越せるイレギュラーって、それはもうイレギュラーではなくない? というか見越せていたっていうならそもそもそれに合わせた対策をしてくれても良くないかって話なんだけど。特に初回時にすらあった──どれだけの期間かは定かじゃないが──「百日の猶予」の欠落はあまりにも大事だ。そこはお告げでせめてルーキン王くらいには事前に知らせていてもバチは当たらないと思うんだけど……や、女神はバチを当てる側かもしれんけど。
「世界は滅びゆくもの。無変在り得ず、それは是正の方策においても当て嵌まる基理のひとつ」
「……はい?」
「噛み砕きますとバランスを取るためのシステムも延々と続けられるものではない、ということです」
何もしなければ崩れていくばかりの均衡、白と黒のバランスを保つために女神が始めた「魔王と勇者」システム。綱渡りの初回をどうにか成功させ、回を重ねることで安定を得たそれも、やがては機能しなくなる。バランスを保つための手段とは足り得なくなることを女神は知っていた。世界の仕組みとはそういうものなのだと彼女は言う。
「薬剤に体が慣れてしまい効き目が薄まっていくようなものだと理解したらよいでしょう。極めて生物的な世界もまた同様に同じことを繰り返せば繰り返すほどにその効力を無くしていく……数度くらいならばともかく、既に魔王期は今回で十一度目。期間にして初回の達成から千五百年以上が経過していますから」
よくぞ持ち堪えたほうだと女神は自身を褒めるみたいに頷いた。
じゃあ要するに、いつか魔王期がシステムとして破綻する。その際には何かしらのイレギュラーが起こると確定している。そういう意味での「見越していた」であり、それを受け入れての「ミスではない」ってことか? 別に具体的にどういう事態に陥るのかとか、それを利用して何かしようと画策していたってわけじゃなくて、単に心の準備が(女神には)できていたっていう……?
「破綻と称すべきか、あるいは革新と称すべきかはわたくしにも判断しかねることですが。どれだけ管理を行き届かせても世界のどこかで波立つように、厳重に形を整えたシステムであろうと変化は避けられぬもの……変化なくして世界の存続がない以上、これは基理に数えるまでもなく普遍の道理ですね」
「うん……うん?」
「魔王と勇者のシステムは言わずもがな転生を繰り返す魔王こそがその要です。故にいつの日か『魔王期を終わらせる魔王』が生まれるであろうことがわたくしには予想できていた。そしてそれが今代の魔王であるアンラマリーゼの生まれながらにして背負っていた宿命。勝とうが負けようが彼女はこのシステムにおける『最後の魔王』となることが決定付けられていたのです。戦いがどのような変遷を辿ろうともそれだけは変わらなかったでしょう」
「……!」
アンラマリーゼが、最後の魔王として生まれてきた存在。システムに破綻を、または革新をもたらすために世界が呼び起こした変化の種……なのか。初代魔王のカルメラみたいな、無変を避けるための抗体? だとすると奴の言動のいくつかにも納得がいく気は確かにする。とてもじゃないけどあいつは魔王らしい魔王ではなかったから。
私は当然にアンラマリーゼ以外の魔王を一人だって知らないし、態度だとか強度だとかそういう基準で言うならあいつほど魔王って役職(でいいのか?)に相応しい奴も他にはいないと断言できもするけれど。でもやっていることで言うなら、女神が作った魔王と勇者システムにおける魔王らしくはちっともない。
何せ魔王期を繰り返すための、魔王視点で見るなら復活するための要所である魔王城の機能を勝手に停止させてしまったくらいだ。それがキャンディのほうの復活能力を使うための条件だったとはいえ、代々の魔王が受け継ぎ、そしてアンラマリーゼの次代以降にも受け継がれるはずだったそれを独断で壊してしまうなんてとんでもないことだろう。実際に過去の魔王たちは誰もそんな真似をしなかったからこそ、アンラマリーゼだってこの世に生まれたのだ。
耐用年数の観点から女神はシステムがもう長続きしないことを悟っていたようだけど、そんなの女神以外は把握できるはずもないんだから、アンラマリーゼはそういう裏事情とはまったく関係なしに魔王城から湧き続ける初代魔王の魔力を勝手に消し去ったことになる……まああいつのこと、私との「遊び」で一度くらいは死んでもいい。それくらいマジにやらないと心から楽しむことはできない、なんて我欲のみを優先した結果だっていうのは想像もつくし、その片棒を担いだようなものである私としては気持ちだってわからなくもないんだけどさ。
「即時復活が宿敵と認めたあなたとの決闘に対する誠意だった──魔王としての野望を捨てず、かと言ってアンラマリーゼとしての矜持も捨てない、彼女なりの唯一の方法だったのは確かでしょう。ですが」
「ですが?」
「魔王期の破綻または革新の時が近い。それをまったくアンラマリーゼが察していなかったと言えばそれは誤りになるでしょう。何故ならば彼女自身が異常事態そのものなのです。世界より託された抗体としての役割にこそ自覚を持たずとも、過去の魔王と己との差異は明らか。ならば自ずと彼女にも予感は生じるというもの。故にこそ躊躇わなかった。過去から逸脱することがあるいは魔王の勝利という初の例を手繰り寄せるのではと考え、積極的にそういう行動を取ることにした。それが、あなたたち勇者との早きに過ぎる邂逅にも繋がったのですよ」




